CBM-032
「なるほどな……それで1人だったわけか」
「大まかな方向は感じられている。後は誰がなんのために、そしてどれだけの規模でやっているかになるのだが……」
こちらは無茶なお願いをする立場。刻まれた知識による常識でもちゃんと頭を下げて、相応の態度を取るべし。そう思っていたのだが、ブレグ王子は堅苦しいとばかりに一蹴、普通に話すように命じられたのだった。
お供の兵士達も表立っては気にした様子はないので、いつものことなのかもしれない。普通の兵士がほとんどで、数名は召喚士のようだ。というか見覚えがある人らだ。
「王子、まだルトは契約が破棄されていないようですから、彼女は生きています。話によれば彼女とルトは直に契約を結んでいる状態ですので……たとえ脅されようと自分からは破棄できません」
「そうだったな……強い結びつきと力の代償は強すぎる結びつきとその反動、か。愛されているな、ルトよ」
「ただのお人よしだと、よくマスターは言っていたのを思い出したよ。本当についてきてくれるのか?」
国にとって立場のある人間が協力してくれるのはありがたいが、何かあった時にはまずいと思うのだ。今さらと言えば今さらだが、ブレグ王子は人間の中で偉い方の人なのだから。
そんなことを告げると、最初はきょとんとした顔をされた後、笑われた。なんと、王子以外の人間も同じように笑っている。と、鍛えられているのがわかる王子の腕によってひょいと背負い袋ごと持ち上げられ、馬車に乗せられた。
「これはもう国の問題でもある。さあ、さっさと集中して方向を絞れ。早く国に影を落とす奴をお仕置きに行くのだ。ついでに助けてやることにしよう」
本気だとわかるその言葉に、俺はマスターに助けられて以来初めて泣いたように思う。
街を出て北西へ。段々と道とそれ以外があいまいな景色が増えて来た。意外と水源が多いのか、森の気配は濃い。混ざりそうになる匂いと気配の中から、マスターの物をしっかりと見極める。近づいている……そう感じることで逆に焦りも湧き上がってくるような気がした。
(俺はマスターを失うのが怖い。それはどうしてだ?……また、戻りたくないからか)
考えてから、その考えに自分で自分を殴りたくなった。なんという自分勝手な物だろうか。確かにまたただのコボルトに戻ってしまうのは怖い、それは間違いないことだ。けれどそれはただのきっかけ、原因でしかない。本当に怖いのは、こうして物事を考え、その先でマスターであるエルサとのつながりが無くなってしまうことだ。
「焦るなよ小僧。所詮、自分の手でつかみ取れるものだけを守っていればいいのだ。それですら、大変なことなのだから」
「どうして怪物の俺にここまで?」
馬車に乗せられた俺はそれでも王子と比べるとやや低い。そんな俺の頭をがしがしと撫でてくる王子。まるで子供のような問いかけだな、と心の中でつぶやきながらそれに甘んじる俺。これが人間同士なら良くある光景なのだろうが、俺はコボルト、怪物である。
「言葉を話せぬ相手とでも時に友情をはぐくむこともできる。言葉を介せるのであればなおさらだ。まあ、正直に言おう。お前たちには期待している。ただの偶然か、運命のような悪運か。それはまだわからないが、国が変わるきっかけになるだろうとな。それに、会話ができる怪物というだけでも貴重なのだ」
下心も見える言葉に怒ることはなく、むしろ安心したと言っていい。これで耳障りの良い言葉だけを告げられたらどう思っていたことか。生きていくうえで、お互いの利益を考えるのは当然のことだからだ。だからこそ、今の俺は王子たちに背中を預けることができると確信した。
と、先行していた兵士が戻ってくる。顔には緊張が貼りついているから、当たりのようだ。
「少し先に建物らしきものが。このあたりは国境が安定していない場所ですね」
「わざわざ波風を立てるためにここに建てたか……あるいは都合がいいのか」
王子のつぶやきを聞きながら、マスターの位置を探る。建物らしきものがあったという方向で間違いない。マスター、今行くからな……そう考えていると、胸元でマナ結晶が音を立てたような気がした。
(なんだ? 下?……これは)
「王子、どうも後者らしい。地下に何かを感じる」
「ふんっ、またドラゴンでも埋まっていたら王都で祭りでも開いてやろう。大人数では逃げられるな……援軍を追加するのはあきらめるか」
ぎょっとして振り返った俺が見た物は、王子の言葉にやる気を出したらしい兵士達。いいのか、とは問わずに頭だけを下げた。
しばらく進むと、急に道が広くなる。左右の森からの奇襲が怖いぐらいの広さだった。幸い、射手が隠れているという気配はない。鼻にも変な匂いは届かないからな。
周囲にもわかるように鼻をひくつかせ、顔をきょろきょろ、そして前を見て頷く。そうして俺たちはゆっくりと進み……その建物を視界に収めた。
「おうおう、出て来たな不審者どもめ」
言葉通り、建物からぞろぞろと何かが出て来た。建物自体はちょっとしたお屋敷ぐらいで、この人数なら探索には時間はそうかからないだろう大きさ。そして出てきたのはオーク、コボルト、ゴブリンと怪物ばかりだった。
と、その中にいたコボルトが悲鳴をあげる。俺が投げたナイフが突き刺さったからだ。そのまま倒れ込むコボルト。だが周囲の怪物たちは気にする様子もない。一応、同族を殺すのにためらいはないことを示しただけだが、それ以外にも収穫があった。こいつら……何かをされている。
「恐らく召喚からの薬物や追加の魔法によるものでしょう。召喚の契約が無くても、命令を聞くようにされていると見ました」
「そうか……では始めよう」
戦いは怪物と人間の声の出し合いから始まった。王子率いる人間の兵士達が力強く駆け出し、怪物たちと組みあった。どこか動きの遅い怪物たちに対し、人間たちは危なげなく戦いを続けていく。俺はと言えば彼らの支援となればと怪物どもの足や肩を切り付け、動きを邪魔することにしていた。
「ルト! 行けるのなら先に行け!」
「! ありがたいっ」
背中に戦いの気配を感じながら、隙間を縫うように走り込む。そして建物の端にある窓枠へと飛びつき、俺は体を中にすべり込ませたのだった。




