CBM-003
「これで5か所目、14束。順調順調、ですね」
「そういうものなのか? ふむ、あちらにも同じ匂いがある。だいぶ濃いぞ」
たどり着いた町、アクサームで宿を取った翌日。さっそくとばかりにエルサと共に路銀を稼ぐことにした。と言っても新参の俺たちに大した仕事が見つかるわけもなく、まずはエルサの薬にも使えるだろう薬草類の採取だ。
出かける前に市場に寄り、周辺の相場を把握したうえでの出発である。ついでにこのあたりの地形も聞いたのでこれで危ない場所かどうかが大体わかるというものだ。俺たちが来た方向とは反対側にそこそこ大きな川があるようだ。森もあり、草原もあちこちにある川が近い農村、そういったところか。
「ルト君は便利ですね。私も経験上、大体は見つけられますけど」
「コボルトの鼻と耳は良い。今はエルサがマスターなのだ。上手く使うといい」
どうもエルサは普通の召喚士(そもそも直に契約をしているようなのでその点では普通ではないのだが)と違い、俺を道具扱いするのを回避しようとしているように感じる。それ自体は嫌だというわけでは無いのだが、勘違いしそうで困る。そう、俺は人間じゃあないのだから。
「はい、じゃあ疲れたら好きにしますね。目いっぱいもふもふします」
「どうしてそうなる!? ったく、ほら、あった……ぞ?」
どうしました?なんてエルサの言葉も途中で止まる。薬草はあった。間違いなく目的の奴だ。森の中に時折ある小さな泉とそこに降り注ぐ光。森の獣たちも水を飲みに来るだろう場所に、変な物があった。
(道理で遠巻きにしかいないはずだ……スライムか)
スライム、それは厄介者の代名詞でもある。刻み込まれた知識も、俺自身のコボルトとしての経験どちらもそう訴えてくる。瞬く間にというわけではないが多くの物を溶かしてしまう体液、それ故に溶ける音に気が付かなければすぐ近くまで接近を許してしまう。
そこで気が付き、慌てて周囲を確認するが今のところはあの1匹だけしかいないようだ。どこかで自然発生したか、あれだけが生き残っているのか。人間も見つけ次第殺しているはずの相手である。今は緑を取り込み、全体的に周囲に溶け込みそうな状態だ。
「どうする、俺がやるにはこっちが不利だ」
そう、コボルトの手足では相手の核を狙うのは難しい、投げつけて当たればいいのだが、外してしまえば武器が奴の餌食となってしまう。
「じゃあ私の出番ですね。自然魔法、使えると言いましたよね」
言いながらもエルサを中心に少しずつマナが動くのを感じる。自然魔法はその名前の通り、周囲に存在する物を利用する魔法で、使い手は多いが活躍の場は少ない。単純な話、相手の得意な物にそれをぶつけてもあまり意味がないからだ。戦場で人間相手にならまあ、あり得るだろうか?
「それはいいが水か? 木々か?」
「どっちも外れでっす。嵐の雷鳴よ!」
俺の驚愕の声と、エルサから放たれたそれの立てた音はほぼ同時だった。白い手に握られた杖の先から、まばゆい光が一瞬伸びたと思うとそれはスライムに突き刺さり、一発で核を貫いた。
核を失ったスライムはもう崩れ落ちるのみ。そのうち大地に帰り、跡もわからなくなるだろう。俺は核の残骸を回収することも忘れて、エルサを見てしまう。もう一度言おう、自然魔法は使い手は多いが活躍の場は少ない。それはその場の物を利用するからだ。今のは恐らく雷、だが今は晴れている。力を借りる先が無いのだ!
