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CBM-021


 人人、人。王都に近づくにつれ、途中の村や街はどんどんと大きくなっていく。と言ってもそれらに泊まることはなく、ほぼ不休の状態で王都への向かう馬車の中だ。馬だけは途中で交代し、荷物というか中身の俺たちはそのままという手法で寝泊りも馬車の中。


「マスター、体は大丈夫か? 思ったより揺れてるようだが」


「今のところは……やはり、時間をかけるほど危険だってことですね」


「その通り。人の口に戸は立てられぬ。人目に触れる機会が増えればそれだけ話が漏れる可能性があがる。それほどの、物……」


 道中、王都からの使者でもある老魔法使い、メイジャーは俺たちと一緒にいる。それなりに人間の中でも地位の高そうな人とそんな後ろ盾もない俺たちが同じ場所にいるのはどうなのかと記憶が訴えるが、相手は気にした様子はない。それどころか……。


「古代の竜、しかも不死者か……文献で見たことはあるが、現物があるとは。むう、体が2つあればそちらに赴けたものをのう」


「今はただの骨じゃないかなと思いますよ」


 そう、どちらかというと研究、探求のとりこだった。外にいた時は普通だったのだが、他人の目が無いところに来た途端、身を乗り出してきた。俺とマスターの関係、そして、俺自身の事。


「エルサ君と言ったかな? 私は空想が好きでね。こうだったらいい、こうかもしれない、そう言ったことが好きなのだ」


「だから俺のことも信じると?」


 メイジャーは言外にこう言っているのだ。自分だからこの話は信じれるが、他はそうはいかない。特に竜の不死者がいて、力をみんなで吸い取ったなどと言わない方が良い、と。どうにか誤魔化すいい話を考えておくようにという訳だ。


「世の中、わかりやすい出来事だけで作られていたらつまらない、そう思うだけだが全員がそうという訳じゃあないということだの。どれ、もう一回見せて見れくれるか」


 もう何回目か覚えてられないほどの要請に、内心ため息をつきながらも着ているローブのような布切れの紐をほどく。そうして肩から胸元にかけてが露わになる。これが人間、マスターだったりしたら騒動だぞ?ったく……。


「……やはり、この結晶は今も生きている。土地が変われば輝きも変わるようだの。恐らくは取り外せばただのマナ結晶になってしまう。そうして元には戻らない。言うなれば特別な共存関係にあるようじゃの」


「俺は俺で、いられるでしょうか」


 胸に飛来した不安のために、我ながらどうかと思うほどに丁寧……いや、すがるような言葉が出て来た。ドラゴンの力は確かにすごそうだ。でもその力を使うために俺が俺でなくなっていくのは怖い、そう思う。


「前例がないからのう……それを言い出すと召喚獣のことも実はあまりわかってないのが実情。ほとんどは道具として使い捨てるか、良くても主従でしかない。それからすると……個人的には好ましい関係に思う……これでは不満かの?」


 黙って首を横に振る。わからないということがわかった、それだけでもどこかすっきりするし、逆に言えば俺自身の心がけでどうにかなるかもしれない可能性があると……信じられる。


 いつしか外に見える景色も自然が少なくなっていた。森は薄く、畑のようなものも多い。と、馬車の音が変わる。視線を向けると、王都近くは道も整っているからだろうとマスターには言われた。





「でっかい……でっかいな、マスター」


「私も1度来たきりです。前よりも確実に大きくなってますね」


 ついに王都が見えて来た。城壁は高く、そして分厚そうだ。多数の怪物や兵士が襲ってきたところで全てはじき返しそうな力を感じる。作り手たちの、防御への気持ちが伝わってくるようだ。


 やはりそこそこいい立場の人間なのか、大通りを進む馬車に他の馬車が道を譲る。そうしてあれよあれよという間にたぶんこれが王城だろうというところまでそのまま馬車は進むことになった。


「ここから先は兵士達による検査も入る。大人しくしておくんじゃよ」


「勿論、静かにある……マスター?」


 粛々とマスターの後ろについて行こうとした俺だが、馬車から出る前に抱きかかえられてしまった。これだと俺はマスターに荷物も背負わせて、自身も抱かせるという扱いになるわけだが……。


「自由に動けない方が安心を与えるんじゃないですか?」


「……そうだな」


 表向きはそうしておこう。俺を抱きしめる腕に力が入っており、マスターが緊張していることはいちいち言うことではないかなと思った。馬車が止まり、メイジャーに続いて馬車を降りる。そうして目に飛び込んできたのは見上げればひっくり返ってしまいそうなほどの建物、そして周囲にいるたくさんの兵士達だった。


「ご苦労。荷物は私が持つ。重要な物だからのう」


「はっ! 確認、失礼します」


 一言断られたうえで、メイジャーも俺たちも荷物検査をされた。武装は確認の上、預けるようにと言われたのでその通りに。マスターの持つ薬たちは念のために預けておいた方が変な疑いはかからないだろうとのことで同様に、だ。結果、俺たちは衣服と簡単な装飾品、財布以外は身に付けていない状態だ。


 最後に問題になったのは俺自身。なにせ怪物である……見た目からは首輪以外判断が付かない。何か紐とかで口や手でも縛ったほうがいいのか?と思うところだ。俺1人ならお断りだが、マスターと一緒なら何かある心配も薄いように思う。


「マスター、手持ちのリボンでくくってくれ。そういう姿勢が大事だろう?」


「ありがとうございます、ルト君」


 俺をあまり縛り付けるのを望まないだろうマスターへの妥協案。拘束力はほとんどないだろうが、王都側へも配慮してますという姿勢になると考えた。というか、俺は見た目はただのコボルトだからな。兵士もたくさん、しかも恐らくは優秀な奴らもいるだろうからただのコボルト1匹にあまり強く言わないだろう。


 そうしてメイジャーを先頭にどこかへと案内され、待つように言われる。調度品の値段に内心恐怖しつつ、待つことしばらく。気配だ……敵意はない。が増えている。


「マスター、来客だ」


「え? そうですか……」


 そうマスターが言うが早いか、勢いよく扉が開かれた。驚いた俺たちとは対照的に、部屋にやってきた相手は俺とマスターを見るやのしのしと歩いてくる……そしてなぜか俺を持ち上げた。


「随分と小奇麗なコボルトではないか! うむ、いいぞいいぞ。召喚獣もこうでなくてはな!」


「あ、あの……?」


 俺を持ち上げたのは人間の青年、かなり鍛えられた体をしているし、実力も確かだ。というのも、掴まれた状態で俺は動けないし、噛みつこうにも絶妙な距離を保たれている。つまり、こいつはコボルトというものをよく知っている。


「ん? おお、すまんすまん。貴様がこれのマスターだな。俺の名はブレグ、この国の王子だ……ん、どうした、そんな呆けた顔をして」


(王子? 王子……王子? あれだよな、そいう名前じゃなくて……えええ?)


 子供のように持ち上げられたまま、俺も困惑するしかなかった。視線を向ければ、入り口付近で額に手をやって首を振っているメイジャー。あ、これ……そういう奴?


 突然の嵐のようなブレグとの出会いは、波乱の予感たっぷりなのであった。



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