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されど世界はままならぬ。  作者: 白兎春宮
Ⅰ:例えるならば
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1.5:それはまるで夢のような②

  昼下がりの雑踏は止む時を知らず、人々は一つの川であるかのように一定方向に流れゆく。

 この第七回目の英雄祭は本来人が寝静まるはずの深夜まで続く、年に一度のこの町一番のお祭りだ。

 ヴェルはこの祭りがあまり好きではない。

 本来昼下がりには天井にある強力な照明が太陽の代わりに町を照らしているはずなのだが、この日だけは基本的に街の明かりはお祭りの電飾や、あまり明るいとは言えない夜用の街頭で代用されている。

 時間的に昼であるのに照明が光らず暗めなのは、どうやら古来から伝わる地下伝統の偲び方であるらしいが、混雑のせいでただでさえ足元が見えづらいのにわざわざ暗くする必要があるのだろうか。

 それに、地上に上がる冒険者の中で昼に突然空が暗くなるのは不吉な事が起こる前触れと言われている。

 シルヴィアの最期の日も空はどんよりと曇っていた。

 本当にこの祭りはシルヴィアを偲ぶ気持ちがあるのだろうかと心のどこかで思ってしまう。

 まぁそれを口に出しても、参加している人たちに水を差すことになるだけだろうから絶対に口に出すことはないが。

 

「あれは何でやがりますか? あれは? それは? 」


 記憶喪失だからなのだろうか。

 まるで初めて世界を知った赤ちゃんであるかのように祭りの露店に興味津々な反応をするクロエ。

 ヴェルは仕方なく、彼女からひっきりなしに発される質問に一つ一つ丁寧に付き合う。

 

「あれはフランソワーズの出店だな。魔力を含んだ特別な花から抽出したエキスを使って様々な用途に使える香水を作ってる。あれは……アロアナの魚介蜂蜜焼きの店。地下じゃ魚は珍しいから、値段もそれ相応に高くなるが、噂では蜂蜜の甘さと使っている魚のうまみがマッチしてほっぺが落ちるほど美味だそうだ。これは……」


 ヴェルたちが今歩いているラルカンシェル通りは元から人通りの多いこの町の中心街道。

 ここで出ている出店の多くはこの街道沿いで普段から出店している人気店であり、出品している商品の方も普段から店に入れば買える物ばかりだ。

 つまりクロエには珍しい光景ばかりだろうが、俺にとっちゃ特段目新しいものではない。

 それはこの町に住んでいる住民も同じであるようで、この祭りで人気が集まるのはそういった店ではなく、もっと祭りでしか見かけられないような催しや芸を家業にしている者たちの店だ。

 例えば、先の方で子供ばかりが集まっている店がその代表例と言えるだろう。

 大きなガラスの水晶を模した風船を掲げた、怪しげな雰囲気漂う紫色のテントの店。

 レディ・カーミラの魔法占いという名のその店は、よくある誰にでも当てはまるような出鱈目な言葉で相手を納得させて、占い師の話したことを信じ込ませるような嘘っぱちの店ではない。

 冒険者に対して憧れを抱いているこの町の年頃の子供は自分に魔法適性があるかどうか、あるならどの属性に適性があるか気になるものだ。

 ここにいる年齢不明のカーミラというおばあさんはその子供の望みを叶える魔術師だ。

 彼女が一度水晶で占えば、魔法適性の度合いが光の強さで、適性のある魔法属性が光の色で示される。

 さらになんとこの店の占いは百発百中。

 昔俺とシルヴィアもこの店で占った事があるが俺の時は紫色に光り、シルヴィアの時はなんと七色に色を変えて光がテントの裾を吹き飛ばして中から外にこぼれ出た。

 その後俺は町がシルヴィアの事で持ちきりになったのに嫉妬したりしたが、その時の占いの結果は確かに俺たちの未来においてそれぞれが得意な魔法を当てていた。

 見た目に反して確かな実績と信頼のあるギルド管轄の店なのである。


「あそこに行ってみたいですよ! 」


 当然クロエも他の子供が集まっているその様子に興味を示す。

 ギルド直轄の店なので料金も無料。財布が痛む心配はない。

 しかもどうせギルドで迷い人の特徴を聞かれた際に適性魔法の事も聞かれるのだ。

 今ここで調べておいても不利益を被ることはないだろう。

 

