CBM-022
「そうかそうか! なるほどなあ。やはり、魔法にも根性が必要ということだな」
おおよそ、この部屋には似合わないだろう豪快な笑い声が響く。どういう態度を取った物か決めあぐねている俺たちと違い、向かいに座る男、サーミッド王国の王子、ブレグは豪快に笑っている。
最初は無難な話でごまかそうとしたマスターだったが、鋭いまなざしに変わったブレグがきっぱりと言い切った。実際のところが知りたい、と。メイジャーの忠告というのか、信じる人はあまりいないだろうという予想がいきなり外れた形である。
結局、覚えている限りは話すことになったマスターも少々お疲れのようだ。それもそのはず、どうやったらこんな立場の相手に話すことになるのか、事前にわかるはずもない。
「コボルトでもこれだけのことができる、うむ。召喚士は数も多くはない。ゆえに使役する怪物も強い方が良いという連中の方が大多数だ。コボルトよりもオーク、オーガ……あるいはワイバーンだとかな。それ自体は否定せん。ただな……それだけではだめだと思うのだ」
「えーっと……ブレグ王子? 怪物の俺が言うのもなんだが、話が見えないんだが」
本当はマスターの評価につながるのでもっと丁寧に言うべきなのだろうが、ブレグは召喚獣が細かいことは気にするな、喋りたいように喋れと言われてしまってはこうもなる。
聞く人が聞けば怒りだしそうな俺のつっこみだが、ブレグは気にしないつもりらしい。まるで知り合いに言われたかのようにおっととつぶやきながら後ろに立ったままのメイジャーの方を向いた。そうしてその手から渡される木箱。
「これはしかるべき値段で買い取ろう。なあに、研究所の連中もこれだけの元があれば成果を出さずにはおれんだろう。これ1つで、何十人と術者がいないと使えないような大魔法すら使えるかもしれんのだ。戦いが、変わるぞ」
開けられた木箱の中には10ほどのマナ結晶。かなり圧縮され、その利用価値は跳ね上がってるらしい。金銭的な価値というものが召喚時に刻まれた物しかない俺にはよくわからない話でもある。
「でも運がよかっただけですから」
「偶然、運がよかった……それこそ素晴らしい話だ。運よく、隣国とのあれこれがどうにかなる物が転がり込んでくるのだ」
ひとしきりマナ結晶を眺めた後、ブレグ王子は木箱の蓋を閉じ、やや前かがみになりながら俺とマスターを見る。その視線は王族というより、いたずらをする前の子供のような目つきに思えた。
「発見者から情報が漏れないように囲い込めという話も出ているが、俺にとってはそんなものは論外だ。こんな幸運を手にした者を閉じ込めてはその幸運も逃げてしまう。とはいえ、顔は見たかったのだ」
「はぁ……ありがたいことです?」
これはどう捉えればいいのか、イマイチはっきりしないがブレグ王子のおかげで自由に動けそうだなということだけはわかった。横を見ればマスターもほぼ同じ結論に至ったようである。
「聞けばマスターであるエルサは薬師でもあるとか。報酬は金品以外に、国の研究所への出入りも許可しよう。僻地には僻地の良い技法があろう。存分に学び、今後の糧とするがいい」
「ありがとうございます。田舎者の技法がどこまで通じるかはわかりませんけれども」
そう言いながらもマスターは自信ありげだ。そのあたりは実際にその研究所だったかに顔を出した時にわかるとしてだ。なんとなく、先ほどから耳には騒がしさが、鼻にも匂いが届いてきている。抑えきれずにあちこちに視線を向けた俺に気が付いたブレグ王子が再び笑い出した。
「さすがのコボルトだな。俺には何も感じないが、食事の匂いをかぎ取ったか。せっかくの機会だ、会食といこう。聞いているぞ、コボルトのわりに人間と同じ作法で食事ができると」
「見よう見まね……と言っても納得しなさそうだな。親に怒られても知らないぞ?」
ブレグ王子は気にしないで済むかもしれないが、世間的には召喚獣が食事に同席、しかも同じように食事をするなんてことは前代未聞だろう。心配しての言葉だったが、あちらもさすがに騒動を起こすつもりもないのか食事は別の場所ではなく、直接部屋に運び込まれた。どう考えても子供向けの椅子を用意されたのは少し悲しいが、人間で考えると子供な大きさなのは否定できない。
結局、外の宿で食べるとしたらいくらかかるのか。そう考えてしまうほどの食事を楽しむことができた。メイジャーも、運んできた人間の女たちも俺の食事風景に驚いているようだ。唯一、王子だけは予想通りだななんて表情だった。
食事の後は見てもらいたいものがあると言われ、外に出ることになった。出来れば厄介事がやってくる前に帰りたいところだが、報酬も貰っていないし、王子の招きを断るというのもなかなか難しい。
そうしてやってきたのは広い土地。ぱっと、訓練場という言葉が浮かぶ。そうだ、ここは体を動かすのに適している。別の方向を見れば、訓練に使うのか人形も数多く並んでいる。
その横には宿舎なのだろう建物がどんと建っている。状況的には中には兵士達がいるんじゃないかと思うのだが……さて?
「今日は召喚士の連中もちょうどいてな。紹介しよう」
「ルト君、余り気にしないようにしてくださいね」
「ああ、わかってる」
王子には悪いが、ほとんどの召喚士は本人も言っていたように使役する召喚獣の強さを気にする職業だ。当然と言えば当然で、召喚獣が死ぬなりすると少なくない被害を召喚士自身も受ける。召喚契約の魔法はそれを軽減し、もっと召喚を使いやするくするための技法だと知識が教えてくれる。
つまりは、今の俺とマスターのような直につなぐ契約による関係は現在の召喚士からいうと、欠点の目立つ古臭い手法なのだ。
一緒についてきていた兵士達が扉を開くや否や、王子は中に入り部屋を見て頷いた。見えた光景からすると、何人もの召喚士と召喚獣。召喚獣であろう奴らがみんな壁際に立っているのが印象的だった。
「ブレグ王子……わざわざお越しとは……ん? そちらは」
「ふははは、聞いて驚け。大陸最強のコボルトとそのマスターだ」
「「ちょ!?」」
慌ててマスターと共に変な声を出すも、部屋の中にいた召喚士たちの変な視線が集まることは防げなかったのであった。




