縁側の日常②
「そんなことないよ?似合ってて可愛いなって」
「その『可愛い』は子供に対する『可愛い』じゃないんですか?」
湿度の高い片目がじっとツクバネを見つめてくる。
「ははは、よし!美味しいオムライス作るよ!」
「あ!ちょっと待ってください!……まったく、微妙なの作ったら承知しませんからね?」
笑いながら台所に逃げたツクバネを追いかけて、カスミもパタパタと台所へ向かう。
ツクバネが冷蔵庫から野菜と鶏肉を取り出せば、カスミも収納から包丁とまな板を取り出して軽く水で洗う。
「座っててくれていいのに」
「これくらい何でもないですよ。何なら、野菜も全部切りましょうか?」
「…前から思ってたけど、カスミ君は少し働き者過ぎるよ。いいから座ってお茶でも飲んで、ゆっくりしていなさい」
「?よく分かりませんが、それならお言葉に甘えて」
朝から掃除や洗濯を諸々全てやっていたカスミがようやく座って休んだのを見て、ツクバネは料理を始める。だが、十分もしないうちにカスミは段々とソワソワし始めた。何もせずにじっとしていることが落ち着かないのだろう。
「生真面目だな…」
ツクバネは手を止めずに口の中だけでそっと呟く。
「そろそろできるから、お皿を出してくれるかい?」
それからさらに五分ほどが立って、料理が完成に近づいたところでカスミを呼ぶ。
先程からジッとこちらを見ているのが背中越しにも分かり、気になってしょうがなかったが、ガタっと立ち上がって、それから何事もなかったように皿を準備し始めたカスミに、ツクバネは思わず笑ってしまった。
「…何ですか」
馬鹿にされていると思ったのか、カスミはジロリとツクバネを睨む。
「ごめん、ごめん。何でもないよ」
「……」
むくれた顔のまま皿を並べだしたカスミだったが、皿に乗せられていくチキンライスと、そしてその上に乗った卵に目を丸くさせる。
「これ、何ですか?」
「スフレオムライスだって。前に教えて貰ったんだ」
「…誰にですか?」
「アイリスさん」
「あ~」
「どうしたの?」
カスミは何とも言い難い顔になる。だが目の前のお昼ご飯を楽しむべく、過った不穏な想像は頭を振って追い出す。
ツクバネがチキンライスにも使ったケチャップを卵の上からかければ——
「完成、さあ召し上がれ」
完成したオムライスにカスミは目を輝かせる。
「これは!凄く美味しそうですね!」
「教えてくれたアイリスさんには感謝しないとね」
「あーそうですね」
カスミは憂鬱そうに返事する。彼女のことが苦手なのだ。
「こほん、とにかく食べましょう!」
「「いただきます」」
二人揃って手を合わせて食べ始める。
「ん⁉」
「うん、我ながら結構うまくできたね」
カスミが初めての感覚に目を見開き、ツクバネが彼女の心を代弁する。
そのまま二人が会話もなく黙々と食べ続けたのは、カスミが夢中になってオムライスを食べ続けていたからだ。
そうして最後の一口まで食べきり、きちんと食器を揃えておいてから——
「まあ、私はいつもの方が好みですね」
彼女はおすまし顔でそう言った。
「そうかい」
あれだけ美味しそうに食べておいて何を言っているのか。
「変わったね」
「?何がですか?」
「…いや」
「何ですか。歯切れが悪いですね」
ツクバネが思い出すのは、彼女、カスミがこの屋敷に来た時のこと。
その日も、今日と同じような晴天だった。ただ一つ、訪ねてきた少女の顔だけを除いて。
それがどうだろうか。
「?」
「…ケチャップ、付いてるよ?」
「⁉」
こんなにも表情豊かになるとは、当人たちも決して思っていなかったことだろう。