「ああ、いいぞ。クロエがどんな魔法を使えるのか俺も気になるしな」


 ちょっと現実的な理由でクロエの要望に応え、子供とその親が作るその列に俺とクロエも加わる。

 列の先にある紫色のテントはぽわっと薄く青色に光ったり、はたまた赤色の光が裾の方からはみ出ているのが見えたりと様々な様相を子供たちに魅せる。

 自分も子供の時はこのテントからチラリと見える光を発する水晶に様々な思いを抱いたものだ。

 今のクロエもきっとそんな気持ちでいるのだろう。

 やがてやってきたクロエの番。

 懐かしさを感じているヴェルと神妙な面持ちのクロエはテントの裾をまくり上げて中へ入っていく。

 外より真っ暗なテントの中を進んでいくと、ぼんやりと蝋燭の光に照らされた、もう何年前のデザインかわからない黒い魔道帽と同じく黒色のローブを着た、しわだらけの老婆が現れる。

 彼女がレディ・カーミラ。

 実はこの町のギルドの初代兼現協会長でもある、端的に言えばこの町で一番偉い人だ。


「やあやあ、お嬢ちゃん。レディ・カーミラの魔法占いにようこそ。 ……ってヴェルじゃないか。どうしたんだいこんな子供連れてきて」


 最初クロエの素質を遠目に見て計っていたカーミラは、ヴェルを見るなり目を丸くする。

 シルヴィアの相棒だったからか、ギルド内で俺はそこそこ認知されているのというのをすっかり忘れてしまっていた。

 どうしてこんなポカをやらかしやがったんだ。少し考えたらわかるってのに。


「まぁいろいろありまして……話すと長くなるんですが」


「大丈夫だぁね。 多少長話したって後どうとでも言えばいいのよ」


「やっぱり後ろの人たちに悪いですし……」


 トラブルを回避しようとするヴェルだったが、そこを離すまいと


 とにもかくにも、どうせギルドに話は通すのだ。嘘をついても彼女にどのみちバレる。

 それならいっそのこと嘘はつかずにここで話をしてしまおう。

 ヴェルはクロエとの出会いと今の事情を事細かにカーミラに話す。

 ヴェルの生い立ちや今まで送ってきた人生を知っているからか、カーミラは親身に話を聞いてくれた。


「……なぁるほどねぇ。まぁ少し信じられない話だけど、ヴェル坊やがそういうのなら信じるわ。良く生きて帰ってこれたねぇ」


 カーミラはそう言って俺の頭をなでてこようとするが、俺は絶対の意思でそれを避ける。


「もうやめてくださいよカーミラさん。 流石に俺はもう坊やだなんて言われる年じゃないですよ」


「うふふ、冗談よジョウダン。ヴェル坊やと久しぶりに会ったものだから、ちょっとばかし懐かしくなってねぇ」


 左手をパタパタとさせて穏やかに笑うカーミラ。

 いつもこの人には調子を崩される。


「さあさクロエお嬢ちゃん、ここにおかけになって」


「は、はいですよ」


 クロエはカーミラに促されるまま近くにある椅子にちょこんと座る。

 あいつ、俺に対しては無遠慮だったのにカーミラさんには緊張してやがるな……

 なんか自分が少し情けなくなる。これが年の功というやつか。

 それとも部屋の雰囲気がそうさせているのか。

 どちらが原因かは分からないが、何にせよ縮こまってしまっているクロエに対し、カーミラは自分自身の椅子に座って仰々しい手つきで水晶の周りをなでる。

 そしてそのまま演技がかった口調でクロエに語りかけ始めた。


「さあ、クロエ嬢ちゃんよく見てごらん。これは貴方の未来を映し出す魔法の水晶。これを使えばあなたの使える魔法がパッと一目で丸わかり」


 カーミラが弄っている水晶に、クロエの視線は引き込まれる。

 実はこの水晶はあくまで出力装置に過ぎず、実際にクロエの魔法を調べているのはカーミラの得意分野である洞察の緑魔法だ。

 魔道帽やコートに隠匿の青魔法がかけられていることで緑の燐光が彼女から漏れ出ないために、皆水晶が何らかの『遺産(アーティファクト)』なのではないかと勘違いしている。

