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純文学シリーズ

色褪せたスケートシューズ

作者: 豊科奈義

 そこは一面真っ白だった。

 だが、美しいとかそういう感情は不要だ。猛吹雪の中、かろうじて数メートル先が見えるかという状態だ。おまけに、降り積もった雪は非常に高く、少しでもバランスが崩れようものなら雪崩となるだろう。

 そんな景色の奥に、凍った湖があった。反対側まで数十メートル程度の小さな湖だ。

 美しい水色ではない。空気中のゴミも一緒に凍ってもはや水色というよりかは灰色である。

 そんな湖の前に、一人の人物が座っていた。

 フリーターであった。基本的に最小限働き、最小限の消費をする。傍から見ればつまらない人生などと言われることがあったが、本人は全く気にしていない。

 フリーターがこの場所に来た理由。それは、スケートをするためである。実際、色褪せたスケートシューズも持ってきていた。だが、フリーターは決してスケートをしようとはしなかった。

 フリーターは、『滑る』という言葉が嫌いだった。『滑る』というのは、摩擦が働かずに滑らかに動くことだ。だが、嘲笑的な意味もある。『ネタが滑る』『大学に滑る』などだ。

 フリーターは昔はよく褒められた。スケートをやらせればうまくいき、学校でも成績上位。だからこそ、親は期待してしまった。もっと上にいけるのではないかと。そして、中学受験、高校受験、大学受験全てに挑んだ。志望校は尽く落ちてしまった。スケートだってそうだ。後ちょっとのところで選抜に落ちたのだ。

 そのことが原因で、家族仲も悪化した。親は絶望した。離婚もした。もうそうなれば『滑る』どころの話ではない。もはや『落ちる』である。

 すべて自分が『滑った』から。だからこそ『落ちた』のだ。かくしてフリーターは悟った。滑り続けたらやがて落ちるのだと。だが、もう懲り懲りである。

 フリーターはすべてを諦めた。フリーターとして働き、欲を一切出さずただ一店員として働く。欲しい物も、結婚願望も何もない。だって、一度でも滑ってしまったらそれは『落ちる』の始まりだからだ。

──帰ろう

 フリーターはその場を立ち去ろうとした。だが、ふと色褪せたスケートシューズが落下した。

 思えば、スケートをしようとしたこと事態が間違いだった。たまたま家の掃除をしていたときに、学生時代履いていたスケートシューズを見つけたのだ。当時とは足の大きさが違う。にもかからわず、気がつけばこの場所にいた。

 不思議だった。今までこんなことはなかった。選ぶ際はリスクが最小のものを選ぶ。いくら他の選択肢にローリスクハイリターンのものがあったとしてもだ。にもかかわらず、スケートシューズを抱えてスケート場ではなく自然のスケート場にやってきた。客はいない。当然だ。こんな吹雪の中にやってくる馬鹿など居ない。

 フリーターはスケートシューズを拾う。使い込まれた靴だった。だが、使えないほど使い込まれてはいない。

──もったいない

 フリーターはスケートシューズを履いた。足全体が締め付けられるほどの靴で、履いてるだけで足全体が痛い。そして、目の前の自然のスケート場を見る。先は数メートル先がやっと。そして、この灰色の氷もちゃんと人の重さに耐えられるのかわかったものではない。

 踏みつけた瞬間に割れるならまだマシだ。湖の中央に来たときに割れでもしたらたまったものではない。

 リスクが大きすぎた。

 とはいえ、縁ならばそれほどリスクは高くはない。フリーターは縁を少し滑り始めた。

 最初は怖かった。いくら縁と言えども割れたらこの吹雪の中びしょ濡れになるし、氷の破片で怪我をするかもしれないのだから。

 でも、氷は耐えてくれた。やがて、恐怖心は減っていき縁を滑る速度も増す。だが、バランスを崩してしまいそのまま湖の中央に向かってしまった。だが、ここでも氷は耐えてくれた。やがて、フリーターは自らの意志で滑り始め、反対側まで到着した。

そして、反対側まで到着した際に吹雪が止んでいるのがわかった。そして、視界も先程よりは開けている。さらに、雲の中からわずかながら太陽が顔を覗かせた。その日光は、灰色だった湖を照らし美しい水色に輝かせてくれた。

 フリーターは、その場に座って空を仰ぎ見た。少しだけ口元を緩めると、再度反対側まで向かい荷物を回収し帰っていった。

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