え? 神である俺が異世界転生?
「おめでとう九条くん。端的に言うと、君は異世界転生する権利を与えられました」
俺はこれで何百何千回言ったかも分からない謳い文句を、目の前にいる男子高校生(15歳)の九条に言ってやった。
ここは【神界区異世界転生部署】──別名【なんか真っ白な空間】だ。異世界転生する権利を得た推定年齢15歳~18歳くらいの男子が「まさか、これが異世界転生か……ラノベお決まりの展開ってやつか」とか呟いちゃう、あの空間である。
勘の良い奴なら、一発で気付くくらい分かりやすい構図とその展開なのだが。
「あの、あなたは誰ですか?」
「なんとなく察しろよ。神だよ、神」
俺は神的な力を惜しげもなくご披露、ログチェアを精製した。
「分かったらとっとと座れ。講習始めるぞ」
「なんの講習?」
「いやだから、異世界転生するんだから異世界転生の講習に決まってんだろうが。いいから、はよ座れ」
「は、はぁ……」
九条は困惑していたが、しぶしぶ着席。
早速説明に入ることにした。
「えー九条くん。残念なことに君は死んだ」
「なんとなく察してはいましたが、やはりそうですか」
「ああ、君は拳銃を持った銀行強盗へ勇敢に立ち向かい死んだんだ。賞賛に値する尊い最期である。よって、君には異世界転生の権利が与えられたというわけだね」
「えっと、ちょっと待ってください神さま」
「なんだ」
「その僕、記憶では自転車で川に突っ込んでそのまま……みたいな感じだったと思うんですが」
「そうだ。ただそれは忘れろ。異世界転生者に選ばれた者はみな、そういうカッコ良い死に方に変更しないといけない規則なんだ」
そう、規則。全てはルールブックに記載されている通りの進め方なのである。誰が定めたのかは分からない。俺が神としてこの座に就いた時には既に、このルールは定められていた。
そもそも俺は【神さま】という概念のようなものに過ぎないわけで、詳しいことは知らん。言ったら異世界転生者の前に現れる神という立場を与えられただけのモブキャラなのだ。
異世界転生者を斡旋するだけの神という、全くふざけた役職だ。
クソほど楽しくねぇ。
「あの、神さま。どうかされました?」
「……あ、すまん。ちょっと考えごとだ。じゃあ、次はステイタスを書き換えるぞ」
俺は九条に手のひらを翳し、九条本来の肉体データをチート級に書き換える。
攻撃力9999……防御力9999……魔力9999……魔法耐性9999……ん、いや待てよ?
「九条くん、君はあれか。最初からチート能力持って転生するより、最初はなんの力も持ってない風だけど後々となって力を覚醒させていく系の方が良かったりするのか? その場合は予め弱く設定して【経験値超向上】というスキルを与えることもできるぞ」
「すみませんが、僕そういうのあまり詳しくなくて……」
そう言って、九条は申し訳なさそうに俯いた。
たまにいるんだよな、こういうやつ。
でもこれは運命的なものだから仕方ない。異世界転生したくて死ぬやつなんて誰もいない。死んだらたまたま異世界転生するって話の流れになって、「やれやれ、仕方ねぇ」みたいな感じで異世界転生するのが定説なのである。これまで数知れない異世界転生者を送り続けてきた俺が言うのだから間違いない。
「理解する必要なんてないんだ、九条くん。君はただ、異世界転生さえすればそれだけでいい。あとのことはなにも考えなくていいんだ」
「因みに」
九条は、恐る恐る口を開いた。
「ほかの選択肢とかは、あったりしますか?」
「……は?」
驚天動地である。
「おい、君はなにを言ってるんだ。異世界転生以外に幸運な死後はないんだぞ」
「そもそも神さま、死後に幸運なんて必要なんですか?」
九条はえらく真面目くさった顔で言った。
「死んだら本来、消えるものじゃないんですか?」
な、なんだこいつ……。
「あのさぁ、そういう哲学みたいなこと聞かれても困るんだよな。俺だって、ただ仕事として異世界転生を斡旋してるだけだし」
「神さまのくせに結構現実的なんですね」
「そりゃあそうだ」
なにが楽しくてこんなことしなくちゃならないのか、時たま無性に虚しくなる時がある。
「みんな俺のこと神だからって、悩みや苦しみなんてないだろうと思ってるだろうけどさ、そんなわけないだろうが。来る日も来る日も『自分は神です』『ステイタスを書き換えます』『じゃあ良き異世界ライフを』って、ここ最近はバカみたいにそう言うだけの生活だ。頭がおかしくなりそうだよ」
実際は、もうおかしくなっていたのかもしれない。
だから、俺は打ち明けてしまうのだろうか。
「俺だって、異世界転生してチヤホヤされたいんだよ!」
「だったら、すればいいじゃないですか」
?
