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CBM-028


「かなり大きい川ですねえ……魚も豊富そうです」


「何もなければ釣りってやつをやってみてみたいが、そうもいかなそうだな」


 対岸はギリギリ見える。流れは緩やかで泳ごうと思えば泳げそうなぐらい。今見える範囲でも水面に浮かんでいるのは船ってやつなんだろう。刻まれた記憶ではあれでもまだ小さい方だと教えてくれる。人間ってすごいんだなと思わせる。


「橋はないけれど、船は行き来する……うーん、洪水でも起きやすいのかもしれませんね」


「怪物の1匹や2匹、いそうなもんだ。それでも向こう側とのやりとりは儲かるんだろうな」


 結構前に、この川を超えて西に攻め込んだ結果が今のサーミッド国の西側国境らしい。そうなると向こう側は西国の圧迫を受けつつ、背後はすぐに逃げられない川、ということになる。なかなか、驚きの状況である。


 ちなみにこちら側と向こう側で1つの街扱いらしいのだが、今のところ向こうに行くつもりはない。


「ついでだ、片付けていこう」


「何かいましたか? この辺は草だらけなんですよねえ」


 薬草にも使えないし、なんてマスターのボヤキを肩をすくめて聞きながら鼻に届いた匂い、耳に届いた草ずれの音を頼りに少し移動する。姿が見えないということはそういう大きさの怪物ではない。この気配、音からして……。


「いた! でっけえなあ……」


 ゾロリなんて音を立てていそうな様子で顔を出したのは大蛇。俺なんかが丸呑みされそうな大きさだ。こんなものがそばにいるとは……人間でも全く油断できないと思うんだ。


 コイツが周囲のヌシなのか意外と何匹もいるかはわからないが、放っておくわけにもいかない。少しずつ近づいてくる大蛇の狙いは……俺。ならばよりこちらを見るように敢えて大げさに手足を動かし視線を集める。


 徐々に下がりながら移動していくと相手も誘われてその全体が見えてくる。冗談抜きで木を一本横にしたぐらいでかいな。まともにやれば苦戦は確実。だが……。


「鋭利なる大地、吹きあがれ!」


 マナを感じる言葉と共に、マスターの自然魔法が発動。今回は土というか岩、かな? ちょうど大蛇の真下の地面が真上に伸び、その鋭い状態の先が大蛇を貫いた。突然のことに、まだ絶命していない大蛇が暴れて杭に巻き付くがそれは生き物ではないわけで、最終的にはぐたりと大蛇は力尽きたように動かなくなった。


「半分折れてますね……怖い怖い」


「とどめを刺すのを待ってくれ」


 こういう時、意外と死んだふりをしているということがあるかもしれない。そう思ってやや離れた場所から剣で切り付け、頭を落とせた。そうして確認すると、確かにマスターの放った魔法である岩の杭にいくつもヒビ。元気な状態だったら砕かれていたかもしれない。


 そして周囲をマスターに任せ、切り口から匂いを嗅ぐ。獣というか既に怪物に足を突っ込んでいる大蛇となると何もなくても相当な匂いだ。だがその中に、例の匂いを感じとることができた。こいつも変質したマナを取り込んでいる。他の獣やらを食べたからか、それとも別の何かの……。


「皮は使えそうですね。お肉はちょっと遠慮したい気分です」


「俺も食べない方が良いように思う。ここ以外だったら、食べただろうけど」


 蛇は結構美味いんだよな。生で食べた記憶の方が多いけど、こうしてマスターと旅をするようになってからは野宿の際に焼いて食べたことがある。もっとも、今回は食べない方が良さそうである。


 一体何をどうしてこの変質したマナを取り込んだのか、と顔を上げる。見えるのは船の行きかう川、川沿いの草木たち。人間が作ったであろう船着き場には今も人がいる。武器を持った人間があちこちにいることを考えると大蛇みたいなのはまったくいないわけじゃないんだろう。


 と、上流の方に小山が見える。それ以外にも大きな岩塊がいくつも。元々この川はもっと違う流れだった物が周囲の地形を削って変化していき、今のように岩塊が取り残されたのだろうか? もしかしたら、洪水の時に上流から移動してきたのかもしれないが……。


(……ん? 気のせい……か?)


 手際よく大蛇の皮をはぎ終わったマスターを手招きし、俺が見る先……随分と丸っこい岩塊を指さす。草花も生えているのでだいぶ前からあるように感じるが、どうもおかしい。アレだけ、周囲とは違うのだ。何かといえば、マナを感じる。ただそこにあるマナ結晶などのような力ではなく、生きている力だ。


「もしかしたら地元の人にはいて当たり前のかもしれませんよね」


「ああ。聞いてみよう」


 船着き場には討伐者と思わしき男たちがたむろしている。これから向こう側か、こちら側で一仕事するつもりなのかもしれない。


 相手も歩いてくる俺たちに気が付いたのか、普通にあいさつのために手を挙げてくる。そんな中にマスターはいつものようにやや猫背気味にして男受けしそうな感じで話しかける。


 毎度のことだが、男もよく騙される。まあ、それを互いに楽しんでいるのかもしれないが……それはともかくとしてだ。


「ああん? 岩が……そんな話は聞いたことねえな。だが、言われてみればあんな岩塊、前は無かった。大雨の後にあるから流れて来たもんだと思ってたが……よし、ちょっとやるか」


 あれよあれよと、男の声掛けにより周囲の討伐者たちが集まってくる。儲けになるかもわからないが、良く知らない怪物がそばにいるとなっては安心して暮らせないということだろうか?


