CBM-034
「大きく出たねえ、コボルトが」
「試してみるか? お代はお前の命だ」
そんなことを言いながらも、じりりとあとずさり。空いている左手で腰の後ろを叩いて見せればマスターが動くのがわかる。そのまま腰にある水薬を抜き取り、飲み干してくれることを祈りながら切っ先を相手、名も知らない召喚士につきつけた。
「もう十分払ったんじゃないかなあ。使い捨ての予定だったとはいっても随分と駄目にしてくれたじゃないか」
「獣だってやり返す。当然のことだ」
やはり、屋敷にいた連中や外に出てきたものはコイツにとってはただの捨て駒だったらしい。その中に1匹、1人たりとも自分の意志で来た奴はいないんだろうなと考えるといい気分にはなれない。
「……マスター、今度は守ってみせるっ」
答えを待たず、駆けだした。コイツが死ねばひとまずカタはつく。少なくとも無理やり召喚される存在は減るはずだ。それに、俺に注目させていればその分マスターが安全、そう考えた。
こちらの速さにか驚きを貼りつかせた顔のやや下の急所へと剣を突き立てようとして……横合いからの何かに邪魔をされる。とっさに相手を蹴り飛ばすようにして間合いを取り、その襲撃相手を見た。
「気配がない……これはっ」
「ルト君、ゴーレムです! しかも……中に何か入れましたねっ」
「ご名答。やっぱりわかる相手にはわかるかなあ。知ってる? 何かが死ぬとマナが抜けるけど、そのマナはちょっと普通じゃないんだ。そう……魂という名前を持つんだよ。散々やって、ようやく成功する土地を見つけたんだけどねえ」
相手の言葉は響き渡る音、俺が切りかかり、ゴーレムが防ぐことで邪魔された。相手の言っていることが、刻まれた知識によって理解できてしまったのだ。昔から、偉大なる魔法使いが死んでしまった時には愛用していた品に魂が宿るという噂もある。そうでなくても、死んでしまった後にさまよい出ることはないわけじゃあないのだ。
だからと……だからと言って。
「まだ生きている存在をゴーレムの中に入れたなっ」
生前は人間の戦士だったのだろうか? 大人よりやや大きいように見えるゴーレムはその手にした武骨な鉄剣らしきものを振るい、俺の攻撃を防いでいる。魔法の強化無しでぶつかれば剣か体がダメになるほうが先だろう。
と、他にも何かの気配が部屋に増えた。形容しがたい、なんとも不気味な奴らだ。手足が無いスライムのようであったり、人のようでもあり、獣のようなもの。どう考えても正体ははっきりしている。
「まあ、いい実験結果は得られたかな。そろそろ放棄するか、どこかで遊ぼうとしてたけど一足先に帰ることにしたよ」
「逃げるかっ!」
「周りのは私がっ」
背中で広がるマスターのマナ。その感覚にほっとする気持ちを胸に、召喚士をここで仕留めるべく走り出す。が、やはりというべきか戦士ゴーレムが邪魔をする。下手に横から抜ければ俺を切るか、マスターの方へ行くような気がしてならない。
部屋の中ということで手加減されているはずのマスターの魔法。だが今回ばかりは威力重視ということで部屋に炎の明るさが現れる。豪快なことだなと思いながらもそれでこそマスター、という気持ちもある。
軽く感じる体をさらに加速させる。相手が1度動く間に2度、3度と動いてやればいい。それに、解放されて眠りたいだろうからな……楽にしてやらねば。
何度も、何度もゴーレムと斬り合う。これがゴーレムの普通であってたまるか!と関係者なら叫ぶだろう俊敏な動き。それでも限界はあるのか、徐々に相手の体が痛んでいく。そうなれば傾いた天秤はもう戻らない。
わずかに間合いを取り、下半身に力を入れて両手で剣を握る。巡らせるマナは3つ、俺、マスター、そしてドラゴン。刃を包むマナの光が厚みを増した気がした。
「魔の物たる狼の牙……貫けっ!」
半ば無意識に言葉を紡いでいた。マスターには簡単にだが自然魔法を習っていた俺だが、今日までその力はほとんど使っていない。マナがもったいないというのが最たる理由だが今日は例外だろう。遠慮なしの力の行使。その結果として、ゴーレムをしっかりと貫く魔法が手の中に出現した。突進からの一撃が刺さったのはちょうどゴーレムの急所だったようだ。
崩れ落ちるゴーレム。ちらりと視線を向ければマスターは異形たちを圧倒し、壁際に押し込んでいるようだった。後は最後に範囲の広い魔法を撃ち込めば終わりだろう。
「そうかぁ。コボルトって育つと強いんだね」
「破棄したのを後悔してるのか?」
思わず言ってやると、相手はキョトンとした顔になったかと思うと、笑い出した。その隙に仕留めればよかったのかもしれないが、あまりの笑い声に足が止まった。
