1.1 加速、逃走、そして
現在全章第六話までの書き直し中です。 こちらは第一話の前半部分になります。
「畜生、チクショウ! どうしてこんなことになりやがったんだ!」
旧人類が創り上げた建築物が崩壊し、もはや人の通るものとは思えないような瓦礫ばかりの道を、一人のヴェル=フェノンという男が悲痛な声を上げながら、全身全霊で走り続ける。
そんなヴェルを追っているのは、まるで質量がないかのように空中に浮きながら、直視すれば目を覆いたくなるほどに眩い光を放つ謎の物体。
光のせいで本体の輪郭がはっきりとしないためここは仮に物体Aと呼んでおくが、ともかくこの物体A、ヴェルが親の仇であるかのように一心不乱にヴェルを追ってくる。
それどころか不定期な間隔で光線まで放ってくる始末。
おかげで奴が通った後は、あの走りにくかった瓦礫の中に、光線で文字通り跡形も無くなった綺麗な道が出来上がっている。
「うぉっ?!」
空気を切り裂きながら、再度ヴェルを目掛けて飛んでくる光線。
ヴェルは紫の燐光を体から飛び散らせながらそれをスレスレで回避する。
更に着地後にすぐさま指を空で切り、弱まった加速魔法を重ねがけことで追いつかれないように速度を上げる。
正直なところ残りの魔力もそう多くはないから、連続で魔法を使うのはできるだけ抑えたいのだが命には代えられない。
(早くどこか身を隠せる場所を探さねぇと……)
すでに大部分が瓦礫と化してしまっている地上において、今もなおその姿を保っている旧人類の遺跡はそう多くない。
その中で奴の光線を耐えられる建築物は、この一帯でも数えるほどしかないだろう。
かといって、このまま休まずに走り続けるわけにもいかない。
自分の身が持たない上に、徐々にスピードを上げてもなお疲労を知らないこいつから距離を離すのは、それこそ奇跡でも起こらないかぎり無理だ。
言ってしまえば八方塞がりに近い状況。
だからこそ何かこの状況を打開できるものはないか、血眼になってまだなんとか形を保っている遺跡に目を向ける。
(こいつは入ると跡形もなく吹き飛ぶ。こいつは一発は耐えそうだが、隠れるには不向きだ。こいつは……論外、こちら側の壁以外が全て倒壊している。これじゃただのハリボテだ)
今までの冒険者としての経験を頼りに、行き先にある遺跡が使えるものかどうかを一瞥しただけで使えるものかどうか判断する。
しかし、視界に入ってくる遺跡はどれもこれも役立たず。
(クソ、どれもこれも全部コイツのせいだ。こいつさえ拾わなければ今頃こんなことにはなってなかったってのに)
目に前に現れた丁字路を迷うことなく右折しながら、諸悪の根源である右手に抱えている魔法銃に悪態をつく。
美麗かつきめ細やかな装飾に目を奪われて、これなら生活費の足しになりそうだと手に取ったのがそこまで悪かっただろうか。
初めてこの魔法銃を目にした時には、もう持ち主のいない埃を被った『遺産』の所有権を、まさか人間でもない奴にここまで主張されるとは思いもしなかった。
もし俺が名のある冒険者パーティに在籍でもしていれば、物体Aを倒すことはできなくても隙を作り、そこから逃げおおせることもできたのかもしれない。
しかしながら俺は独り身で、物語に登場する英雄が持っているような強大な魔力も持ってないのでその選択肢を取ることはできない。
こんな絶体絶命の状況でも、原因である魔法銃を手放せないのは冒険者としてのプライドだろうか。
やがて目の前には大きく古びた建物が見えてくる。
俺が勝手に大聖堂と呼んでいるこの遺跡は、この状況を突破できる可能性のある唯一の希望だ。
この辺りに存在する建物の中で一番大きく、壁が金属で作られており、なおかつ不人気極まって他人が全然近寄らないこの建物であれば、ある程度は時間を稼ぐことができるだろう。
それに、その図体を利用して奴の視界の外に外れ、こっそり逃げることだって出来るはず。
奴に目玉が果たしてあるのかは疑問に思うところだが、今はこの大聖堂に逃げ込むのが先決だ。
ヴェルの体にまとわりついている紫の光が更に強く発光する。
早くなるスピードに合わせて体の負担は更に大きくなるものの、ここはグッと我慢。
やっとこれで休憩することができる。
ヴェルがそう思ったその時、曇っているせいで少し暗いはずの空が、さも太陽が近くに迫ってきているかのように輝き出す。
中心にいるのは物体A。
周りから光の粒子を取り込みながら、その輝きを増していく。
(これは、何かがマズい)
告げるヴェルの冒険者としての直感。
大聖堂に逃げ込むはずだった体勢を無理やり左に向け、進路を変える。
何本か体の骨が折れる音がする。
加速魔法で与えた方向の力を無理に変えたためにこれは仕方がない。
他にもいくつかヒビが入っているだろうが、致命的な部分の骨が折れていないだけまだマシだ。
付近にあるやたら分厚い金属を盾にして、物体Aの様子を観察する。
物体Aはやがて光の粒子を取り込むのをやめ、輝きを保ったままに空中に静止する。
杞憂だっただろうか。
そんな自分の勘への疑いが浮かんだのも束の間のことだった。
カッと煌めく物体A。
影を失う物体達。
ヴェルはすぐに鉄の壁に身を隠すが、直後に背中に生きている時に感じたことのない衝撃が体を震わせ、思わず自分の目を瞑る。
目を閉じていても感じることのできるそのあまりの熱さのせいか、耐火の魔法素材で編まれた服であっても肌が焼け付くように痛い。
しかしヴェルは声を出すことなくこれをグッと堪える。
やがて収まる破砕音、ヴェルはゆっくりと目を開けた。
「……は? 」
目の前に広がるのは地獄と見間違えそうになるほどの業火の海。
喉が渇いている時の水のように切望していた大聖堂は、もはや跡形もない。
俺が隠れていた鉄の壁はその八割が削られてしまい、もう頼ることはできそうにない。
物体Aはとてもゆっくりとだが、それでも俺に近づくために移動を開始する。
正直言えば、もう手詰まりと言っても差し支えなかった。