CBM-035
かの物の前に生きて立つ者無し。確かそんな評価の怪物、それが邪眼の獣カトプレパスだ。目を合わせるな、前に立つな、そんなことしか召喚知識は教えてくれない。
(気配は感じる。居場所も音と匂いが教えてくれる……そこっ!)
まずはマスターが魔法を使いやすいように一瞬だけでも視線を違う方向に向けねばならない。その時に間違えても直接見られてはまずい。まずいのだが……まあ、言うのは簡単だがってやつだ。
砂煙にか、目を閉じた状態のカトプレパスの横を飛ぶようにして迫り、一閃。弾かれるか何かするかと思ったが、さすがに王子が使っていた武器ということもあってかしっかりと相手の皮を切り裂いた。残念なことに、中まで刃が通ることはなく、しっかりと一撃を決めないといけないということがわかってしまったのだが。
「目覚めよ、ここに新たなる森を!」
マスターの使う自然魔法は基本的にその土地その場所で起こりえる物を極端に産み出す物と言える。寒い場所であれば凍り付くような寒さを、暑い場所であればゆだるような熱波を。そして、草木が育ちそうな場所であればそこだけ年月が早まったかのように緑が育ち、その力に少しだけ自分の願いを込めれば目標に絡みつく。
長時間の拘束は難しいかもしれない。だけど首が動かないようになっていれば心配はない。正面以外は、視界に入らないのだから……好機である。
「古き時より恐れられる力を今っ!」
魔法とも言い難い自分へと言い聞かせるための言葉。それは考えた通りに胸元のマナ結晶への呼びかけとなり、ドラゴンの声が聞こえたような気がした。みなぎる力が剣をしっかりと握らせる。
首を一撃で落とす、そう覚悟を決めて伸び始めた木々の枝に飛び移りながら跳躍。カトプレパスの声とその巨体を見下ろす形で飛び上がりその無防備な状態の首へと刃を振り降ろし……相手の背中に産まれた瞳のようなものを見つけてしまう。
「う……おおお!?」
「ルト君! きゃあっ!」
カトプレパスの前に立つな、睨まれたら終わり。それは例えば石化の邪眼、あるいは麻痺のようなものと思っていた。だが、実際には違う。少なくとも目の前のコイツは、そのどちらでもなくマナを使った衝撃波を産み出す力だった。
とっさに剣を前に向け、不可視のそれを切り裂くようにして振り抜くと狙い通りに力が分散するのを感じた。しかし、その力はかなりのもので俺は軽々と吹き飛ばされ、余波のようなものが周囲に飛び散った。
連発は出来ないのか、着地した俺がマスターの方へと駆け寄る間には次の一撃は来なかった。今の攻撃で、相手の拘束はかなり緩んでいるように見える。今も動こうと絡みついたツタや草木を揺らしている。今の攻防でよくわかったことがある。コイツ、思ったより弱っている。本当ならもっと威力は強いはずで、防ぎようがないはずだと。
「威力は何とかできそうな……ルト君、瞳へのトドメは任せますよ」
「今の衝撃波をどうにかできるって言えるマスターもマスターだな。良い主人に契約してもらったよ」
マスターが出来るというのなら俺はそれを信じるのみ。でもどうするのかと気になって振り返れば、その手にあるのは水薬とマナ結晶。マナ結晶はわかるけど水薬は体力回復のためか? いや、この感覚は……。
「巨人胆はまあ、強い強壮剤みたいなものなんですよね。ちゃんと飲めば生き物の元気になろうとする力が増幅されるんです。そこをいじれば、ちょっとだけ無理して魔法が使えます」
「……わかった」
マスターが言うちょこっとはかなり、というのは既に学んでいる。でも彼女がそう覚悟を決めたのならば何も言うまい。俺も俺で多少無理はしないといけないのだから。
そうしている間にもカトプレパスの拘束は緩み始めている。明らかにこちらを向こうとしているあたり、相手もこちらを敵と認識したのだろう。
そしてついに奴がこちらを向き……マナが吹き荒れた。
「くっ……まだ……まだですよっ!」
もしも、まともに受け止めようとしていたら無理だっただろう。今の俺には全体のマナの流れが見えてくる。マスターは受け止めるのではなく、斜め上方へと受け流す方法をとった。弱っているはずなのに、この威力。本調子ならマスターぐらいの魔法使いが10人20人と必要だろう。
周囲の森が千切れた衝撃波の余波で揺れている。まるで暴風が吹き荒れているような中、マスターは一歩も引かない状態だ。俺もその前で、全身に力を込めていた。
相手にとって正面がやはり力を使いやすいのか、マスターとの勝負は5度に及んだ。その力が緩んだ瞬間、一気に駆け出す。狙うのは首ではなく、瞳そのもの。あと少し……そこで感じる相手のさらなる一撃。
「やらせる……かっ!」
だがなんとなくそれは読めていた。剣を構えた勢いそのまま、思いっきり剣を振り下ろし、衝撃波を両断する。俺の体格よりもやや大きい剣を振り抜けば当然体が剣に負け、地面に剣が沈む。そして俺は剣を手放し、ドラゴンのそれを再現するかのように両手で殴りかかった。口から漏れる咆哮。それに従って爪はマナの刃を帯び……そのままカトプレパスの瞳へ沈み込んだ。嫌な手ごたえと共に内部で力をさく裂させる。
響く悲鳴。抜け出る大量のマナ。俺も力の反動で大きく飛ばされてしまうがまだお互いに倒れない。相手の急所は首や胸よりも正面の瞳だったらしく、相手の気配が弱まり……まだかっ!
目の前でカトプレパスが震え……なおも力を集めようとする。飛び掛かるにも時間が無い……そう判断した俺はドラゴンが咆哮するかのように力を込めて吠えた。衝撃波と咆哮がぶつかり、俺はそれに勝利した。
咆哮が収まったころには、重い物が倒れる音だけが響いた。
息を荒げたまま、拳は降ろさない。左手で胸元のマナ結晶を抑える。随分と力を借りた気がする。たぶん、消えてなくなることはないだろうけど俺もこの力をもっと効率よく借りなければ……そう痛感した。今のままではまだまだ粗削り。本当ならもっと簡単に倒せたはず、そうドラゴンだろう何かが俺にダメ出しをして来る。
「反撃は無し……マスター、終わったぞ」
「蘇ったとはいえドラゴンにカトプレパス……うーん、大物食いもいいとこですね」
気にするところはそこか?と思いながらも、やはりこういう天然なところが無いとなと思ってしまうあたり俺もだいぶマスターに毒されている。念のためにと首にも拾い上げた剣を刺したが反応はない。
倒せた……その喜びが湧きあがってくると緊張が解けたのか座り込んでしまった。そのまま視線を向ければ、気配が消えたことを感じ取ったのか道の向こうから戻ってくる人影、王子たちだ。
この亡骸も良い売れ方をするだろうが、どうやって持って帰ろうか?
全身を襲う疲労に呻きながらも、そんなことを考えた。
次回で完結となります