「あははははは! そうか、あの時のコボルトか! 立派になったねえ、召喚主としては嬉しいよ」
「俺の方は嬉しくはない」
おしゃべりはここまで、と思いながら切りかかろうとして相手のまとうマナの気配に構えなおした。さっきまではそんなに感じなかったマナ……これは……。
「さっきあの子が呼べたってことは召喚魔法からは契約してない……へえ、直にか。物好きがいたもんだ。話はつきそうにないけどさようならの時間。生きていたらまた会おう。コボルト君」
「逃がすか! 召喚!?」
油にまかれた火が燃え上がるかのように、相手と俺の間でマナが膨らみ、光があふれた。ひどく嫌な気分になる、赤い光。それと同じような光を奥でまとったかと思うと、召喚士は……消えた。高笑いと、召喚の魔法陣がたてる音だけを残して。
「ルト君、下がってください。何か来ますよ!」
「わかった。マスター、外にブレグ王子たちが来てる!」
魔法陣から目を離さずに後退し、マスターに誘われるままに扉から外に出る。外はどこかにつながる廊下で、鼻には王子たちの匂いが感じられた。ということや屋敷の地下かどこかだ。
背後では、部屋の中で魔法陣から何かが出てきているのを感じた。でかい……ドラゴンほどじゃあないが、明らかに生きている。四つ脚の巨体……それは……。大きな瞳を持つ馬のような……。
「邪眼の獣……外へっ」
扉の前から走り去った途端、部屋の中でマナが暴走するかのように力が弾けた。恐らくは召喚された怪物、力ある目を持つ獣、カトプレパスの力だ。
「見た物を殺すか動けなくさせるんじゃなかったか!?」
「わかりません。ほとんど地方にしかいないような希少種ですからっ。ただ、視線の先にマナを使った力を行使するのは間違いないはずです。同等以上の力なら恐らくっ」
走りながらしゃべっていると、階段。そのまま駆け上がり上に飛び出た俺のすぐそばに気配っ! 慌てて武器を構えると……見知った顔があった。
「っと? なんだ、小僧に小娘ではないか。無事か」
「話は後! やばいのが地下にいる。一度撤退だ!」
問いかけようとした王子たちを地下からの衝撃が黙らせる。そのまま王子たちと一緒に駆け抜け、屋敷から飛び出た。幸いにも、王子たちに欠員は召喚獣も含めていないようだ。その召喚獣たちも地下の力におびえているのか表情が硬いように見える。
「カトプレパスに類似する怪物が召喚されて暴れてる! たぶんマナ切れになると思うけどそれがいつか……」
「地下にはお墓があるらしいんですよ、昔の怪物たちの」
外から感じるのはそれかっ! だとしたら土地としてはマナがたっぷり、燃料切れは期待できないか?
「むう……となれば心苦しいが」
「王子……」
視線が向かうのは兵士……ではなく召喚獣たち。気持ちはよくわかる。どちらかを取らなければならない時にちゃんと選択するのが上に立つ者の役割だ。人間優先、それを責めるつもりもない。
こうして話してる間にも、屋敷は衝撃を受けてどんどんと崩壊している。そのうち、奴は地上に出てくるだろう。人里は遠いが、どっちに行くかわからない怪物なんてものは厄介この上ない。
「王子たちは撤退を。駄目だった時に……お願いしますね」
「残る気か!? そうか、お前たちはそう言う生き方だったな……よし、小僧。これを貸そう」
「随分と値段の高そうな剣だが」
どう考えても値打ち物だ。というか王子が使ってたんだから下手すると王家の家宝とかじゃないのか?
「なあに、買おうと思えば金が代わりになる程度だ。生き残れ、以上だ」
わざと恭しく、人間の騎士がそうするように姿勢を取り、剣を預かる。そしてそれを手に、屋敷の方を向いた。随分音が近い。そろそろ……出てくるだろう。借り受けた剣は両手で持ってもやや長い。大ぶりの一撃が主な攻撃方法になりそうだ。
王子たちが下がっていくのを感じながら、マスターの前に立つ。
「作戦は?」
「2人で視界を塞ぐべく魔法を撃った後で全力で縛り付けます。ルト君は急所を攻撃か首を落とす。それだけですね」
うん、わかりやすい。確かにこういう時は細かく決めない方が動きやすいってもんだ。
「……来た」
ついに崩れ落ちた屋敷。それを吹き飛ばすように上に舞い上がる屋敷だった瓦礫たち。その中に動くものを見つけた俺とマスターは一緒にマナを練り、力を放った。
「「春の嵐、大地の煙を!」」
砂煙をあげ、強風が吹き荒れる。その結果を確かめるより早く俺は駆け出し、マスターは次なる魔法を放つべくマナを練り始めた。全ては、カトプレパスを仕留めるためだ。
はるか西の土地で、召喚された者同士の戦いが始まった。




