CBM-029
少し気の早い冬がやってきた。何日かするとまた暖かい日が来るのだろうが、今朝は氷まではいかないが息が白い。謎の大亀たちを討伐してからしばらく、情報収集を兼ねて俺たちはこの街に滞在していた。
「お姉ちゃん、今日も教えて!」
「ええ、いいですよ」
酒場の女の子も元気になり、今日もマスターから薬草の調合を教わっている。大した怪我は治せないような物だが、自分の怪我は自分で治せるぐらいがちょうどいい、のだそうである。その姿を見る限り、変質したマナを取り込み過ぎたことによる体調不良はもう大丈夫なようだった。
結局、変質したマナが周辺に染み込んでいる原因であろう大亀、そして妙なマナ結晶は排除できたがそれですぐに水脈だとかがきれいになるわけじゃない。それでも何度かくみ上げた井戸の水から感じられるマナに変化があるぐらいには改善してきている。
「へえ、西は代替わりでそれどころじゃないのか」
「ああ……もっとも、次に頭になるやつが実績作りにくるかもしれんが。というかコボルトなのに頭がいいな。やはり召喚魔法のおかげなのか?」
人間的には失礼な状態かもしれないが、わざわざ椅子を重ねてくれた上に座り、カウンター越しに会話だ。店主的には怪物であるコボルトがこうして政治の話が出来るのが驚きらしい。
俺は特別だからな、なんてうそぶいておきながら店主の入れてくれたお茶を飲む。コボルトとしては熱すぎるし、不思議な匂いと味なのだがなぜか美味しく飲める。これも召喚時に刻まれた知識のおかげなのだろうか? いや、ここまで来ると……。
(まるで誰かの記憶を何人も刻まれたみたいだな)
頭に浮かんだ嫌な考えを振り払うように軽く頭を振り、お茶をさらに飲む。この仕草自体、元々の俺だったら出来ないだろうと考えるとさらに憂鬱ですらある。
気分を切り替えるように店主から聞いた話を整頓していく。人や怪物、獣が消えるという噂は確かにあるらしい。幸いというべきかこちら側では消えた奴はいないそうだが、年に数回はやはり話を聞いているということだった。
気が付けばあいつを見なくなっていた、そんな風だったらしいが1人だけそうでない話がある。
「怪物との戦闘中に怪物ごと消えた……か」
「ああ、向こう岸からさらに西にいったところにある街でだな。あっちは西国との関係を考えると何があってもおかしくない。最初はただ逃げただと追及されるからだと思ってたらしいが、な」
敵前逃亡とは少し違うか。兵士がその土地での暮らしにどうしても嫌気がさしてってところに収まるのだろう。目撃者とされる兵士がずっとその話を主張し続けるのでなければ。
(大亀は明らかに召喚された奴だ。用意するだけなら簡単だ、1人が召喚してすぐに埋め込んで破棄、次を召喚したらいい)
必要な物はあるが、狙った相手を召喚すること自体は不可能じゃあない。例えばその怪物の体の一部を使えば、同族が召喚される。大亀は南国の怪物、それがこんな場所に召喚されればすぐに動けなくなる。後は朽ち、毒のようにあのマナをばらまき続けるのみ。
「案外それが理由か……?」
使い捨て、そんな言葉が浮かぶ。思いついておきながら、召喚された身としては最悪の想像に顔がゆがむのがわかる。ただでさえ召喚獣は捨て駒とまではいわなくても扱いが良くないことが多いのだ。最初から召喚された先で死ぬことを望まれた召喚等、許せるはずもない。
「お待たせしました、行きましょうか」
「もういいのか? 了解した。店主、世話になったな」
「それはこっちのセリフだ。戻ってきたらまた顔を出してくれ」
店主と、娘からの別れの声を聞きながら、2人で外に出る。向かう先は船着き場。そしてそこから川を渡る。
安全に行くのなら、ここで一度報告に戻るのが良いのだろうが……うちのマスターはお人よしというのか好奇心旺盛というのか、こうなったら自分で首をつっこみたくなるのである。薬師として身を立てているのもそう言った時に怪我をするから自然と身に付いたのではないかと思うほどである。
ブレグ王子へは手紙を出すことにした。事前に聞いていた通りの方法で兵士に手紙を頼むと、驚きの表情が帰ってきたが無事に手紙は送られたようだ。改めて、渡し船の上である。
「マスター、もし召喚されそうになったら俺を呼ぶんだぞ」
「勿論。信じていますよ、ルト君」
川の上はやや強い風が常に吹いているようだった。そっとマスターの服をつまみ、舞い上がらないようにしていると何の根拠もないそんな不安が胸に飛来した。噂が本当なら、この瞬間にでもマスターが消されるかもしれない。そう考えると命の危機とは違う怖さに襲われたのだ。
その後は言葉少なく、少ししんみりとした時間を過ごした。ようやく対岸が近づいてくると他の人間もそわそわしだした気がする。俺たちも降りる準備だ。
対岸の街は実用性重視、と感じる武骨な物が多いように感じた。建物1つとっても、直しやすく、丈夫、そんな印象だ。その理由はすぐにわかった、討伐者たちが今日の獲物なのだろう獣を荷台に乗せて歩いている。活気も危険もある、そんな街のようだ。
「まずは酒場……いえ、宿でしょうかね」
「この冷え込みだ、そのほうが……」
振り返った俺の視界に飛び込んできたもの。それは人間。ただの人間ではない、忘れるものか……忘れてなるものか! 俺を召喚し、捨てたアイツ!
思わず荷物を投げ出しながら走る。相手はこちらに気が付いていないのか、そのまま人の流れに沿って歩き、建物を曲がり……なんだと。
「いない!?」
正確には人間はいる。いるのだが、アイツじゃあない。息を荒げたコボルトがいきなり飛び込んできたのだ。人間たちの警戒の視線が突き刺さる。慌てて首輪をつまみながら主張し、少し下がる。と、誰かにぶつかった。
「どうしたんですか、ルト君」
「いや……なんでもない」
俺を後ろから抱きかかえるようにするマスター。そんな彼女の顔には心配そうな表情が貼りついている。それが嫌で、ごまかすように首をふって曖昧に応えた。宿探しだったなと大通りに戻る。首をかしげるマスターを見つつ、腕の中から改めて通りを見渡すがアイツはいない。西へとさらに向かう馬車が砂煙をあげて出発するところだった。
通りを吹く風は、俺の気持ちを表しているように冷たかった。
あと7話ぐらいで区切りの完結予定です




