1.1:それは予想不可能な出会い
これが初投稿になります。
1~3日に1回のペースで投稿できれば幸いです。
気軽に評価、コメント等していただければ励みになりますので是非ともよろしくお願いします。
「畜生、チクショウ! どうしてこんなことになりやがったんだ! 」
ガレキの山の中に唯一と言ってもいい道を、ヴェルという男が紫色の光を辺りに散らしながら全速力で駆け抜ける。
後ろから迫りくるのは正体不明、直接見るのも辛くなるような光を放つ謎の物体。
ここでは光るクソ野郎と言わせてもらおう————
ともかくあの光るクソ野郎、追ってくるだけならばまだいいのだが、不定期に熱線のようなものを飛ばして辺りのものを溶かすためなおたちが悪い。
最初、あまりの非現実的な光景にヴェルは目の前の光景を疑ってみたりしたものの、即座に放たれた熱線によって旧人類の建築物が蒸発する音や背中をあぶる熱から、嫌でもこれは現実だと理解させられた。
今この瞬間にも3秒前に居た地点に熱線が飛んできた。履いている靴のかかと部分が少しだけ焦げる。
名のある冒険者パーティならあれに対処できるのかもしれない。
前線が気を引いている間に威力のある魔法でもぶつけてやれば、もしかしたら倒せるのだろう。
しかしながらヴェルは単独でこのあたりの調査に来ている。
無論頼れる仲間は一人もおらず、しかも残念ながら冒険者としての実力はド二流。
勝てるわけねぇだろ。こんなの逃げの一手しかない。
せめて唯一の探索の成果であり諸悪の根源でもあるこの魔法銃だけは絶対手放さまいと心に決める。
命と生活だけは守らねば。
(どうにかして奴から隠れねぇと、こっちの身が持たねぇ)
額から落ちるはずの汗は既に止まり、喉もカラカラ。加速魔法の発する紫色の光も、魔力切れ間近のせいで点滅してきている。
ヴェルだって人間だ。体力も魔力も無尽蔵にあるわけではない。
とにもかくにも全てが尽きる前に次の一手を探さないと、問答無用で死ぬ。
普通の人間では無理な挙動で熱線をよけた一瞬の隙に、周りを見渡し状況判断をする。
目に入ってきたのは溶け残った鉄壁の影、道端のガレキの後ろ、いっそのこと奴の真下に潜り込むか?
自分に与えられているすべての可能性を検討するが、そのどれも自分が生き残るには不十分だ。
数秒の時間は稼げるかもしれないが、奴にちょっと探されればすぐに見つかり選択肢がないままに死ぬことになるだろう。
せめて息を整えるのに、数分はとれる場所が欲しい。
(くそったれが。なんで神サマはいつだって俺に貧乏くじを引かせやがる?!)
奴も知能が無いわけではない。気味の悪いことに段々とヴェルの挙動が読まれ始めている。
今回は目の前のガレキが完全に倒壊し、完全に進路をふさがれた。
先に進めなくなったヴェルは止まるしかない。
同時に追ってきていた謎の物体も空中で動きを止めたかと思うと、ゆっくりとではあるがヴェルに近づいてくる。
万事休すか。
血眼になってあたりを見渡す。
あるのはガレキ、ガレキ、溶かされた壁、建物、ガレキ————
「建物?」
ヴェルは意識に引っかかったの空間の方を向く。
するとそこには壁が金属で作られた地下へと続く階段がそこにはあった。
勿論、階段付近の壁がまとっている、消えかけている青色の魔力光もヴェルは見逃しはしない。
ここしかない。
ヴェルのド二流冒険者としての勘と経験がそう告げた。
ヴェルは段々と迫ってくる謎の物体をよそに、急いで手元の単発式拳銃に弾を込める。
込める弾は正確確実で定評があるオニキス製の煙幕弾。少々値が張り、現状二つしか手持ちがないが、命には代えられない。
それに、今まで一方的にやられていた自分がここで一発かませるのだ。これほど胸がスカッとすることはない。
ヴェルが弾を込め終えると、追ってきている謎の物体に対してしっかり照準を合わせながら、これまでの恨みを込めて叫ぶ。
