第2話 女性の家に
あっけらかんと僕を自宅に招く指宿さん。
「そういうわけにはいかないよ。第一指宿さん一人暮らしでしょ。」
「私が一人暮らしだと困るんですか?」
「女性の一人暮らしのところに彼氏でもない男が行くのはなぁ。」
「このご時勢ですよ。近所のうわさになんかなりませんよ。ご近所づきあいも無いんですから。」
近所迷惑にはならないし、ふしだらと噂されることもない。と言う指宿さん。
むう、はっきりいわないとだめなのか?
「俺が指宿さんを襲ったらどうするのさ?」
「えっ、襲うんですか?」
「いや、襲わないけど。」
「じゃあ、いいじゃないですか。」
何だろう、このかみ合わない感じ。今どきの若い子の感覚なのか、指宿さんの感覚が他と違うのか?
「ちゃんと責任取ってくれるなら、襲ってもいいですよ。」
「そうじゃねーよ。」
勘弁していただきたい。結婚するならちゃんと経緯は家族に説明できるものにしたい。
「冗談はおいといて、本当にお礼としてご飯を作りたいだけなんです。」
と言い張る指宿さんに根負けして彼女の家に向かうことになった。
指宿さんのうちは会社から1駅となりだったが、途中のスーパーで買い物をするので歩いて帰るという。
別に僕は歩くのは苦ではない。
指宿さんの後に続きながら、携帯を取り出しアプリをいくつか立ち上げる。
歩けばその歩数に応じてポイントが付くアプリと、マップ上をキャラクターが歩いて同じくマップ上にいるモンスターと戦闘をして成長しているRPG系のゲームアプリだ。
「先輩、本当にゲーム好きですねぇ。」
といつの間にか隣に並んでいた指宿さんが僕の携帯の画面をのぞき込みながら言う。
「ゲーム会社の社員ならみなそうだと思うが。」
「私もそうだと思って入社したんですけど、さすがに仕事終わってまでゲームしたいと思わなくなりました。仕事中のゲームでお腹いっぱいです。」
と言いながら再び僕の少し前を歩き始める。
アプリが動作していることを確認すると、携帯を鞄につっこみ彼女の後ろに続く。
後ろでくくってある髪が右に左にと揺れるのや、華奢だと思っていた肢体は女性らしい丸みを帯びていることに気づく。
いかんいかん、気をしっかり持て、僕。
僕は気を逸らすために再び携帯を取り出すと、視界の下半分を画面でふさいだ。
「ここです。ここ。」
彼女はしばらく歩くと道沿いにあったスーパーを指さして、入っていく。
僕も続くと、彼女は並べられていたカゴとカートを取り出し、中を巡回していく。
「僕が押すよ。」
そう言ってカートの脇にカバンを載せる。
指宿さんもバッグをカートに載せると何故かうれしそうに微笑むと野菜コーナーに歩きだした。
何が彼女の琴線に引っかかったのか。
いくつか具材を吟味し、次々とカゴに入れていく。
何を作るか聞かされていないので僕は口を挟まないが・・・。
どうやらカレーのようだ。
「ドロドロとシャバシャバのどちらが好きですか?」
と決定打となるルーをカゴに放り聞いてくる。
主語はないが、カレーの粘度のことだろう。
「作ってもらう身だからあまりわがままは言いたくないけどシャバシャバが好きかな。」
そう答えると
「好みが合いますね。私も飲めるぐらいが好きなんです。」
そう言うと僕の手を引いてレジへと向かった。
飲み物とかは買わなくていいのかな?と思ったが、多分家にあるのだろう。
「そういえば、渕上さんはお酒飲みましたっけ?」
「あいにく下戸だよ。指宿さん飲むんだったら並んどくから取ってきたら?」
「いえ、1人で飲んでもしょうがないので。」
「ああ、そう。」
「それに・・・、いえ何でもないです。」
追加の理由を言おうとしてやめる。
何だろう、と気にはなったが追及するほどのことでもないのでそのままにしておいた。
レジで会計を済ませ、二人で荷物を持ちながら帰る。
僕だけで持とうとしたが芋とか入ったその袋は意外に重く、お互いで紐を片一方ずつ持つことになった。
