0.変化来たる
新作です。よろしくお願いします。
そろそろだ。
おれは期待に胸を膨らまし、この日を迎えた。
「おお、アマチュア! 今日は気合入っているな!!」
「よう、ヴィン! 早いな!!」
「あら、本当。ああ、勇者パーティに寄生して大儲けできるからか。うそうそ冗談よ! 今夜奢ってよね」
早朝にギルドに入ると顔なじみたちからあいさつや悪態を付かれる。
いつも通りだ。
この街で受ける最後の仕事は勇者パーティのガイド。
このトラップ迷宮を攻略するためにやって来た勇者たちをボス部屋まで案内するのが仕事だ。
この仕事でおれはやっと手にするんだ。
新たな力を。
おれはギルドの受付の前に立った。
「おはようございますヴィンさん」
「ああ。ステータスを確認させてくれ」
「はい、5万ゴールドになります」
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ヴィンセント・アルトリンデン(30)♂
【職 業】:アマチュア冒険者
【レベル】:8
【体 力】:E[320 / 500]
【耐 久】:F[ 55 / 200]
【膂 力】:F[ 95 / 200]
【速 さ】:F[190 / 200]
【知 力】:D[680 / 1000]
【運 気】:F[ 45 / 200]
【魔 力】:E[450 / 500]
【精 神】:E[480 / 500]
【器 用】:D[780 / 1000]
【スキル】:『デジャブ』(-[999999/1000000])
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やっとだ。とうとうスキルがランクアップする。
スキルの使用により獲得されるスキルポイントが999999まで貯まった。あと1でおれの『デジャブ』はさらなる力を解放する。
20年かかった。
迷宮に潜り続け、ひたすら探索を繰り返す毎日ももう終わる。
金も貯まった。
新たな力と軍資金を元に、おれはやっと冒険者になる。
「あれ、兄さん早いね~」
「ん?」
声を掛けられ振り返ると女戦士が居た。
その後ろには寡黙な魔導士。それと不機嫌そうな顔をした勇者。
勇者パーティ『ホワイトホース』だ。
「昨日は渋々って感じだったのにやる気満々だね!」
女戦士、彼女がおれにこの仕事を持ちかけて来た。
A級冒険者なのに鼻にかけた態度が無い、感じが良さそうな娘だ。
「別に、最後の部屋に行くだけなら、午前中に行って戻って来られるからな。早く済ませたいんだ」
「おお~すごいね!」
女戦士が眼を輝かせる。
大げさな奴だ。
「そういう奢りは良くないな。迷宮は何が起こるかわからない。ガイド役の君がそれでは困るよ。ライセンスを持っていないからってあまり適当な仕事はしないでくれたまえ」
長身の勇者がおれを見下ろす。
感情の籠った忠告だ。
だが、心配ではない。
軽蔑、嘲笑?
いや、単純におれが嫌いなのだ。
それにおれが非正規の冒険者だから侮っている。
「ちょっと失礼でしょ! こっちが困って頼ってるのに」
「別にいいさ。おれがアマチュアなのは本当だからな」
「本当にガイドなんてできるんだろうね? ぼくらは重要な責務を負っているんだ。君にはその自覚が足りない」
勇者の重要な責務とやらは確かに知らない。
だが、迷宮のことならほとんど知り尽くしている。
◇
浅く、大して魔物もでない迷宮。
だが発見され二十年以上経った今もこの迷宮は未攻略だ。
迷宮に到着。出入り口付近には多くの冒険者たちがたむろしている。
中に入り迷わず先に進む。
岩洞窟に人工物が混ざったような迷宮内には敷石がある。
「おれの踏んだ床以外を踏むなよ。全部トラップだからな」
間違った場所を通れば、岩が転がってくる。
他にも矢が降ってくる。
落とし穴が発動する。
濁流に流される。
進路が閉鎖される。
ガスが噴出する。
毒虫が降ってくる――他にも爆発、落石、魔物の挟撃など実に多種多様な罠が発動する。
しかも大体、複数同時に発動する。
それが浅い上に、大した魔物が出ないこのマイナーな迷宮が未攻略な理由の一つだ。
「フンッ――」
勇者はおれの指示を無視してまっすぐ進んだ。
案の定トラップが発動する。
「はぁ!!」
勇者は迫る毒矢を全て叩き斬り、したり顔。
「こんな子供だましのトラップ如きどうでもいい。ぼくらは先を急ぐんだ。君はルートを教えてくれればそれでいい」
「ハァ……」
『迷宮は何が起こるかわからない』とか言っていたのは誰だ?
てめぇだよ。脳みそ鶏かよ?
「その剣で濁流や毒ガスが斬れるのか?」
「その時は我がパーティの魔導士ルーアンが魔法で対処する」
「地面が抜け落ちたり、天井が落ちてきたらどうする」
「――……素早く駆け抜ければ」
「正しい道が消失したら? 出口に転移したら? お前たちはそうやって失敗したからおれに頼ってきたんじゃないのか!?」
「――ッぐ……口は達者のようだな。アマチュアの分際で勇者であるぼくに意見するなど!!」
勇者は身体を震わせ、怒り心頭と言った様子だ。
だが、迷宮を舐めているのはコイツの方だ。
この迷宮に求められるもの。
それは‶緻密さ〟と‶根気〟。
コイツには両方欠けている。
「最短で進むならトラップを回避するべきだ。その為におれは雇われたんだろ。ただ道案内するだけなら地図を書いて渡している」
勇者がニヤリと表情を変えた。
「……ほう、ならば君はこの迷宮のトラップを発動させずに迷宮ボスの部屋まで行けるというのかね?」
なんでそうなる?
