1.新しい朝が来た
早朝に出かけ、戻ってきた時は夜だった。
おれは一人、ギルド受付で報告した。
「報告する。勇者パーティの三名が第四階層で……迷宮ボスに殺された」
勇者の死。
冒険者からは敵意の視線。
もちろんそれだけで済むはずが無い。
「なんてことをしてくれたんだっ! よりにもよって勇者を死なせるとは……!」
頭を抱えるギルドマスター。
勇者は貴重な人材。
国のため活躍できるよう冒険者ギルドがバックアップしている。
だからこそ、この駆け出し冒険者が集まる未攻略の迷宮で育成が図られていた。
だが、その迷宮で勇者が死んだ。
勇者だけではない。
A級冒険者が三人全員が死んだ。
これは冒険者ギルドだけの問題ではなく、街にも影響する。
この街の収入源の多くは駆け出し冒険者。
日用品や宿、飲食関係、風俗、冒険に必要な低価格で価格相応な初級装備の販売で成り立っている。
人の移動という面でも税関での税収入がある程度安定している。
だから領主も公共施設や街の治安、福祉へ力を入れて来た。
初心者が挑みやすい迷宮、それでいて未攻略。
それがこの街の歯車をうまく回して来た。
「お前が悪くないことは分かっている……だが、もう街を出た方がいい……誰に恨まれているかわからんからな」
それがギルドマスターからのせめてもの配慮だったのだろう。
制裁が無いのは二十年の活動があったからだ。
だが、他の冒険者には関係ない。
「アマチュアめ! どうせ脚を引っ張ったんだろう!」
「なんであいつが生きてんだ?」
「あいつ、勇者の装備を盗んだんじゃないか?」
「いつかこういうことをすると思ってたぜ」
「くっそ、十年前よりひどい物価になるぞ」
「暮らしていけねぇよ」
口汚く罵る中には受付職員の姿もあった。
長い付き合いだったが、おれへの信頼など完全に吹き飛んだらしい。
その眼は自分たちの職を脅かした敵への嫌悪に満ちていた。
「あいつが死ねば良かったのに」
おれの脚は街の孤児院に向かっていた。
昔から世話になっている人がいる。
「ヴィン……聞きました。迷宮でのこと」
「院長、おれは」
「何をしに来たの?」
院長はハイエルフで美しい顔立ちと銀髪をしている。
おれにとっては母親同然の存在だ。
この街で一番大事な人はこの人だ。
冒険者として食べて行けるようになるまで食べ物と寝床を世話してもらい、怪我をしたときは治療してもらってきた。
普段は優しさに満ちた顔をしている。
でも今は外敵を威嚇する猛獣のように見えた。
「十年前有名な冒険者が失踪しただけで迷宮は挑戦者が3割以上減り、ここの援助は打ち切られかけました。今度はもう……」
簡単な話だ。
冒険者が街に来なくなれば税収が減る。
領主はその分どこかを切り捨てる。
なぜそのことに頭が及ばなかったのだろう。
おれは自分が窮地に追いやった人に救いを求めに来た。
慰めてもらえるかと思った。
筋違いだった。
本当に『何しに来た?』だ。
院長の落胆した様子に耐え兼ねておれはこれまで貯めてきた金を寄付する申し出た。
すると頬を叩かれた。
「この期に及んでお金でだなんて、あなたは――」
途中で言いかけ、院長はひどく狼狽し、泣き崩れてしまった。
おれはいたたまれず逃げるように院を後にした。
『――それで償った気になれるのか?』
院長は最後まで言わなかったが、きっと続きはこうだろう。
アパートに戻ったころにはすっかり夜も更けていた。
部屋はすでに荒らされていた。
使えそうなものをまとめ、バラバラにされたベッドの横の床で気絶するように眠った。
早朝に、誰にも会わないうちに出ようと決めた。
◇
朝になりハッとした。
「金はギルドか……」
昨日のあの職員たちの様子からして、おれの口座がいつの間にか空になっていても不思議じゃない。
街を出た後着服に気が付いても、おれにはそれを追求する伝手も信用もない。
「――ん? なんだ?」
慌てて飛び起き、違和感にすぐ気が付いた。
部屋は片付き、おれはベッドの上で寝ていた。
昨夜、おれは床で寝たはずだ。
壁も床も直っている。
どういうことだ?
気が動転して幻覚でも見ていたのか?
まぁいい。そんなこと。
急ごう。
金を孤児院へ届けなければならない。
おれにはそれしかできない。
ギルドへ行けばまた罵られるかもしれないが、もう冒険者と関わることも無い。
さすがに金を引き出す手続きを遮りはしないだろう。
冒険者ギルドは昨日と変わりないように見えた。
中からはいつものようにやかましい笑い声。
おれが言うことではないが呑気なことだな。
「おお、アマチュア! 今日は気合入っているな!!」
「あ、え?」
いつもと変わらない様子で顔見知りの冒険者があいさつしてきた。
「よう、ヴィン! 早いな!!」
「あら、本当。ああ、勇者パーティに寄生して大儲けできるからかぁ。うそうそ冗談よ! 今夜奢ってよね」
気のせいか?
昨日と全く同じだ。全部デジャブに感じる。
職員たちの雰囲気もいつも通り。
おかしい、昨日の今日でもう怒りが収まったとは思えない。
なにか質の悪い悪戯か?
いや、気にしている場合じゃない。
はやく受付を済ませよう。
「あ、あの口座を全額引き出したいんだが……」
「ええ!」
うっ、やっぱ渋るか。
「ヴィンさん、まさか死ぬ気ですか?」
受付嬢が本気で心配そうな顔をする。
これは演技じゃなさそうだ。
おれを心配してくれる奴もまだいたか……
「いや、これは孤児院に寄付しようかと」
「うぇぇ、ヴィンさんの口座って……確か一、十、百、千、万……本気ですか?」
読み上げるな。
受付嬢が目を白黒させている。
注目される前に早く済ませたいのにこの反応。
まさか、金を引き出させない時間稼ぎ?
「引き出せないのか? どうなんだ?」
「あ、失礼しました。できます……ではこの書類に金額と日付、あとサインを」
おれは書類に必要事項を記入して渡した。
「あ、ダメですよ」
「なに!」
やはり難癖をつけて――
「ほら、日付が間違ってますよ」
「なに?」
日付が?
「あれ、兄さん早いね~」
「え?」
振り返り我が目を疑った。
そこには昨日死んだはずのA級冒険者パーティ『ホワイトホース』の三名が並んでいた。
「昨日は渋々って感じだったのにやる気満々だな!」
弾けるような笑顔の女戦士がそこにいた。
読んでいただきありがとうございます。
おもしろい、続きが気になったと思っていただけたらブックマーク登録、下記広告下の☆☆☆☆☆評価をお願いします。