「初めて見るが、状況的には1つしか考えられん。おい、冷気魔法の準備はいいか」


「冷えて来たからね、いつもよりがんがんいけるよ」


 何人かいる魔法使いたちの返事を合図に、討伐者と俺たちとが岩塊を囲むように陣取る。そして、周囲でマナが高まるのを感じた。


「撃て!」


「おら、冷えちまいな!」


 音を立てて、魔法使いたちから独特の色をした魔法が飛んでいく。打ち合わせ通りなら、それは冷気の魔法として飛んでいき、岩塊……その正体を暴くはずだ。


 魔法が当たり、力を発揮する。見事に表面が凍り付いたのが見えた。そして気配が生じる。同時に岩塊が……動いた!


「でけえな、大亀ってか……よし、動きは鈍い。どんどんいけ!」


 元々亀は寒い時期は動かない。そこに魔法まで来たのではたまったものではないはずだ。それでも甲羅は普通ではないのか、止まる様子はない。案外、マナで甲羅を強化とかしてるのかもしれない。


「くそ、甲羅が硬い、目元を……」


「すぐに引っ込まれたら無理です! それより同じ場所を攻撃してください」


 男の合図を上書きするようにマスターは叫び、ちょうど大亀の首の上あたりの甲羅部分にこぶし大の岩を飛ばしてぶつける。狙いがわかれば誰もが文句を言わずに攻撃を集中し始める。主な打撃はやはり魔法だった。まずは散らばっていた冷気魔法が集中してぶつかり、一か所を一気に冷やす。


 これだけでも相当動きが鈍るはずだ。次は……と思っているとマスターの体でマナの高まり。思わず胸元を抑えて振り返れば、周囲の驚愕の視線を集めつつ、マスターの両手には赤々とした炎。自然魔法……そのはずなのにどうだ、この熱さ。周囲の季節をひっくり返すような熱の塊が放たれ、先ほどまで冷気魔法が当たっていた場所を今度は灼熱が襲う。


「よし、ここだ!」


「ちびにだけやらせるかよ」


 素早く走り込んだ俺の横に人間たち。そのまま一気に駆け寄り、各々の得物を叩きつけた。鈍い音を立て、砕かれる甲羅。甲羅が痛んだのか、甲羅への強化魔法が限界を迎えたのか。どちらでも構わないが大亀の首裏が露わになった。


 投擲したナイフが、槍が、そして弓が集中し、大亀が大きく血を吹き出しながら動きを止めた。


「よし、仕留めたぜ」


「でけえなあ。下手な小屋よりあるぜ」


 気配も消えて、動く様子もない。槍で甲羅をつつく男の言うように、かなりでかい亀だった。このあたりにはいないはずの奴だと直感する。季節的にも動くに動けない日々がすぐにやってくる。そうなればこんな大亀は死ぬだけだ。だとしたらもっと南の方にいるはずの怪物だ。


「……誰かに召喚されたか?」


 つぶやきは誰にも届くことなく風に溶けていく。ふと、大亀に何度も感じた気配と匂いを感じ取った。幸い、ちょうど地面が斜めになっている場所だ。頼めばひっくり返せるかもしれない。


 声をかけると、中身を出すにもそのほうがいいかということでみんなでひっくり返すことになった。ごろりと転がった大亀の腹。そこにあったのはマナ結晶だった。ただし……。


「なんだあ、コイツは」


「マナ結晶ですね。随分と変質してますけれど」


 視線の先には黒いというか、汚れたと感じるマナ結晶。それが腹に埋め込まれているのだ。こんなのがここにあったんじゃあ、川へと段々とこのマナ結晶の力を溶け込ませてしまう。


(ん? ということは、だ。周囲の岩塊の中に紛れ込んでるのか?)


 コイツ1匹で例の病気が広がってるとは考えにくかった。顔を上げればマスターも同じ考えに至ったようで、周囲を見渡している。


 そうなれば討伐者たちも気にして声をかけてくるわけで……事情を説明し、食事ぐらいは奢るので一緒に倒さないかと誘うマスター。地元の討伐者だったのか、ほとんどが快諾され、大亀退治が始まる。


 結果、10を超える大亀が退治され、そのどれにもマナ結晶が埋め込まれていた。


「俺には学がないからよくわからないけどよ、これは誰かの仕業だとしたらもう喧嘩を売ってるどころじゃねえよな」


 1人の男の言葉が、妙に重く感じられた。


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