 その結果、彼女自身が魔法を発動させていることを知る人は少ない。

 やがて水晶に光がともり始める。

 最初は七色の光が不規則に水晶から発されるが、基本的にはやがて魔法適性に対応した光に収束していく。


「さあさあ、嬢ちゃんの未来が見えてきたよ……さてさて、いったい何色に光るかなぁ?」


 ますます拍車のかかるカーミラの演技と水晶の発する様々な色に圧倒されたのか、ごくりとクロエは唾をのむ。

 クロエの魔法属性に関しては俺も気になるところだ。

 三人の間にある水晶の光はやがて一つにまとまり始める。

 一つ、また一つと光が消えていき、最終的に残った光は黒と紫と白。

 使える人間の少ない魔法の色ばかり。

 もし紫だったら俺が多少教えることができるが、それ以外となると、元々知人多い方とはお世辞にも言えない為に教師役を探すのが少々面倒そうだ。


「見えたよ! これが嬢ちゃんの魔法の色さ!」


 手を振り上げながら叫んだカーミラは、しわしわの老婆にしてはキレよく手を振り下げて水晶の中心を指し示す。

 同時に一瞬水晶がかっと光り輝いた。


「うぉっ」


「ひゃん」


 思わずヴェルとクロエは自分の腕や手で目を隠す。

 光がある程度落ち着いた後にヴェルは腕を下げ、結果を見るために水晶をまじまじと見る。

 しかし水晶は何色にも光ってはいない。

 全くの無色透明。どうしたのだろうか。

 

「? 全く光ってないですよ。この水晶」


「おかしいねぇ……。こんなこと今まで一回もなかったんだけれど」


 どうやらカーミラさんにも何も見えていない様子。

 流石に魔法適性がない人間は見たことがないので、何か別の理由だとは思うが……。

 ヴェルが、思い当たる原因を考えようとしたその時だった。


 危うく失明しかけるかと思うほどの強烈な光を轟かせ、見たことがないぐらいにガタゴト震える水晶。

 眩しすぎて直視することはできなかったが、テントから漏れ出ていく光の色は白一色。

 治癒や光そのものを司る、冒険者の中でも治癒者(ヒーラー)に適性のある魔法の色だ。

 やがて光を出し終えた水晶は、まるで仕事は果たしたと言わんばかりにその場で砕け散る。


 この現象はまさに十数年前のシルヴィアが魔法占いを受けた時を思わせる。

 違う点があるとすれば今回は光の色が一色だったということと、シルヴィアの時は水晶が割れてはいなかったことぐらいだろう。

 未だ眩しさが続いていると思っているのか自分の手で顔を隠しているクロエを差し置いて、カーミラとヴェルは互いの顔を突き合わせた。


「ヴェル坊や……。お前の出会う子たちは皆化け物なのかい……?」


 カーミラは恐る恐るヴェルに聞く。

 やってしまった。

 そもそもこのレベルの現象の立会人に同一人物が連続してなること自体異常だ。

 ヴェルに何か秘密があるのでは? と疑われるのも当然の帰結だろう。

 しかし俺は神に誓ってもいい。

 どちらにおいても俺は何もやっちゃいない。


「俺はもう自分が怖いですよ……」


 ヴェルは頭を抱えながら、クロエと出会ってから何度目かわからないため息をついた。

 英雄を悼むために町全体を暗くして行っている祭りでこの発光現象、目立たないわけがない。

 

「え?さっきの何?」


「あの光はここからか?」


「シルヴィア様の再来じゃあぁぁぁぁ!!!」


 ワイワイガヤガヤと外から聞こえてくる、目撃した人たちの反応。

 クロエが明日の町の話題の中心になるのは最早当然のように思えた。


「とりあえず、今すぐにギルドで話をしましょう。嬢ちゃんの今後も含めて、ね」


 流石にギルドとしてもこれを見逃すわけにはいかないのだろう。

 カーミラはテントの裏に居たのだろうギルド職員に声をかけ、ヴェルとクロエを裏口の方に案内する。

 また悩みの種が増えそうだ。

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