湖の乙女
静寂の湖畔の縁に座り虚空を眺める乙女がいた。
その眼は何も写さず、表情も無い無表情、例えるならば役目を与えられていない機械。
彼女は自分と切り離された存在を夢想し、思慮する。
死せる魂を冥界、地獄門、輪廻へと振り分け、天秤の重さによって贖うべきか、救うべきかを選定し送り届ける。
罪科が多く重い者は地獄門へ届け、試練を乗り越えさせ、天秤が誤差でも善行が足りない者は冥界を抜けニヴルヘイムの館までの試練を与え、そうでないものは輪廻へ回され、可能な限り配慮する。
その全てを悪魔や冥界の番人や天秤の裁定者へ振り分け、最後の決定権を下す。
それが彼女を切り離した存在
平和へ向かう世界に翳りが差さない様に注意を払い、禁忌を犯す者を特定し報告するのが彼女の役割であり、湖の管理もその一環である。
命の湖、生命の残滓が集まり邪悪な怨念などを浄化して清浄して、世界の芽吹きを促し癒す湖である。
人間はそれを使い不老不死を考え実行したが、失敗し、己の魂を崩壊させ周りへ呪いを振り撒く怪物へ変態した為、禁忌と定めそれを阻止する為に彼女は切り離され、豊かな自然要塞に隠されて強力な魔獣達により人間は近づけない魔境へと変貌した。
彼女は年に三回しか訪れない己の半身とも呼べる者を湖を守護しながら今日も今日とて待ち続けるのだった。
腹は減らず、喉は乾かず、排泄する必要すら無い、だが、食べる事も出来き、飲む事も排泄する事も出来る、必要が無いだけなのだ。
彼女には湖の管理、森の手入れ、生物達との会話以外の生命の潤いが絶望的に足りない、故に役目を与えられていない機械の様にぴくりとも動かない。
それが彼女の日常、そんな彼女の日常を揺らぎを与える存在が、森へ侵入した。
それが彼であった。