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されど世界はままならぬ。  作者: 白兎春宮
Ⅰ:例えるならば
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1.6:それはまるで夢のような③

 ここはギルドにいくつかある接待部屋のうちの一つ。

 部屋にしつらえられた壺や調度品の数々はそのどれもが年代を感じさせ、一見地味ながらも、職人弐しか施せそうのない絶妙な細工がされてある。

 となれば壁に掛けられた作者の名も知らぬ絵画も相当の値段がするのだろう。

 ヴェルは出された紅茶をのぞき込み、赤褐色の世界に移りこむ自分の姿をまじまじと観察する。

 いくら緊張のせいで強張っているとはいえ相変わらず不愛想な顔だ。

 もうちょっと愛想よく振舞ってさえいれば、こんなトラブルだらけの人生を送る羽目にならなかったのだろうか。

 

 クロエも一緒に同席しているのだが、こちらの方はもっと酷い。

 コーヒーカップの中に入ったジュースの水面がこれでもかと揺れて、まだ一口も飲んでいないのにもかかわらずコップのふちを濡らしかけている。

 記憶喪失なのにもかかわらず、直前に起きた事件やギルド内に入った際の職員たちの雰囲気だけで、自分の身になんとなく大変な出来事が起こっているのが分かっているのだろう。

 おかげでクロエの俺と初対面の時の不遜さは何処へやら、今はちんまりと行儀よく椅子に座っている。

 

「さて、どこから話したものかねぇ。いつかはあるとは思っていたけど、まさか私が生きている間にまた目にする機会が巡ってくるなんて思わなかったよ」

 

 何が書かれているのかさっぱりわからない書類の束を机の上にどんと置き、対面する場所にある椅子に座るカーミラ。

 そういえば十数年前の事件の時も、シルヴィアはギルドに呼ばれたのを境に数日間姿を見せなかった事がある。

 もしかしなくてもこの書類のサインやらなんやらに時間がかかっていたのだろう。


「こういう事はやっぱり少ないもんなんですかね?」


 手に持った紅茶を一口だけ含み、ヴェルは気になっていることをカーミラに聞いてみる。


「いや、程度の差はあれギルド全体で確認できるだけでも数年に一人は見つかるはずさぁ」


 カーミラは机の上にある資料を一枚一枚手に取って、何かを確認するように顔に近づける。


「だけど、同じ町で十数年のうちにそういう子が見つかるのは初めての事だねぇ」


 ふむ、珍しくはあるが、シルヴィアやクロエだけの特別なことではないと。

 資料も用意されてあるぐらいだ。そりゃ前例もあるだろう。


「となると今年同じような事件が起こった町を調べれば、この子の身元やら何やらわかるんじゃないですか?」


 ここぞとばかりに求めていたクロエの情報を探そうとするヴェル。

 クロエもさすがにこの話題は気になっているらしい。クロエの視界がしっかりとカーミラの口元を捉えている。

 しかしカーミラははぁとため息をついた。


「そう思って私も調べてみたんだけどね……今年開かれた魔法占いで、同様の事件が起こった事例はゼロなのさ」


「そうじゃなくてもギルドが管轄してる戸籍名簿にちょっとぐらい苗字が被るぐらい……」


「なしのつぶてさ。同じ名前は出てきても、全部嬢ちゃんには関係のない戸籍だったよ」


 ヴェルがカーミラに訴えかけるもカーミラは首を振る。

 あてにしていたギルドでさえも全くの情報なしとは。

 ますますクロエという人間が分からなくなってきた。

 カーミラからの否定の言葉を聞いてしょげている彼女はどこで生まれ、どこで過ごし、どんな人生を送ってきたのだろう。

 疑問は尽きないが、今この現状気にしていても意味のないことだ。

 カーミラは更に話を続ける。


「このまま彼女の身元が分からないようだと、親が見つかるまでヴェル坊やが身元引受人になるしかないね」


「お、俺ですか?! そういうのはギルドが引き取ってくれるんじゃ」


 想定していなかったカーミラからの提案に、虚を突かれたヴェルは焦る。


「そうしたいのはやまやまなんだけどね、クロエお嬢ちゃんをギルドとして引き取るのには規則とか体面的な問題があるのさ。

 更には魔法適性の高い子が実は孤児でさらには記憶喪失ってのも問題がある。そういった子はたいてい悪い人間に狙われやすい」


 ギルド側にも色々なしがらみがあるらしい。

 しかしながらヴェルはここで食い下がるわけにはいかない理由がある。


「といわれても、俺が信用できる人間かどうかはわからないじゃないですか」


 このような魔法適性の高い人間の身元引受人になる、というのはどういうことか俺は重々承知している。

 そして、その状況になるのは俺が避けたいことの一つなのだ。


「少なくとも私は信用しているよヴェル坊や。なんたって、あのシルヴィア嬢ちゃんの相棒だったんだもの」


 ヴェルの過去を知っているからこそなのか。説得するためにシルヴィアの名前を出してくる。

 だが、あれははカーミラやその他の人間にとっては信頼に足る理由になるのかもしれないが、俺にとっては一種の呪いだ。

 過去に繰り返さないと約束したからこそ、絶対にあり得ないと思っていた。


「だからこそヴェル坊やしかいないのよ、クロエ嬢ちゃんの身元引受人になれる……冒険者見習いとして弟子にできるのは」

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