「こいつでも食らいやがれ‼」
疲労から震える腕をしっかりと構えつつ、拳銃の引き金を勢いよく引く。
銃声はポンという少し味気のないものだったが、弾そのものはまっすぐに風を切って飛んでいきしっかりと命中。
着弾と同時に迫ってきている謎の物体を青の魔力光を持った煙で包んだ。
ヴェルの姿が見えなくなり熱線を放つことをやめる謎の物体。
謎の物体がまとっていた光が明滅している所を見るに、どうやら苦しんでいるらしい。
状況をしっかりと確認したヴェルはここがチャンスとばかりに階段の入り口に飛びこみ扉を開ける。
それと同時に室内に今までたまっていた埃やチリが舞い上がり、ヴェルに向かって襲って来る。
「うぉっ…!汚ねぇな」
正直、つけている防塵マスクが無ければむせ返っていただろう。
それほどまでに室内の環境は決していいとは言えなかった。
だがこの状況では休めるだけでももうけものだ。
急いで扉を閉めて、唯一外が見える除き穴から謎の球体の様子を観察する。
さすがに割高な煙幕弾でも奴にはあまり効果がなかったらしい。
そこらの災獣であれば一発で見失うような隠蔽の青魔法が施されているはずなのだが、奴は煙が晴れた今も諦めることはせず、いまだに同じ場所にとどまり続けている。
微弱ながらヴェルの気配を感じ続けているのだろう。それが魔法なのかどうなのかはわからないが、厄介な奴だ。
人間ではない規格外の生物に籠城戦をするわけにもいかない。どうやってここから脱出するかを考えるしかないだろう。
手元にあるのは残りの煙幕弾一発と、それを発射するための単発式拳銃が一丁、護身用のボロの長剣がひと振り。
そしてここまで頑張って担いできた長物の魔法銃。俗に旧人類の『遺産』と呼ばれる物だ。
奴が出現した際の遺跡の崩落に巻きまれてしまったために他の荷物は捨ててこざるを得なかったが、これだけは必死に守り抜けてよかった。
いや、今あの荷物があったところで何か役に立つとは思えないが。
「奴に接近戦は出来んだろうし、逃げるのは論外…。かといって煙幕弾をもう一度当てて次の場所を探そうにもこの先は行き止まり。今までの道を引き返すほどの力は残ってない…か」
何とか状況を打開したと思ったが、また別の試練が目の前に立ちはだかる。
正直やってられない。生きるだけでもこの有様だ。
だけど奴に殺されてやるわけにはいかない。災獣野郎にこれ以上何か持っていかれるのだけは避けなければならない。
(何もしないよりかはこいつに頼るのがいいんだろう)
そんなことを心の中で思いつつも、ヴェルは魔法銃を覗き見るように手を触れる。
動力部である魔力結晶は、かなり時代が経ったものでありながらも強く白い光を放っている。
弾も一発のみだがしっかりと入っている。連射するタイプではなさそうだからあまり気にしないでもいいだろう。
この様子だとこのままでもしっかり動作はするはずだ。ひとまず胸をなでおろす。
ただ、性能の詳細が全くもってわからないのが致命的過ぎる。
こういった旧人類の『遺産』において、性能がわからなかった故の事故というのはよく耳にする。
一応『遺産』の性能を調べる事もできるのだが、あくまでそれはちゃんとした機材があればの話。
この塵やほこりにまみれた部屋にはそんなものはない。
「やるしかないな」
こうなってしまえばもはや後に引くことはできない。
覚悟を決めると手元の単発式拳銃に残りの煙幕弾を込める。
チャンスは一度きり。殺すか殺されるかのギャンブルだ。
ミスは絶対に許されない。
扉に手をかけて覗き窓から奴の様子をうかがうが、光るクソ野郎は何か行動を起こそうとする気配はない。
余裕のある奴だ。まったくもってなんで俺を追ってくるんだ。
事を起こす前に軽く深呼吸して、高まった精神を落ち着ける。
そして数秒の静寂の後、勢いよく地下の扉を開いた。
「覚悟しろよ」
煙幕弾を込めた拳銃の狙いを定め、引き金を引いた。
