CBM-008
一歩一歩、音を立てないように気を付けて進む。元々この溝があったのか、掘り広げて上に橋のように塞いだのか……さて?
横幅は人が両手を広げて2人あるかどうかぐらい。歩くのはともかく、飛び跳ねるのは厳しいかもしれない。それに……大きな物を運ぶには不向きだ。
「マスター、人の匂いだ。2……いや、3人はいた」
「今はいないんですね? なら、もう少し進みましょう」
まだ見ぬ相手だが、正直な話こんな場所にいるとなれば同業者か不審者か、そのどちらかで間違いない。警戒を続けながら進むと、壁の部分が崩れている箇所を見つける。大雨でもどうにかなることはなさそうだが、今後を考えると問題になりそうだ。
念のため、匂いを入念に確かめると……猫の匂いと人の匂いを崩れた個所から感じる。無言で松明を近くにある岩に立てかけるようにして両手を空ける。そっと回り込んだ先にあったのは、がれきに隠れた階段らしきものだ。猫の匂いもそこに向かってるとなると……。
「中で誰かに出会ったらどうする?」
「どうしましょうねえ。でもこんな場所に階段となるとまともじゃないですよね。ひとまず出来れば話を聞きましょう」
頷き、ゆっくりと瓦礫を乗り越える。灯りは後ろにいるマスターが手にした松明ぐらいだが十分だ。俺はコボルト、夜の行動だってありがちだ。月明かり1つで移動だって何度もしている。罠の類がなさそうだと判断し、思い切って階段のそばまで飛んだ。
着地の際には身をかがめ、音を消すのを忘れない。獲物に近づくのにこの動きはとても重要である。
(とりあえず作ったという感じだな)
階段の造りの甘さに想像を膨らませつつ、右手には剣を持つ。そしてそのまま階段を上がっていくと、倉庫のような場所に出た。窓がいくつかあるので薄暗いが十分見える。と、何かの音。
「!? って……見つけたぞ」
「ルト君? あ、猫さんですね。この子……うん、間違いないです」
そう、人気のないその部屋にある木箱たちを遊び場にでもしているのか、探している猫がカリカリと爪を立てて遊んでいるのを見つけたのだ。近くにはここにいた人間が残していったであろう携帯食料等。どうやら迷い込んだかここまで何かを追って来た猫は、数日をここで過ごしてるらしい。
俺を見ても逃げ出さないあたり、慣れているのか……ふむ。捕まえようと猫に近づき、気が付けば俺は同じように木箱に手を付けていた。今回は手が木箱に触れた時点で正気に戻った。
(今のは……なるほど、この中身は)
「マスター、戻ろう。どれだけかはわからないが、この箱の中にあれがある」
「……そうですね。特にこれ自体は犯罪ではないですからねえ」
国内の土地を、自国の兵士か何かが大人数で掘り、そこにあったものを掘り出しただけである。その行為がどうであるかは俺たちの決めることじゃあない。今は猫を連れて脱出だ。
なおも木箱に熱中している猫を捕まえ、そのまま戻ることにする。幸い、帰りは特に問題なく見回りも終わらせた。久しぶりに感じる地上の明るさに目を細めつつ、やはり匂いがきつかったなと思い返した時だ。
(視線! 誰だ……)
どこからか、視線を感じた。興味本位と言った物じゃあない、明確な殺気を感じる。が、俺が周囲を見渡すとその視線も消える。しばらくは警戒をしていた方が良さそうである。
「さ、お金ももらって、宿賃もタダにしてもらいましょー」
「マスターはその分酒に消えそうだからなあ……ははっ」
気が付いていないのかそれともわざとなのか。明るい口調のマスターに俺も乗った。俺たちにとっては仕事が完了し、ダメもとだった猫探しも成功した、それだけだ。となれば意外と酒に強いマスターのお供で酒場に繰り出すのもいいだろう。
俺は召喚獣。今は直につながったマスターのために戦うのだ。戦いは刃を振るうだけではない。時には力のいらない戦いもある。
例えばそう、こんな時だ。
「そんなわけでよ、西国に大金が動いたって話だ」
「伝説の薬なら作れるのも限られるってことですか……へー」
マスター、エルサは見た目は少女に近い女性だ。自分の姿が男受けすることを自覚しているのか、上手くそれを使い分けているように感じる。男どもの視線がわかりやすいほどに集まるし、彼らの中まであろう女性陣の色々な気持ちも手に取るようにわかる。
とはいえ、今は俺が胸元に抱かれているからか、どちらかというと俺に向けられた視線も気になるところだ。要はそこをどけ、とか羨ましい、とかそんな感情。
(体でマスターを守るのも役目……そう、守るためだ)
決して背中や後頭部に当たる感触がなんとも表現できないなんてことはない、無いのである。気を取り直し、周囲の観察を続ける。今のところはあの視線の犯人はいなさそうだ。
酔っぱらえば人間、饒舌になるという知識は本当だったようでマスターはあれこれと話を聞きだしていた。噂通り、この街の長が病気から快復したこと、そのために特別な薬が使われたことなどだ。そうなるとまだ謎な部分がある。巨人胆を材料の1つにしたとしたら、むしろ見せてくださいとばかりに人が集まるはずだ。大金を支払うことはあるだろうか? それこそ、巨人胆を対価に支払うことだってできそうに思える。
(問題になる前に街を離れるべきか……)
仕事は簡単な物にして、一度ここを離れる……その提案は受け入れられ、それからしばらくは大人しくする……はずだった。
「マスター、それ何かで匂いが漏れないようにできないか?」
「帰ったらそうしますよ。予定より数が多いですねえ……」
外にある森、そこにある木の実の採取を受けた俺たち。怪物はほとんどいないという話だったのに……周囲を10匹以上の犬型の怪物に囲まれていたのだった。