「夫婦みたいですね。」
とうれしそうにいう指宿さん。
家に誘ったり、こんな発言をしたり真意が読めない。
僕はうまい返しもできず、
「傍からだとそう見えるかもね。」
としか言えなかった。
指宿さんの家は真新しい築数年のマンションだった。
オートロックも完備していて、僕の住んでいるぼろマンションとはえらい違いだ。
まあ、最近は防犯に男も女もない。
「どうぞ、あがってください。」
扉を開け、先に入るとスリッパを差し出してそう言う指宿さん。
間取りは入ってすぐのところに台所、トイレ、お風呂の水回りが固まっていて、奥が8畳ほどのワンルームだった。
カーテンは閉じられているので外の景色はわからない。
「これ使ってください。」
と差し出されたクッションに座り、
「どちらも水出しですけどどちらがいいですか?」
と冷蔵庫の前で見せられたコーヒーと麦茶のうちコーヒーを頼む。
「温めますか?」
と聞かれたので無言で首を振るとにっこり微笑み、コップ1つにアイスコーヒーを入れると僕の前に差し出してきた。
「すいません、コースターとかないんですけど。」
「大丈夫。うちにもないよ。」
「ごゆっくりどうぞ。」
そう言うと台所に戻り、お米をジャーに適量放り込み、水を所定の位置まで注いでスイッチを入れる。
無洗米派なんだね。
そして鍋に具材を入れ、火をかける。
慣れているのか、料理は苦ではないのか鼻唄をうたいながら、それらのことをてきぱきと終えた指宿さんはいつのまにかつけていたエプロンで手を拭きながら部屋に戻ってきた。
「何してるんですか?」
と僕がいじってる携帯を見ながら声をかける。
「ん? 無料ガチャでもらったアイテムの整理。」
別に隠すものでもないので、画面を彼女にも見えるように角度を変える。
「ごくたまぁに良いのが出ることもあるけど、基本いらないものがほとんどだからそういうのは売ってるんだ。」
と条件に合致したアイテムを選択し売却処理するところまでの流れを見せる。
「豆ですね、渕上センパイは。」
画面の流れを辿り、売却後の整理されたアイテムボックスの中身を見て微笑む指宿さん。
その後も僕の操作する画面を黙って見ていたが、キッチンでアラームが鳴ると顔を上げ、カレーの準備に取り掛かる。
「手伝うよ。」
と声はかけたが、
「お客さまは座ったままお待ちください。」
と拒否される。
まあ、勝手のわからないところに行っても障害物にしかならない。
諦めてお世話されるままになることにした。
手際よく並べられたカレーを前に手を合わせる。
鼻をくすぐる香辛料の香りに耐えかね、彼女が向かいに座るや否や
「いただきます。」
と声をかけた。
彼女は急く僕の様子を見てクスリと笑うと
「召し上がれ。」
と返してくる。
僕は自らの食欲の赴くまま、目の前のカレーを口に運んだ。
シャバシャバなカレーはリズミカルにテンポ良く僕の腹に収まっていく。
最後の一口を皿のへりで綺麗に掬い上げると、舌の上に載せ、僕は完食した。
「ごちそうさまでした。美味しかった。」
とスプーンを置き、礼を言うと
「おそまつさまでした。」
と彼女もうれしそうに応える。
その後程なくして彼女も食べ終わり、
再び淹れてもらったコーヒーを飲んで、少し仕事についてたわいもない話をする。
「よし、じゃあそろそろ。」
と僕が腰をあげようとすると指宿さんが
「あ、先輩ちょっと待ってください。」
と声をかけてくる。
「ん?」
お礼のご飯はいただいた。
このまま帰れば家でシャワーぐらいは浴びれるだろう。
そう算段をつけていた僕だったが、引き留められて立ち止まる。
あと何かあったっけ?
「ちょっと・・・ 先輩にお願いが。」
「え? 何?」
このタイミングで言われることに思い当たりがないので首をかしげながら聞く。
すると指宿さんは少し顔を赤らめるようにして
「先輩の手、触らせてほしいんです。」
と僕に告げてきた。