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電気のない部屋

作者: 岡野 風衣菜

 私の部屋には電気がない。四畳ほどの木目調の部屋には、はめ込み式の窓がひとつ。それさえも外側から汚れていて部屋は常に仄暗い。夜になるとほとんど真っ暗で、くたくたになった私はベッドに飛び込むだけだった。

 私の部屋にはいくつかぬいぐるみがある。クマだったり、ウサギだったりするそれは幼少期によく抱きしめて寝ていた。それと、小さな机もある。最近は毎晩遅くまで勉強している……ことになっている。


 違和感は小さなところからだった。人が言っていることが届かない。確かに聞こえてはいるのに、身体の底まで響かない。事務連絡も、私を助けようとする声も。代わりに別の声が届く。役立たずだとか、ばかだとかそういう類の声が私めがけて降ってくる。首元ギリギリで止まることもあれば、腕に掠るようなときもある。そういう時は部屋に帰ってから、ぬいぐるみを壁に打ち付けたり、聞こえた声を異国語でノートに書き殴っていた。別に、それをすることで何かが物凄くすっきりするという訳でもなく、灰色の部屋の中に呆然する私とくたびれたぬいぐるみがいるだけだった。

 違和感は小さなところからだった。久しぶりに泣けた日の夜。私はぬいぐるみを投げずに済んだ。代わりに部屋の隅に小さな花が咲いた。初めての花はマーガレットだった。花弁にすこしの光を湛えて、部屋はそこだけほんのり明るくなった。こわごわ手で触れてみても、なんの変哲もないマーガレットだった。私はそっと摘んで机の上の花瓶に挿した。光はすこし弱くなった。


 その日からときどき私の部屋には花が咲くようになった。何がきっかけなのかどうやって咲くのかはわからないけれど、決まって一輪、小さな花のときは二輪咲いた。そのことがあってか、気が付くとぬいぐるみを投げなくなっていた。ノートもお気に入りの言葉を書きとめるために使われた。世界がきらきらしているようにも見えたし、人のいいところも見つけられた。周りを素直に尊敬できたし、感謝もできた。気がしていた。


 何が積もっていたのかはわからない。ある日突然強い動悸がした。景色が歪む。周りの人の裏の顔が見え隠れする。頭が割れるように痛む。そのまま崩れ落ちた私は、大事な用事があったのにも関わらず部屋へ戻された。運ばれる途中でいろんなものを見た。心配してくれる人。それを揶揄する人。またか、とため息をつく人。体に出るから休めていいわね、なんて声。


 灰色の部屋だ。かろうじて家具が分かる程度の暗さだ。何も確かなものなんてない。消えてしまいたい。漠然とそう思った。中空にある刃が私の方を向く。別に死にたい訳じゃなかった。ただどうしてもどうしてもやるせなくて、自分の無力さに吐き気がして、机の中からナイフを出した。手首にあてるとひやりと金属の冷たさが伝わってきた。途端、寒気がしたかと思うと、私はナイフを床に落としてしまった。


 自傷さえもできない。感情は入り乱れて私はぐしゃぐしゃに泣いていた。あとどれだけ自分を嫌いになればいいんだろう。消したいと願えばいいのだろう。ベッドにうずめていた顔を上げると部屋の隅に真っ白なガーベラが咲いていた。あまりにも綺麗だったから摘まずに、ぼんやりとその光をみつめていた。するとその横にカーネーションが咲いた。違う種類の花が同時に咲くことはなかったから、素直に驚いていた。そしてまた花が咲いた。名前はわからない。以前道端で見かけたオレンジの花。また咲く。紫の花。また、また。いつもみたいに一輪じゃなかった。私の知る花も知らない花もお構いなしに部屋いっぱいに咲き乱れた。一輪のときはほのかでしかない花の光は、煌々とした明かりとなって部屋全体を照らした。それがうれしくて、それがかなしくて、私はいつまでもいつまでも泣いていた。


 世界の眩しさに消えそうになった子。


 あの日からずっと、私の人生はよくもわるくも花ざかりだ。


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