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御屋形様とツクバネ②

「もちろん。彼女たちのような子がいる限り、僕は倒れるわけにはいかないからね」

 彼は胸を張り、溌溂とした笑みを浮かべて動かない少女に視線をやる。それは苦しそうでありながら、それも全て飲み込む覚悟を纏っていた。

(わたし)が部屋を片付けられていないのは認めますが、それでもその子に雑事を押し付けるのは…それに若い娘を独り身の男の家に置くというのも…」

「ははは、枯れ木が何を言っているのか」

「枯れ木って、そこまで年は取っていませんよ?」

「そう言う(・・・・・)だけで言えば、僕は今まで会った誰よりも君を信用しているよ」

 女性も含めてねと、彼は蛇足じみた注釈まで付け加える。

「私のことはどうでもいいんです。それよりなぜ私なんです?女の子なら、同じ女性のところに預けた方が色々都合が良いでしょう?」

「…それはね、彼女が、孤児院の例の(・・・)だからだよ」

 ツクバネは自分の頬が強張るのを感じた。それは一月前に届いた手紙の内容を、ツクバネが問題なく覚えていた理由でもあるからだ。

 彼は固まった頬をほぐす様に口に手を当てる。

 畳に座って動かずにいる少女に聞こえないように御屋形様は彼女に背を向ける。

「あの後どうしようもなくてね。呪い(まじないし)に依頼して対処した。かなり強力に施してもらったが、知っての通り記憶の封印はいずれ解ける。僕が彼女をここに連れてきた意味が分かったかい?」

「…いつか記憶の扉が開いた時、それでも立てるようにするため」

「この役目、君が適任だろう?」

「…彼女の了承は得たんですか?」

 ツクバネの疑問に御屋形様が黙って頷く。

 別にツクバネは、耐え切れない過去に押しつぶされた経験も、記憶を封印された思い出もない。しかし、今回は、これだけは、

「分かりました。(わたし)が引き受けましょう」

 彼女を手助けする義務が(わたし)にはあるだろう。

 ツクバネは自分の心がそう答えるように感じた。

「そう言ってくれて嬉しいよ」

 御屋形様は微笑む。いつもの微笑みの中に少しの安堵を感じたのは、ツクバネの勘違いではないだろう。

ダンダンダン!

 不意に、入り口が強く叩かれる音が響く

ダンダンダンダン!

「御屋形様!おられますか⁉御屋形様!」

「見つかっちゃったみたいだね」

 やれやれと言った風情で御屋形様が肩を竦める。

「やっぱり黙って抜け出してきたんですね」

「当然だよ。僕がそう気軽に真っ当に外出できると思う?」

「そう思うなら抜け出さないでくださいよ…」

 ツクバネは呆れかえる。それから玄関まで行って扉を開けた。

「家のかたですか?失礼ですが、こちらに御屋形様はおられますか?」

 目の前に立っていたのは熊のように大柄な男。ほとんどこの屋敷に引きこもっているツクバネはよく知らない男だった。

「ここにいるよ」

 ツクバネの後ろから顔を出した御屋形様の存在に、男は安堵の表情を浮かべる。男は御屋形様の部下なのだろう。

 また走ってきたのだろう。とても焦っていたようで、まだ然程暑くはないというのに額から汗が噴き出していた。

「よかったら、少し休んでいったらどうだい?」

 部下の男は少し悩むような素振を見せた。

「いや、早く帰らないと、秘書が怖いからね」

「だからそれなら抜け出さないでくださいよ」

 ツクバネの提案は却下され、男は少しだけ残念そうな顔を浮かべた。

 そのまま靴をひっかけて、御屋形様は家の門へと向かう。

「ああ、最後に一つだけ」

 御屋形様は帰ろうと外へと向けた体を半分、ツクバネに向け直す。

「これが、彼女だけじゃなく君の変化に繋がることを祈ってるよ。それじゃあね」

 最後に意味深な台詞を残し、部下を連れ立って今度こそ彼はこの屋敷を去って行った。これから戻って、溜まった仕事をこなす日々に戻るのだろう。

 後に残ったのは、嵐のように来て置き土産だけして去った御屋形様の存在に少し疲れたツクバネと、無感動に彼が去った方向を見つめ続ける少女だけだった。


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