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CBM-002


 人、人、人。そして馬、家畜たちと、稀に見かける召喚獣。それが町で動く物だった。人間の子供ほどしかない俺からすると、全てが大きく、見上げてしまうことも多い。それがどこか悔しく、気にしていても仕方ないと自分に言い聞かせてエルサのそばで歩く。


 夕暮れが近い町並みはどこか忙しそうに感じる。夜から逃げ、家に引きこもるためだろう。既に家に帰っている人間もいるのだろうけど、それでも十分人が多い。


(視線が時折来るな……まあ、召喚獣はそう多くない)


 職業全体でいうと、召喚士は1割もないだろう。もっと少ないだろうが、土地によって多少偏りがあるようだ。今のところ、やや目立つぐらいにはこの辺には召喚獣は多くないが皆無ではない、と言ったところ。


「マスター、まずは宿か?」


「そうですねえ。あ、でも先に酒場に顔を出しましょう。少しばかり払えばいいところも紹介してくれるでしょうから」


 意外な……いや、そうでなくては旅も出来ないだろうが新たなマスターはなかなか堅実、旅慣れているようだ。スタスタとそこそこ賑わいを見せる酒場へと足を向け、あっさりとその扉をくぐる。


 途端、外からでもわかったが騒がしさが飛び込んでくる。そのままだと辛いので意識して耳の聞き取りを抑える。鼻もそうだが、このぐらいの調整は出来ないと逆に自分の能力でやられてしまうのである。


 外以上に視線が集まるのを感じるが、エルサは気にしない風にいかにもな店員のいるカウンターへ向かい、立ったまま腰に下げた皮袋を手にする。恐らくは飲み水を入れていたであろうそれはほとんど中身がなさそうだ。


「まずは水を、後は軽くつまめる物とエールを」


「あいよ。初顔だな、女一人と召喚獣?」


 疑問を口にしながらも素早く皮袋に樽から水を入れ、カウンターの上に皿が置かれるのが聞こえる。まあ、当然ながら俺からはカウンターより向こう側は見えないので音と気配だけで判断しているのだが。


 エルサは椅子に座り、そのまま飲み始めるかと思いきや、俺の前に手を広げた。そこには出されたであろうナッツ類。つまみにはちょうどいいのだろうが、それ以外にも役目はある。俺が彼女に従順な召喚獣であるということを示すために使えるのだ。


 彼女の足元に座り込むようにして受け取ったナッツ類を丁寧に齧る。ここで乱暴に食べ散らかしたりしては周囲への印象がよろしくない。それはすなわち、マスターであるエルサへの評価となるのだから気にするべきなのだ。


「主に怪我薬を売ってるんですよ。よかったらいくつか買いますか?」


「ああ、酒場じゃ喧嘩はつきもんだ。小壺1つで……ふうん? 安めだな、5つ貰おうか」


 鼻に届く軟膏の香り。酒場の主が蓋を開けて品質を確認しているのだろう。どうやら最初の喋りは成功のようだ。これで俺たちはこの酒場の客となった。


「召喚獣込みなら森の友亭がいいだろう。馬もよく預かっている」


「ありがとうございます。じゃ、行きますよ」


 手のひらに残った塩気をもったいないとばかりにぺろりとしたところで、声。そのまま2人で酒場を出、聞いた通りの宿へと向かい……それらしい看板が見えて来た。


 今のところ、ありがちなよそ者へのちょっかいはないようだ。酒場からつけてくるような気配もない。それを報告しようと顔を上げたところで、エルサが緊張した顔つきなのに気が付いた。何か問題があったのだろうか?


「……はー、緊張したー」


「なんだ、随分慣れていたように見えたのだが」


 どうやらあの態度は作っていたようである。素は今のようなぽややんとした村娘のような姿なのだろう。どう見ても今日のおやつは何にしようかなとか考えてるようにしか見えない。それなりに、苦労して来たんだろうか?


「昔、ね」


「そうか……愚痴ぐらいならいつでも聞くぞ」


 それから宿にたどり着くまでは会話はなく、俺も敢えて深く突っ込もうとはしなかった。まだ早い、そう感じる。俺たちはまだこの関係になって数日なのだ。


 森の友亭はおすすめされるだけあって、召喚獣に寛容だった。正確には、足の土は落としてくれよと言われたが後は普通の人間と同じような対応だったのである。1匹ではなく1人と数えられたのは少々感動的ですらある。


 寝具も籠や木枠等、想定される召喚獣の候補に適した物が用意されていた。俺は小さめのベッドで問題ないのでそう言った部屋となる。でもこれは逆に言うと俺の分、宿賃が今後もかかるということだ。


「エルサ、俺だけでも夜は外で隠れて過ごそうか? コボルトはそういうのは」


 得意だ、そう言おうとして細い人間の女らしい指が口に添えられた。まるで叱られる子供のようだな、と思いながらエルサを見上げる。


「直につないだ以上は、私たちは普通の召喚獣と主以上と言っても過言ではありませんから。一緒に旅する仲間、ですよ。それとも嫌ですか?」


「嫌ではない。それは間違いない」


 それは本当のことだ。ただ1つ苦情を言うとしたら、事ある度に俺の頭を撫でたり、尻尾を狙うのはやめてほしいと思う。そんなに手触りが良いんだろうか?


 荷物を起き、落ち着いたところでそれを聞いてみたら……もふもふがいいんだと言われた。もふもふ……? そうか、もふもふか。


「さてと、しばらくはここを拠点にお薬を売ったり、作るための採取にいったりします。必要であれば討伐も。それでいいですよね」


「問題ない。主のために戦おう。出来れば稼いで武器も整えたいところだ。一応この牙も武器だが……コボルトは体が軽いからな」


 事実は事実として受け止めなくてはいけない。コボルトは小柄な亜人だ。同じ技量で戦えば体の大きい方が威力は高い。そうでなくても俺ではイノシシの突進などは受け止められないだろう。エルサを守るためにも、何らかの力はいる。


「そうですね。では目標はしばらくの生活費の確保と、ルト君の新しい武装ということで」


「了解した。それでマスターよ、どうして俺を抱きかかえるのだ?」


 そう、エルサは問いかけながら俺をひょいと抱きかかえ、後ろから抱き付くようにしてきたのだ。体格差のある上にマスターが相手では無理に振りほどくのも躊躇する。結果、そんなに背は高くないはずのエルサにがっつりと抱きかかえられてしまう。服越しでもわかる柔らかさは、異種族という壁を超えて俺に何かを感じさせる。


 わざとか? そうでないのか? どちらにしても、今後は突然の行動に気を付けた方が良さそうである。


 そんな我ながら妙な覚悟を決めているとすぐにマスターが寝始めるのを感じる。警戒心の薄さ……俺を信頼しているということなのだろうか……まだ何とも言えんな。こうしてみると普通の娘だ。まだ親元で暮らしていても不思議ではないだろうに……。


「……好きにさせるか」


 しばらくはそのまま過ごし、適当なところで自分用の寝床に移動する。初めての寝床は、落ち着かなかった。




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