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魔法世界史:魔法による月旅行

作者: 銅大

 この物語の地球では、私たちの知るものとは少し異なる歴史を歩みました。

 最大の違いが、化石燃料の有無です。生命が死ぬ時に魔力に変換されるこの地球では、太古の植物やプランクトンは、石炭や石油になりません。出涸らしのように、似て非なる存在として地面に埋まっています。

 このことは、古代から近代までの歴史よりも、近代から現代への歴史に大きく影響を与え、国の成り立ちなどが少しずつ変わってきています。


 魔法による宇宙旅行を最初に考えたのは、19世紀のSF作家ジュール・ベルヌである。

 ベルヌは著作『地球から月へ』(1865年)で巨大な魔砲を想定し、地上から人の乗った砲弾を射出して月へ行く物語を描いた。

 魔砲は魔法によって砲身が〈強化〉された大砲である。

 作中の魔砲の砲身は木材だ。鉄は魔力を通しにくく強化が難しい。青銅は強化できるが膨大な魔力が必要になる。宇宙旅行に使う砲身ならかしならが好ましい。

 木材をつなぎ合わせると、継ぎ目から魔力が漏れて無駄になる。ベルヌは作中でアメリカにあるセコイアの巨木を削り出した全高100mの丸太を魔砲とし、宇宙への射出に用いている。

 だが、100mの砲身で地球の重力圏を振り切る第二宇宙速度の11.2km/secまで加速するには、1mあたり10000Gを超える加速が必要になる。発射する砲弾は術者によって〈強化〉できるが、砲弾の中にいる肝心の術者本人が肉塊になってしまう。ベルヌもこの問題には対処が必要だと考えたようで、作中ではセコイアを供出した西合衆国(United Tribes of WestAmerica)の巫覡シャーマンの秘儀により、砲弾を加速から守っている。

 砲弾が打ち出された後、〈強化〉の効果が切れた砲身は、射出時に発生した高熱によって一気に燃え上がる。巨大な松明となった大砲に照らされて有人砲弾が宇宙を目指すくだりは作中屈指の名場面で、特撮映画になった際にはポスターに使われている。


 初期の宇宙開発は、ベルヌの強烈なイマジネーションに感化された研究者によって推し進められた。その中でも代表的な人物が、ツィオルコフスキー、ゴダード、そしてオーベルトとフォン・ブラウンである。


 軌道上にあがるのに必要な宇宙速度を出すには、大砲より、加速を積み重ねていくロケットが優れている。ロシアのツィオルコフスキーは、ロケットエンジンの性能から必要な推進剤の量を導き出すロケット方程式を作り上げた。ツィオルコフスキーは百段式の月ロケットも試算している。〈元素変換〉によって精製された固体燃料ロケットの束だ。ベルヌは魔砲を〈強化〉して打ち上げに利用したが、魔力が尽きると効果も切れる種類の魔法はロケットには不適切として、ツィオルコフスキーは採用していない。百段式の、ピラミッドのように巨大な月ロケットになったのも、想定した固体燃料ロケットの推力が小さかったためだ。


 続くゴダードは、実際にロケットを作り、打ち上げ実験も行った。

 東合衆国(United States of EastAmerica)のゴダードは、液体燃料に月ロケットの可能性を見た。

 ゴダードはまた、地上から魔法を使うことでロケットの打ち上げを補助できないか考えた。ゴダードは運動系魔法の使い手を集め、打ち上げ時にロケットを押し上げて到達高度を上げる実験も行った。

 液体燃料ロケットは成功したが、魔法による打ち上げ補助は失敗に終わる。上昇するロケットを地上から押し上げるのは、投げたボールを空中で加速させるようなもので、階梯の高い魔法使いでも、困難を極める。ゴダードのロケットは制御を失い、実験場となった農園から離れた場所に落下して警察や消防が駆けつける騒ぎとなった。


 宇宙ロケットを完成させたのが、オーベルトとフォン・ブラウンだ。

 フォン・ブラウンはオーベルトに師事してドイツ宇宙旅行協会に入り、ロケットエンジンの開発と改良に尽力した。

 フォン・ブラウンらが目指したのはロケットによる人工衛星の打ち上げだ。人工衛星に必要な条件は、大気がほとんどない高度100km以上に上がり、重力の落下速度を相殺できる第一宇宙速度の7.9km/secまで水平線方向に加速を重ねることだ。

 フォン・ブラウンはゴダードの失敗から魔法に頼ることには懐疑的であったが、師のオーベルトの紹介を受けて映画監督のフリッツ・ラングと出会い、最先端魔法であった大気操作系魔法の利用を試みる。大勢の術者が一斉に魔法を発動させることでロケット発射台の周囲の気圧を下げて打ち上げを補助するのだ。

 1938年に行われた、魔法を利用したロケット発射実験は実用の面ではさんざんな失敗に終わった。

 多少の気圧低下では、ロケットの実用高度に影響は出なかったのだ。


「そもそも」


 フォン・ブラウンは実験の後でラングに愚痴をもらしたという。


「ぼくのロケットは空気抵抗が少ない形状をしている。あなたが空に作った雲の螺旋は、きれいかもしれないが、ロケットの打ち上げにはなんら寄与しないよ」

「そんなことはないさ」


 打ち上げを撮影したラングは上機嫌だった。


「魔法は、今回の打ち上げには役立たなかったかもしれない。しかし、次の打ち上げには大いに寄与すること間違いなしだね」


 ラングは正しかった。

 雲の螺旋を貫き、上昇しながら東へ飛ぶロケットの映像は、ラングの映画『大洪水』(1939年)で使われた。飛翔するロケットの力強さもさりながら、地上から打ち上げを支援するドイツ魔法少年隊の健気さが観客の心を打った。

 ドイツ宇宙旅行協会には、ドイツ中からスポンサーが集まった。そしてロケットの打ち上げでは、観客も参加する大気操作系魔法が必ず行われた。効果といえば、雲を吹き散らして青空を呼び込むくらいであったが、それでも大衆は満足した。

 フォン・ブラウンは映画を通してロケットに金と支持を集める手法を生み出し、ロケットの実用化と、人類最初の人工衛星の打ち上げに成功したのだ。


 20世紀半ばに実用化された宇宙ロケットは、急速な進歩を続けた。

 しかし、21世紀になった今も有人月旅行は実現していない。そこで、英国惑星間協会や東西合同宇宙巡礼会を中心に、月旅行を支援するための新たな魔法の開発が進んでいる。

 有力な候補が、反重力──〈重力遮断〉魔法である。さりながら、現状では階梯の高い術者が全魔力を振り絞っても、効果範囲はナノメートル、効果時間はナノ秒が限界で、実用化にはほど遠い。

 また、錬金術系魔法の〈元素変換:クラインの壺〉による反物質燃料の生産も基礎術式が構築されつつある。反物質は、とても高効率のロケット燃料だからだ。

 どちらも「10年以内には目処が」「30年以内には実用化」と言われ続けて半世紀近くが過ぎている。


 そんな中で再び脚光を浴びているのが、〈強化〉を利用した魔砲による打ち上げだ。

 日本の窮理院では、魔法で品種改良した竹のレールを100kmつなげてロケット発射台にする「竹取計画」が企画されている。


 月旅行は、現代に蘇ったベルヌの魔砲で実現するかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[一言] こういう話でまさかフリッツ・ラングが出てくるとは。 個人的に日本の竹取計画に興味津津。 元々資源に乏しい土地だからこそ、こういう発想になったのか。
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