「あなたは神さまなんだから、やろうと思えば出来なくないと思うんですが」
その考えは……なかった。
神である俺が異世界転生?
異世界転生をする場合は、異界の門を潜ればそれだけでいい。あとは無限大数ほどに存在する異世界の、その人物に適した世界で誕生する。単純明快な仕組み。
それを、神である俺が実行する?
「……やれないことも、ないのか?」
「じゃあ、やればいいのに」
「いやバカ、そんなことしたら誰が神さまやるんだよ」
「だったら僕が引き継ぎますよ。異世界転生するより、ずっとそっちの方が有意義そうだ」
九条はやはり、悟りを開いた坊さんみたいな顔して言うのだ。
「あなたは、神の座を降りて異世界でもどこにでも行けばいいと思います」
なんだこの展開。いつもと全然違う。現代っ子ってやつ? あまのじゃく的な? 誰かの決めたレールの上なんか走りたくねぇ! みたいなやつ?
分からないけど、神さまに物申しちゃうって姿勢がもうダーティー過ぎて困っちゃう。
でもさ、うん。
「……いいの、ほんとに? 俺、異世界転生しちゃって」
「いいと思いますよ」
「でもなぁ……怒られたらどうしよ」
「神さまは一番偉いんですから、怒る人なんていないんじゃないでしょうか」
「あ、はい。ですね」
神さまが異世界転生……なにそれ、すごい。
一応、指で十字を切って異界の門を開いてみる。
すると真っ暗闇な丸い球体が発生。
この空間に飛び込めさえすれば、あとのことはもう知らん。なるようになれ。俺は異世界転生者となり、恋い焦がれた異世界ライフの始まりだ。
能力値を限界にまで強化。とりあえず詰め込める要素は全てステイタスに追加して、容姿なんかもカッコよく設定しちゃって……やだなにこれ、自分でやっててなんか恥ずかしい……。
因みに、俺は神だから性別や姿の概念がない。
そもそも意識したこともなかったから、自分がどんな姿をしているのかすら知らなかった。そいつが思う神の姿として、ほとんどの奴には俺が老人の姿に見えるらしい。
というわけで、仮に俺が異世界転生するんだったら──
「あれ?」
九条は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見つめていた。
「どうして、僕の姿なんですか?」
「君の代わりに異世界転生するんだから、この姿の方がいいと思ってな」
「そういうものなんですかね」
「さぁな。俺も始めて試みだからなにも分からん。ただ、これだけは確かだよ」
俺は、今の率直なる気持ちを素直な言葉で伝えることにした。
「ありがとう。俺は君に感謝している。こんな気持ち、始めてだ」
九条は「いえいえ」と照れ笑う。
「神さまに感謝されるなんて、恐れ多いです」
「いいんだ。最後になるが、もしも俺に出来ることがあるならなんでも言ってくれ」
と言っても、今から出来ることなんて頭を下げることぐらいだ。
ただそんな俺に、九条は一瞬の思案顔を作った後にも言った。
「じゃあお願いします。九条という名前を、良かったら使ってくれませんか?」
「名前?」
「そうです。九条、僕の名前。僕が生きていたっていう、その証です」
名前か。んなもんお安い御用だ。
「じゃあ、クジョウ。俺はこれから、異世界転生者クジョウだ」
「ありがとうございます」
「例には及ばない。じゃ、もう行くわ」
あとは目の前にあるゲートを潜れば俺の新しい命が始まる。手を入れてみた。ヒンヤリとした感覚が指先を刺激し、みるみる全身へと染み渡り広がっていく。
全身が、闇に飲まれ消えていく──
その前に、聞いておきたいと思った。
「ちなみに、君はこれからここでなにをするつもりなんだ?」
この空間にはなにもない。ただ一面真っ白な、そんな空間である。超退屈。
そんな空間で、これから彼はなにをするのだろうか?
そんな俺の純粋なる、それは疑問に対して──
「もちろん、あなたのやっていたことを引き継ぎ同じことをしますよ。ただ──」
九条だった者は、
「自分のやりたいことを、見つけてみようと思います」
ああ、そうかい。
「じゃあ、俺もそうするよ」
どうやったらチヤホヤされるか、死ぬほど考えてやる。
もう誰かの決めたルールに従うなんてゴメンだ。
神さまだって、異世界転生したいんだ。勝手に「異世界転生してんちぎもぢぃいいいい」してんじゃねーぞ人間ども。俺にも「異世界転生してんちぎもぢぃいいいい」させろ!
「じゃあ、行ってくる」
「ええ。あ、そうそう。異世界転生者クジョウくん」
なんだか複雑な気分である。
かつて九条という男子高校生であり今では神さまとなった者は、にっこりと笑って手を振ってきた。
「では、良き異世界ライフを」
俺は──
「ああ、あんがとよ」
神の力を持って、俺は異世界転生でチヤホヤされたい!
(久々に投稿してみました! よろしくお願いします!)