CBM-027
秋から冬の気配が漂う西側の街、ミネリア。大きな川がそばにあり、遠くには山々。近くには小山ということで冬には風が強そうな場所にある街だった。思ったよりも活気のない街中の光景に首を傾げつつも訪れた酒場。そこで出会ったのは必死な酒場の店主だった。
「娘さんは病気なのですか?」
「あ、ああ。いや、多分そうだろうとしかわからないんだ。調子が悪い時は起き上がれないが、そうでないときは少しだるいぐらいで済む。この街にも薬師はいるが、原因がわからず治療も難しいと言われてるんだ」
だるさ……脱力感とでもいうのか。そういった物に襲われるらしい。短時間であれば気合を入れて動くこともできるだろうが、常日頃からそんな状態では動くに動けないという話もよくわかる。聞けば、同じような状況の人間が街のあちこちにいるのだとか。
「だから出歩く人が減っている……ひとまず娘さんに会わせてもらえますか」
酒場にいる客は店主の事情を知っているのか、店の様子をうかがう店主に片手をあげて頷いていた。酒場に併設されている様子の自宅へと案内され、部屋へと招かれる。コボルトの俺を拒否しないのは、マスターがそれで怒るのを回避したいのだろう。
ふと、鼻に届く匂いが気になった。外でも感じた匂いだが、ここにきて濃くなっている。建物の木材の匂いなのだろうか? それにしては随分と……。
開かれた扉。中からのわずかな風がはっきりとそれを告げる。この匂いが、普通の匂いじゃあないことを。当然、ただの人間には感じられない程度の匂いだろうということも。
「初めまして。私はエルサ、旅の薬師です。お父様からお話を受けて診察に来ました」
「そうなんですね……よろしくお願いします。あっ、その子は……」
最初は俺を見るやびくっとなって驚いた少女だが、すぐに召喚獣だということに気が付いたようだ。さすが酒場の娘、そう言った話は何度も聞いたことがあるのだろう。マスターに言われ、旅の途中でもあまり汚れっぱなしにならないようにと言われて身なりを整えてあるのも幸いしたのかもな。
いつぐらいからだるいのかといった会話をするマスターと、心配そうに娘のそばにいる父親を見つつ、鼻を引くつかせながら部屋を見渡した。匂いが充満してしまってはっきりとはしないが、部屋の中にある物が原因という訳じゃなさそうだ。
(匂いと言っても臭いとかじゃあなさそうなんだよなあ)
そう、食べ物の匂いがとかそう言った事じゃあない。敢えて言うのなら、王都でも人間の女が時折つけていた香料に近いだろうか? これに近いとなると……巨人胆のソレが近い。だが、怪物が寄ってくるような気配はなく、ただ体調がすぐれないだけとなると……。
理由があって匂いを嗅いでますよとわかるように、わざと四つん這いになって匂いを嗅ぐ。立ったままでもいいのだが、この方がそれっぽいとマスターは言っていた。獣扱いは少々気になるところだが、不思議と人間はこうしてると気にしないんだよな。
「何かわかりましたか?」
「ああ。人間には嗅げないぐらいの匂いがある。外でも感じたが、この部屋だとかなり濃い。恐らく、その子からだろう」
俺の指摘に少女は毛布で体を隠すかのように体を跳ねさせた。別に俺は彼女の匂いがと言ったつもりはないのだが、そう捉えられてしまったのかもしれない。
念のためにマスター、そして父親の匂いもしっかりと嗅いだが、やはりマスターは白。父親は……薄いが匂いがあるな。まあ、父親はこの部屋に出入りしているし、外でも匂いがするのでこびりついているのかもしれないが。
「この病気らしきものが出てきたのは最近のことですよね」
「そうなんだ。昨年の冬ぐらいから急に……ほとんどが子供と年寄りで、たまに大人だ。治った奴もいるんだが、増えるでもなく減るでもなく……」
店主は断言したマスターの言葉に疑問を抱かなかったようだ。俺もマスターと同じ考えに至っている。何かが原因で、この土地に流行り始めたのではないか、と。
少女の手足や口の中、目の様子なんかを確認した後、マスターは井戸へと向かう。誰か1人だけならともかく、街の中に被害が出ているということはそれらの人間が状況にあったということに他ならない。
つまりは、食べ物か水。そして俺は原因にあたりをつけることに成功している。
「マスター、これはすぐには治らないんじゃないか?」
「かもしれません。でも放っておくのも……」
考えている通りの原因なら、増えるのは減らせても治療は難しいように思う。正しくは、時間に任せるしかない部分もあるのだ。
その答えは、井戸の蓋を開けた時に感じた。
「やはりな。マスターにもそろそろ見えるか感じられるんじゃないか?」
「ええ。水中に溶けだした変質したマナ……それの取りすぎと、外に出すことが不調なんでしょうね」
まるで混じり物がある水のように、井戸の中は俺からするとマナ臭かった。こんな匂い、この前のドラゴンの骨があった洞窟の川以来だ。あの時も同じような匂いは感じていたが、まだ爽やかさがあった。だがこの街の匂いはどうだ。
マナではあるものの、いつも感じているマナとは物が違う。
「結局、娘は治るのか?」
「1日では難しいです。ですが、今日から煮炊き、そして飲む水を今から言う方法で用意してください」
マスターの告げる内容に、半信半疑ながらも店主は頷きを返した。俺たちから提案できる方法は、これ以上何かがおかしい水を使わず、飲まないこと。ただし、あくまでそのままでは使わない、飲まない、である。
まずは汲んだばかりの水は使わない。水瓶に溜めた後、良く洗った石英混じり、無ければただの石でもいいがそれを底に一掴み沈める。何日かかに一度、その石は取り換えること、とした。
石や宝石、石英なんかはマナを吸収しやすいのだ。効果は違うが、ただの石でも段々とマナを帯びる。その性質を利用して水瓶に溜まった水からマナを少しずつ抜いていくのだ。
俺とマスターが見る限り、マナがおかしいのは水である。当然、土も水が染みていくわけだから影響は受けているのだろうが、土を食べることはないからな……まだマシだったということだ。一般的に子供と老人の方がマナの許容量は少ないし、特に子供は色々と影響を受けやすい。
そんなことをマスターはかみ砕いて店主に説明し、実行させた。宣言通り、すぐには無理だったが数日後にはだるさが軽い気がするという発言を皮切りにどんどんと少女は元気を取り戻した。すぐに飲めないのはめんどくさいなあと軽口を言えるぐらいにはなったのだ。
店主からはすごく感謝され、街にいる薬師にも手段を伝えることになった。結果として、ひとまず街の謎の病による患者は減っていったように見えた。
「それでも原因がはっきりしませんからね」
「だから探索する……と。マスターもお人よしというのか物好きというのか」
そんなマスターだからこそ放っておけない。少し恥ずかしいのでそこは心の中でつぶやいて2人、街を一度出る。向かう先は川の上流。このあたり一帯の水源地帯だ。