いや迷宮内で揉めていたら始まらない。
「ああ、はいはい」
「なら指示に従おう。ただし、もし一つでも発動させたら君への報酬は払わない!!」
だからなぜそうなる?
勝手すぎるだろ。
「ちょっと、そんな勝手な――」
「雇われの君は黙っていてくれたまえ」
横暴を窘めようとする女戦士を勇者が遮った。
「……何だと?」
さすがに女戦士がピリ付く。
女戦士が勇者を睨む。
「こ、これは勇者の誇りと尊厳に関わる問題だ」
いや、迷宮ボスの部屋までたどり着けるかどうかの問題だっただろうが。
なんだコイツ。
やばいやつだとは思ってたがここまでとはな。
「いいぞ。その代わり、できたら報酬は倍払えよ」
「フン、言ったな。ついでにその口の利き方を改めてもらおう。A級で勇者たるぼくが軽んじられるからな」
全く無知というのは恐ろしい。
結果は見えている。
どれだけレベルが高かろうと、ステータスが高かろうと、優れたスキルを持っていても知らないことは大きなリスクだ。
勇者はこの迷宮について知らない。
おれのスキルについても知らない。
おれがこの迷宮をこの二十年で何回行き来してきたかも――
「行くぞ。指示に従えよ」
一階層、ここは罠の位置、種類全て把握している。仮に二日酔いでもまず間違えない。
「――フン、一階層は抜けたか」
勇者はまだ余裕の顔をしている。
二階層、ここも罠の数が増える程度で一階層と変わらない。決まりきった罠がどれだけあろうと知っていれば避けるのは容易だ。
「す、すごい。何も起こらず階層をクリアするなんて」
「偶然だ! まぁ、アマチュアにしてはよくやった方じゃないか!?」
勇者もそろそろソワソワし始めた。
三階層、ここから難易度は劇的に上昇する。
罠の配置がランダムになる。
上の階層が40~60点だとすると、ここからは80~90点。
「――よし」
だが、このランダムな中にもパターンは存在する。
それを判別するにはこの三階層の最初の罠の位置、タイプを見極める必要がある。
「そろそろ身の程を痛感しただろう。この先は運で斬り抜けられない。クレアが進めないんだからな」
クレア?
ああ、女戦士のことか。
ここまでは彼女に頼って来たわけだな。
なるほど、彼女は獣人。罠の感知のために雇ったのだろう。
しかしこのランダムトラップエリアに動物的直観やスキルによる探知は効かない。
罠や仕掛け、ダミーだらけだからな。
どれが発動するかは発動してからでなければわからない。
『デジャブ』
おれは自分が持ちうる唯一のスキルを発動した。
>先に進むと罠が発動。
>上から雨が降って来た。
>それはおれの身体を徐々に溶かしてく。
>濃硫酸の雨。
>これだけ広範囲に突然降られれば避けようがない。
>逃げる間もなく、体中がただれ落ちた。
>「ぎゃあああああ――」
「――ねぇ、大丈夫?」
「……っ! ああ……」
女戦士がおれを気遣ってきた。
おれはスキル発動時に戻っていた。
『デジャブ』は発動後数秒で発動した時に戻ることができるスキル。
この数秒間を駆使し、罠を実際に見て、実際に体験し、情報を得る。
それが『デジャブ』の使い方だ。
おれはこれで迷宮のほぼすべてのトラップを把握した。
「行くぞ」
「あれそっち?」
おれは壁に向かって進んだ。一見ただの壁だが、この濃硫酸の雨の時はこっちが正解だ。
この後のパターンも全て頭に入っている。
眼に見える道を進まず、隠されたルートを先へ先へと進む。
「随分遠回りじゃないか。ちゃんと目的地にたどり着けるんだろうね」
「お前に遠回りかどうかなんてわかるのか」
「なに?」
むしろ近道してやったんだ。
黙々と進み続けその間も罠は発動しなかった。
「着いたぞ」
もう四階層。しかもボス部屋の前だ。
「そ、そんな……ばかな!」
「すごい、こんな短時間でもう!?」
「……」
「さぁ、約束のものを払え」
おれの役目はここまでだ。
ボスに挑むならここで小切手を切ってもらわなければタダ働きになるかもしれない。
「君は冒険者を目指しているのか?」
勇者がおれの要求を無視して話し始めた。
「ああ」
「三十代でアマチュアでは先を期待できないんじゃないかな。冒険者の才能はほとんどスキルで決定する。優れたスキルを使いこなせるものは高レベル、高ステータスになり、さらなるスキルを得られるようになる」
「だから? 何が言いたい」
勇者が笑い始めた。
「勇者であるぼくには人を正しく導く義務がある。だから君にチャンスを与えよう」
そう言って勇者は勝手に扉を開けようとした。
「んなっ!」
迷宮ボスの部屋を開けたことなどない。
何が起こるかは不明だ。だがこの迷宮の性質上、何らかの罠が待ち受けているに違いない。
下手をしたらおれたちも罠の巻き添えだ。
「止せ!!」
駆け寄ったおれを勇者が掴んで無理やり扉の中に放り込んだ。
「っ!」
「そんなに一番乗りしたいなら譲ってあげよう」
「何てことを!」
女戦士が駆け寄ってくる。
「賭けに勝った褒美だ。‶勇者パーティと共に迷宮を攻略する〟君が今後一生得られないであろう栄誉を――」
強力な熱線が勇者の言葉を遮った。
「え?」
「こ、これは……」
おれは直感した。
つくづくこの迷宮は罠だらけなんだと。
その部屋にいたものは魔物とも魔獣とも違う。
悪意を持って、人為的に侵入者を殺すことを目的に生み出された‥‥‥
そう、罠そのもののようだった。
黒い靄のような何かが熱線を乱射する中、おれは何もできずただ立ち尽くしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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