38.シンシア
シンシア目線の幕間です
30歳でまだE級のくせに、クレアのような女の子をたぶらかして、しかも七代迷宮を攻略するなどと嘯く信用ならない奴。
それがヴィンセント・アルトリンデンに対する第一印象だ。
勇者と決闘し勝ったとか、迷宮を攻略したとか、皆騙されているんじゃないの?
ボリスおじさんはああいう軟弱そうな輩を絶対に認めてこなかった。
なのに、あの態度は一目置いているという感じだ。
『ヴィンセント、お前に休んでいる暇はないぞ。能力、人脈、情報、資金、全てが足りん。そんなことで七大迷宮の攻略などとは、笑止!!』
名前で呼ばれるなんて、普通の冒険者だったら卒倒するぞ。
ソフィアおばさんもまるで自分の子のように甘やかしている。
世話好きの方だがそれにしても甲斐甲斐しすぎた。
『お洗濯するわよ。着替え全部出してー』
『食べたいものあったら言ってね』
『ねぇ、髪の毛伸びてきたんじゃない? 切ってあげる!』
甘やかしすぎだ。普通の冒険者なら骨抜きだぞ。
極めつけはクレア。
かわいいかわいいクレアだが、今まで男っ気なぞまるで無かった。
求婚する輩は多かったが相手にもしていなかった。
『私より弱い男に興味はない』
嘘つき!! あのクールで淡泊なクレアどこに行ったのだ!?
クレアは『A級のクレア』と言われることが多い。それはA級の代表のような扱いだからだ。
ランカー、S級への昇格審査を受けていないだけで、実力はS級上位とも言われている。
あの男がクレアより強いはずが無い。
だがあの男といる間、クレアはとても幸せそうで、満足そうだった。
常にピッタリくっついて……
まるで普通の年頃の少女だ。
私の知るあの家族がこの短期間でこうも変わるものか?
絶対に裏がある。
信用ならない。
『クルセイダーなんだって? いいな。フフフ』
なんかいやらしい眼で見ている気もする。
どうせ私のことも何らかのスキルで手籠めにする気だ。
自慢じゃないが私はすごいモテるのだ。
この中年男も私に欲情しているに違いない。
私はそう確信した。
だとすれば勇者とのいざこざもすべてこの男の謀。
勇者が負ける? ウソの報告をする?
ばかな。
神に選ばれし高潔なる者こそ勇者。
絶対無い。
コイツがなんかやった。
そうに違いない。
「そんなに勇者を信用しているなら付いてこい」
「なんだと?」
「おれが何か言うよりも、自分の目で見た方が納得するだろう。だからお前に勇者の真実の姿をみせてやる」
「ほう、いいだろう。できるものならやってみろぉ!!」
絶対にしっぽを掴んでやる。
奴が私を操り、本性を顕わにして襲い掛かって来たところを捕らえて罪を告白させて見せよう!!
あれ?
こいつ、王都に来るのは初めてではないのか。
真っ直ぐギルドに向かった。
何をする気なのか、さっぱり見当がつかなかった。てっきり宿屋の方へ行くと思ったのに。
待合室で警戒していると、勇者がやって来た。
しかも図ったかのように、待合室には我々だけ。
私は観葉植物が影になって勇者からは見えない位置。
絶妙に会話が聞き取れた。
信じられないことに、勇者は暗に自分がやったことを自供し、しかもその隠匿を手伝うようにクレアとヴィンセントに要求に来たのだ。
うえええ、ありえない。
あの品行方正な勇者が、あんな情けない言い訳ばかりして厚かましい要求を繰り返すなんて。
まさか勇者も操られている?
そ、そうだ、そそそうに違いないいいい。
勇者は神に使命を授かった戦士だ。
その人格があんなにも歪んでいるなどあってはならないことだ。
ん?
ヴィンセントがしきりに勇者に「消えろ」「二度と関わるな」「二度と目の前に現れるな」と命令している。
それに勇者はことごとく反している。
うわぁぁぁぁぁ!!
洗脳とかじゃない!
あれが勇者の本性!?
あんな男のためにクレアを働かせてしまった。
なんてことだ。
私はとんでもない過ちを犯していた。
もしヴィンセントいなかったら……
今頃、あのかわいいかわいいクレアは……
ヴィンセントの態度は立派だった。
クレアが横にいるとは言え、勇者の脅しに対して一歩も引かない。
恐れることなく、挑発にも乗らず毅然とした態度。
本当に勇者と決闘して勝ったのか。
ボリスおじさんが認めているのも、ソフィアおばさんが甘やかすのも、この男の実力と魅力なのか?
少なくとも、奴が明確に脅しをかけた時、私はクレアの分だけでなく、ヴィンセントの分も怒りが湧き、身体が勝手に動いていた。
この男は話してわかる類ではない。
性根が腐っている!
だが殴り掛かった私の拳をヴィンセントが止めた。
「なぁ!」
それも、後ろ向きに片手でだ。
E級の膂力ではない。
私の拳をそこいらの駆け出しが掠めれば、指がはじけ飛ぶからな。
それにどこまでも冷静だ。
勇者がけがを負えばその場にいたヴィンセントとクレア、三人がかりで私刑を下したと思われかねない。私はまたしても過ちを犯し、ヴィンセントに借りを作ってしまったのだ。
だが彼が私を責めることはなかった。
勇者の誇りと尊厳を踏みにじり続けるあの男に、拳ではなく、言葉でやり返した。
「エレーナ」
「――ぐっ、貴様、この、ぼくの……」
どういう会話かわからなかったが、すさまじく頭が切れるのは確かだ。
その名を口に出したことで勇者は血相を変えて逃げていった。
全てを見通し、地味ながらも確実な一手を打つ。
父上に似ている。
そう感じた。
伝説と言われながら、その活躍があまり語られない父上。
『いいかい、シンシア。勇者が活躍したら、それは悲劇が起きたという事さ。だから武勇の無い勇者がぼくの理想だ。悲劇が起きるのを待つのではなく、起こる前に解決する。人々に語られないことが最大の名誉だ』
「シンシア、パーティに入ってくれ」
「わかった!」
この男ならやる。
クレアとの仲を認められたいというだけで七大迷宮に挑む。
可笑しな奴だし、まだ掴みかねている。
だがクレアが信じるだけのことはある。
「今までの非礼をお詫びする。これより私、シンシア・スノーホワイトは――あれ? パーティ名は?」
「「まだ決まってない」」
「……そうか。とにかく、パーティに加わり、クルセイダーとして共に七代迷宮攻略を目指そう!!」
「おう」
「よろしくね、シンシア!」




