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御屋形様とツクバネ

 カスミが屋敷を訪れたのは、今日と同じ春先の良く晴れた日だった。彼女は“御屋形様”に付き添って、この屋敷に足を運んだ。

 彼女の表情は暗く、と言うより死んでいた。

「御屋形様、突然どうされたんです?…後ろの子は?」

「まあまあ、とりあえず上がっていい?」

「これは失礼いたしました。どうぞこちらへ」

 連絡もなしに訪れた彼にツクバネは少し驚いた。少しで済んだのは、彼は忙しい身だが、身軽にあちこちへと足を運ぶのが常だとよく知っていたからだ。

 部下がまた胃痛に悩まされているだろうことを想像しながら、ツクバネは御屋形様と少女を応接間に案内し、茶と茶菓子を振舞った。

「はあ、おいしいね」

「それはよかった」

 彼は自宅にいるかのように寛ぎ、当然のように躊躇いなく茶を飲んだが、少女は御屋形様の後ろに控えたまま、ジッと畳の目を見つめ、茶には手を付けなかった。

「それで、今日はどのようなご用向きで?」

 彼が一息ついたところで対面に座ったツクバネが要件を聞く。

「ツクバネ、最近はどうだい?」

 彼は質問には答えずに、逆にツクバネに尋ねた。

「おかげさまで、のんびりとやらせてもらってますよ」

「それは皮肉?」

「まさか。本心ですよ」

 ツクバネは心からそう言う。ここで暮らすようになってから、どれだけ自由な時間が増えたことか。日にいくつかの案件さえこなせば、後は本を読むなり料理をするなりいくらでも自由に過ごしていいという。そこに御屋形様の負い目のようなものがあろうとも、一体どんな不満があろう。

「そうか、それならよかった」

「さて、儂は答えましたから、今度は御屋形様の番ですよ」

「…ばれたか」

 彼は小さく舌を出して誤魔化し笑いを浮かべる。その仕草は悪戯を隠しきれなかった子供のようで、ツクバネには年相応に見えた。

「一月くらい前に送った手紙、覚えてる?」

「ええ、『施設の子供(・・・・・)の(・)指導役(・・・)になって欲しい』でしたか。あれはお断りした筈ですが?」

「うん。だから他の子は、彼らの希望に沿って指導役のところに送り出したんだけど、この子だけが残ってね。しょうがないから連れてきた」

「しょうがないからって……」

 理由の部分をすっ飛ばされてはさすがのツクバネも困惑してしまう。

「残念ですがお断りさせていただきます。前も言いましたが、(わたし)に誰かの指導をするほどの物はありませんので」

「そんなことはないけどね」

 御屋形様に断定的に否定され、ツクバネは面食らう。

「まあ、それはいいよ。この子に指導する必要はない。ただ一緒に暮らして上げて欲しいんだ」

「はい?」

 ツクバネは御屋形様の真意を測りかねる。元々読めない男であったが、少し見ない間により煙のように掴みどころがなくなっている。

「それに何の意味が?」

 理由に思い至ることができず、ツクバネは彼に訊ねる。

「意味はあるよ」

 そのまま彼はピシリとツクバネを指さし、

「君の身の回りの世話」

「はあ、この通り一通りは片付いておりますが?」

 ツクバネがそう答えると、御屋形様は無言で襖の前まで行き、勢いよくそれを引いた。

 襖の向こうに広がっていたのは、きちんと畳まれた布団と、後は古風な行燈と箪笥だけが置かれた質素な部屋。

「確かに、ちゃんと綺麗にしてるね」

「もちろんですよ。ですから世話など——あっ、ちょっと!」

 しかし、御屋形様が躊躇いなくもう一枚向こうの襖を開けば、そこには大量に積まれた本の山が何峰も連なっていた。

「…今日はたまたま資料をひっくり返していただけですよ?」

「へ~」

 御屋形様はニコニコとした顔で相槌とも呼べない何かを打った後、はあと溜息をつく。

「とっとと嫁でも貰ってくれれば済む話なんだけど……」

「御屋形様こそ、そろそろはっきりさせたらどうです?」

「ははは、何のことやら。それに僕にはまだまだやることがたくさんあるからね」

「逃げましたね?けれど…働き過ぎには本当に気を付けてください」

 冗談交じりながらツクバネは最後の言葉を心から投げかける。


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