「誰も見てないですから、秘密です」
「……了解した、マスター」
出会った時から薄々感じてはいたが、ただの薬師で魔女ではないようだった。理由があるのだろうが、そこは問わない。俺は今、彼女の召喚獣である、それが全てなのである。
気を取り直し、核の残骸(これも売れるらしい)を回収し、目的の薬草類を採取する。ついでにその土地の水が相性に関係してくるからと泉の水も汲むことにした。汲み上げた自ら香る匂いは初めての物だった。どこか独特の、不快ではない匂い。
「これでよしっと、どうしましたルト君」
「マスター、この泉の中、珍しい水草だとかが生えてないか? その証拠に、どんどん獣が飲みに来る」
顔を上げれば泉の反対側、俺たちがすぐにどうこうできない位置とわかっているだろう場所で鳥や鹿の類が水を飲みに来ていた。いくらスライムという脅威が取り除かれ、今まで飲めなかった問題が解決したと言っても俺たちがいる状況でこうも飲みに来るだろうか? 何か、ある。
「可能性はありますね。でも勝手に取ったらまずいかもしれませんよ。その土地にしか生えない物なんかは捕まったりしますからね」
今回採取したのはありふれてるので大丈夫でしょうけど、というエルサの答えを聞きながら納得の頷きを返す。確かに見張りがいるわけでもないが、この泉にしかない何か、であるのならば入手手段は限られるので足が付きやすい。
荷物も片付いたので町に戻ることにする。獣は……ここでやれば泉が汚れるし、先ほどの何かに影響があってもマズイ。手出しはせずにいくことにしよう。ああ、肉が食いたい……でもエルサは生肉は食わないだろうしなあ……。
(ナッツの塩気も十分いいんだが……こっそり抜け出して狩りでも……うーん)
森から街道に出て、2人でゆっくりと歩く最中にそんなことを考えていたせいだろうか? 俺たちが歩いてきたのとは別の方向で気配が膨らんだのを感じる。この勢い、ずっと走ってきたのが俺の感じられる範囲にやってきたところか?
「馬車……ですかねえ。見えますか?」
「任せろ。コボルトは目もいいんだ」
実際には人よりは多少は、ではあるがそこは見栄というものがある。かといって背丈はどうしようもないのでマスターに登らせてもらうことにする。嫌がることなく、それどころか肩車ですね、なんて掴まれてしまっては逆に戸惑ってしまった。
首を振り、気配の方を見ると……確かに馬車だ。何かに追われているのか、普段ならしないだろう走り方である。林の方から走り続け、ついに街道にたどり着く。ここからなら馬車の速さは安定した物になるだろう。何に追われてるか知らないがこれで……!?
「マスター! 推定ビグボアが3、どうする!」
「私は魔法の罠で迎え撃つ準備を。ルト君、1頭か2頭、いけますか?」
飛び降りながら手にはナイフ。身の丈なら俺どころかマスターを超えるだろうビグボア相手に少々不安だがマスターがそうするというのならそうするし、願われればそれを叶えよう。それが召喚獣なのだ。相手が半分怪物に足を踏み入れたイノシシだとしても関係はない。
「了解した」
短く告げ、駆けだす。馬車とすれ違うようにして後ろに回り込めば怒りに身を任せ、街道の守りも気にせず突進してくるビグボアたちが少し遠くに見える。街道には怪物避けの何かが埋まっており、それは獣にも作用する。だがこうして普通じゃないとなるとその効果も薄いようだ。
「正面からは無理、背中も毛皮が硬そうだ……となれば腹か喉か」
こちらも走っているので互いの距離はあっという間に縮まり、その荒い息まで聞こえそうなものとなる。
俺を見つけ、敵と考えたのだろう。怒りの視線がこちらに向き……突進に真正面から挑む。そのまま走る勢いを使い、飛び上がった俺はビグボアの両耳を掴むようにして自分の飛ぶ勢いを殺す。ビグボアは俺によって顔を上にそらされた形だ。当然、怒って顔を戻そうとする。
(そうくるよなあ!)
思い通りになったことに心の中で笑みを浮かべ、戻される首の勢いを利用し、そのまま喉元へと自分の体を滑りこませた。外から見ると俺がちょうど首元に抱き付いたように見えるだろうか? そしてそのまま、ナイフを振りかざす暇も惜しみ直接……噛みついた。食い込む牙を頼りに引きちぎる。
途端、大量に血が噴き出す。血だらけになるが仕方ない。抱き付いた状態の体にも伝わるビグボアの悲鳴。足がもつれ倒れ込むビグボアからは素早く飛び降りた。あのまま起き上がってこないか、走り続けるのは無理なのは間違いない。
「まずは1頭……よしっ」
仲間の悲鳴に気が付いたのか、まっすぐ進むだけだったビグボアに動揺の気配を感じた俺は再び肉に襲い掛かった。