今回は邪魔するものは何もない。
弾はすんなりと奴に吸い込まれ、その内容物をぶちまける。
順調かと思われたが、直後に金属製の壁軋むほどの地響きが鳴る。
「うぉっ…」
思わず体勢を崩しそうになるヴェル。
どうやら発砲した地点に奴が熱線を撃ち返してきたらしい。階段の地面に近い部分が少し溶けている。
光るクソ野郎もされるがままではないようだ。
(だが、運が悪かったな)
こっちは当たった。あっちは外れた。たった一発の差ではあるが、この差は十分勝負を分ける。
魔法銃を肩にしっかりと据え、残り少ない魔力を魔力結晶に注ぐ。
重い起動音が室内を満たし、結晶はその煌めきをさらに増す。
光るクソ野郎のどこに当てれば致命傷になるかは分からないが、ど真ん中に当てれば傷の一つや二つはつくだろう。
それで倒せなかったら? そんなものは知りはしない。
結晶への魔力の充填が完了し、魔法銃はその身をあのクソ野郎に負けず劣らず輝かせる。
「これが俺の一世一代の大勝負だ。 届いてくれよッ……!!」
緊張と衝撃で震える人差し指を、光るクソ野郎に向けて力強く引く。
室内に響き渡る銃声の音。銃の反動で俺の体は壁に向かって叩きつけられる。
反対に、建物から放たれた魔法の銃弾はまるで流れ星であるかのように恐ろしい速さで曇天の空を駆け、瞬きの間にクソ野郎の中心を打ち抜いた。
奴は何も言わずにその光の勢いを衰えさせながら地面に沈んでいく。
見た目の質量からして、地面と接した瞬間にとてつもない衝撃や音がしていいはずだったが、不思議なことに一切何も起こらない。
「倒した…よな?」
実感のないまま終わった戦闘に、思わず俺は腰が抜けてしまう。
手ごたえのない勝利は往々にして悲劇を招くものの、それからいくら待ってみても音沙汰がない。
どうやら本当にあのデカブツを退けることに成功したらしい。
ため息をついて心臓の鼓動を落ち着ける。まだ油断してはいけない。帰るまでが外部探索だ。
ある程度の体力を回復したのちに体を起こす。
「今日の晩飯は奮発しても許されるよな。さすがに」
倒した奴から戦利品を貰いに行かなければ。あんなに大きな災獣を倒たんだ。少しくらい報酬を期待してもいいだろう。
今日の晩御飯は何にしてやろうか。ヴェルは困難を乗り越えた事による気持ちの高ぶりを抑えられず、軽い足取りで謎の物体が落下した地点に向かう。
「しっかし、あいつも派手にやりやがったな」
視認できるだけでも数か所で火の手が上がっている。走ってきた距離を考えるに、もっと被害は大きいはずだ。
あのガレキの山の下に一体どれだけの『遺産』が眠っていたことやら。
やってしまったことは仕方がないが、それでも生活がかかっているからか惜しいと思う気持ちは心のどこかにあるのだった。
しばらくして、ヴェルは謎の物体の落下したと思われる地点にたどり着く。
回収した魔法銃を無理やり使わないといけないほどの強敵だったのだ。本来ならばそこに大きな巨体が横たわっていてもおかしくない。
しかしながら落下地点を初めてちゃんと目視したヴェルの最初に出た言葉は驚嘆や幻滅のソレではなく————
「は?」
————あっけにとられたような、馬鹿に緊張感の足りない声だった。
そこに存在していたのはあどけない寝顔で地面に横たわっている、白い髪をした少女。
肌も日に焼けておらず、武器や防具の類も身に着けていない。というか、着ているものが何もない。
無防備にもほどがある。
戦利品であるはずの魔力結晶は? そうでなくとも奴の死骸ぐらい残っててもいいのでは?
もはや驚きを通り越してあきれるヴェル。
なんにせよ、ここで同胞を見捨ててしまうのは後味が悪い。
ヴェルは自身の着ていたコートを見ず知らずの少女にかけ、背負う形で担ぐ。
そして、やりきれない気持ちを抱えてため息をつきながら、自分の家のある町へと帰っていくのだった。