#1
世界の端にある島の深い深い森の中、竜人族だけが住まう集落がありました。
竜人族は龍と人間族の交わりを起源として生まれた種族で、この島の集落以外どこにもいないと言われている種族でした。
彼らは島の外の世界には干渉せず、また外の世界からも干渉されず長い間集落の中で生活していました。ところがある満月の夜、森に炎が放たれました。炎はたちまち大きくなって森の木々を次々と飲み込み、そこに住んでいた生物も焼き殺し、あっという間に集落に到達し、建物も人もみんな飲み込んでしまいました。そうして夜空の満月が消える頃、島にあった竜人族の集落は森ごと焼き尽くされてしまいました。こうして島の集落に住んでいた竜人族は絶滅してしまいました。
ある森の中、一人の少女が追われていました。追っていたのは森を縄張りにしている盗賊たちです。少女が無我夢中で走り続けてようやく森の出口が見えたその時、地面から出ていた木の根に気づかずにそれにつまづいて転んでしまいました。そのすきに盗賊たちは少女に近づき、起き上がった彼女の腕をつかみます。少女は離してと叫びますが全く離す気配がありません。彼女は今度は誰か助けてと叫びました。すると、盗賊たちに後ろから声をかける者がいます。その者は盗賊たちが後ろを振り返った瞬間スパーンと音を立てて何かで盗賊たちの顔を叩き、盗賊たちを気絶させてしまいました。そして少女に近づくとお怪我はありませんかと声をかけました。少女はうなずいた後、自分を助けてくれた者を見ます。その者は全身をすっぽり覆うローブを着ていて頭もフードをかぶり、顔は仮面で隠していました。
「声が聞こえたので走ってきましたが、無事なら何よりです。私はロンといいます、ただの旅人です。もしよろしければあなたの村まで案内してはいただけないでしょうか?」
ロンと名乗った旅人は丁寧な口調でそう言いました。少女も自分を助けてくれたお礼がしたいと、自分の村に彼を案内します。彼女の村は木造の家や畑がいくつかある、小さな村でした。少女は村の大人たちに彼が自分を助けてくれたことを話しました。村の大人たちは彼にお礼を言いました。
「村の者を助けてくださったようで本当にありがとうございます。お礼に僅かばかりではありますが、おもてなしをさせていただきたい」
「いえいえ、気にしないでください。私が行ったのはそんな大した事ではありません。それより、あの盗賊の事について色々と聞かせていただきませんか?」
それを聞いて旅人の方が知りたいのならと色々なことを教えてくれました。村人は、盗賊たちは数年前にどこからかやってきてこの森を縄張りにしている事、彼らの拠点が森の近くの洞窟にある事、村の外に狩りに出かける村人たちや、たまに来る行商人などを狙っている事などを教えてくれました。その後旅人は村人たちのご厚意で村に一晩泊めてもらうことにしました。そしてその日の夜、村人たち全員が寝静まった頃を見計らい、旅人は村を静かに出ました。
洞窟の中では、盗賊たちが行商人から奪った酒を楽しそうに飲み交わしていました。すると洞窟の出口の方から誰かの足音が聞こえてきます。それに気づいた盗賊たちはとっさに武器を構え、侵入者が洞窟の奥に来た瞬間全員で襲い掛かろうと侵入者が来るのを待っていました。しかし突如洞窟の出口から奥に向かって突風が吹いたかと思うと、洞窟内を照らしていた燭台の明かりが一斉に消えてしまいました。
突然の暗闇に盗賊たちはパニックになり騒ぎ出してしまいます。その騒ぎに乗じて洞窟内の盗賊たちが次々と倒れていきます。そうしてようやく盗賊のリーダーの男が行商人から奪った、光をともす魔道具を使い洞窟内を照らすと盗賊たちはそこら中に倒れ伏していて、その中で一人立っている者がいました。リーダーの男が彼に向かって、てめえ何者だと怒りをあらわにしながら聞くと、彼は私はただの旅人ですと答えます。それを聞くとリーダーの男はふざけんじゃねえと怒りを込め、武器を振り回しながら襲い掛かってきました。彼はそれをサッとよけ、後ろに回り込んで襲い掛かってきたリーダーの男を振り向かずに攻撃し、洞窟の壁に吹っ飛ばしてしまいました。壁にぶつかったリーダーの男は起き上がり、彼を見て目を見開きました。何故なら彼の着ているローブの下から龍を思わせる大きな尻尾が生えていたからです。
「おや、バレてしまいましたか。いけませんね、つい癖で後ろの相手には尻尾で攻撃しまいます。申し遅れました、私は竜人族のロンといいます」
ローブを脱ぎその下に身に着けていたカバンも外して、まとめて近くの箱の上に置きながら彼はそう言いました。ローブを脱いだその姿は、頭には日本の角をはやし、そのうちの一本は折れていました。そして背中には尻尾だけでなく翼も生やし、服は普通ではあるものの腰には刀を差しています。
「竜人族だと⁉ そんな馬鹿な、ありえねえだろ! だって竜人族は数年前に絶滅したって話だったぜ? それが何でここにいやがるんだ!」
「ええ、まあそうですね。忘れもしないあの日竜人族は住んでいた場所ごと、きれいに焼き尽くされて絶滅した。まあ私はその時に唯一死ななかった、種族最後の生き残りなんですけどね」
彼がそう言うと、男はふざけんじゃねえと再び叫びながら襲い掛かってきましたが、彼の尻尾の一撃によって再び洞窟の壁まで吹っ飛ばされ、壁にぶつかってしまいました。そして男に近づいてしゃがみ、私の集落に火をつけた者について知らないですかと彼が尋ねましたが知らないと男は一言だけ言います。その反応に、彼はそうですかと一言だけ言うと右手で男のみぞおちを殴り、気絶させてしまいました。
彼が元の恰好で洞窟を出るころにはすっかり朝日が昇り、辺りは明るくなっていました。彼は振り返り洞窟のほうを向くと、洞窟の出口の上部分に攻撃して崩して出口を岩でふさいでしまいました。そして彼はその場を後にし、村にもよらずに別の場所へと行ってしまいました。
その後、森の奥の小さな村では二度と盗賊たちの被害にあうことはありませんでした。