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CBM-019


 ああ、俺は死んだのか。


 直感で、そう感じた。それ以外に説明しようがない状況だ。ふわふわと、どこかに浮いているような感覚。1度だけ、川に浮かんだことがあるがそれに似ているだろうか。


 目を開いたつもりだが見える物は光、靄のような白い光だ。だとするとあの場所でマナを吸収し続けている状況のままなのか?と言えばそうではないとわかる。だとすれば後は1つ、俺が死んでしまったからだ。


「召喚の契約が切れるとこうなるのか?」


 声が、出た。でもちゃんと声に出せたのかは怪しいところだ。体中が鈍く、動かしにくいがそれでもなんとか手を握り、首を動かした。見える物は白い靄のような光ばかり……いや……。


 ぼんやりしていた意識が少しずつはっきりしてくる。見つめる先で、白い光は形を作っていく。それは輪郭がひどく曖昧だけど、間違いない……ドラゴンだ。


「ちっ、まだそんなに形が残ってるのか……全部吸収してやるつもりだったのに」


 言いながらも、無理だっただろうなと自分のどこかがささやいてくる。所詮、自分はただのコボルトではないかと。多少は我慢できても限界があるじゃないかと。いつもならそうだなと頷く心の声に、この時は妙に苛つきを覚えた。


(誰が、その限界を決める? 俺だ、俺自身だ)


 ひどく人間臭い考えだなという自覚はあった。もしくは召喚獣たちは本当はこうやって考えることができるのかもしれない。だとしたらとても残酷なことだ。言葉にすることが出来ず、召喚主の命令に従うままの召喚獣の方が圧倒的に多いのだから。


 そんなことを考えてなんとか意識を保ちつつ、ドラゴンらしき相手を睨む。まだ動いて、どうにかなるのなら少しでもマナを……マナをどうするというんだ? 周囲にはマスターも、人間たちもいない。となるとここはどこだ。


『ここはマナと実世の境目だ。小さきものよ』


「……境目」


 名乗りを上げずとも、相手のドラゴンが喋ったということがわかった。俺もそのまま口にし、相手の言うことを理解しようとする。召喚獣に限らず、生き物は死ねば体からマナが抜け、どこかに行くという。元々のマナ量と、抜けていったマナ量は同じではない。人間はそれを魂というらしい……まだ、刻まれた記憶は思い出せる。


『この場所では時間はあまり意味を持たぬ。この瞬間、お前は今にもはじけようとしている』


「だろうな。コボルト、ああ……所詮はコボルトだ」


 わかっていたことだが、こうして実際につきつけられると悲しい気分が沸き起こる。認めよう、間違いなく目の前の相手はドラゴンと呼べる相手であり、その力の差ははっきりしている。普通に考えたら、マナを吸収しきろうなんて無理な話だ……だけどっ!


「安心した」


『何?』


 一歩、また一歩と相手に向かって進んだ。不思議と、地面も感じられないけど俺が念じれば前に進めることがわかる。そうして近づけば相手の強さもより鮮明になっていくというものだ。これでもだいぶ減っているだろう相手の力に、生前はどれだけの相手だったのかと怖くもあり、尊敬のような気持ちさえ湧いてくる。


「俺が死んでいないなら、最後までマナを引っ張れる。そうしたらマスターが生き残れるかもしれない」


『怖くはないのか? やっていることが無駄になるかもしれん。むしろ、まず間違いなく成功しない』


 失敗するだろうな、という答えの代わりに目の前まで来たところで、その口元にある牙らしい部分を握りこんだ。途端、単純に力の流れが自分に入ってくるのがわかる。今にもはじけ飛んでしまいそうだ。


「ああ、怖い。怖いさ……一番怖いのは、打てる手がまだあるかもしれないのにあきらめてマスターも危険にさらすことだ」


『どうしてそこまであの人間を信じられる。ただの召喚契約の主従であろう』


 確かに、まだ出会って日も短いし、何か豪華な装備を貰ったわけでも、美味しい目にあわせてくれたわけでもない。ただ一緒に過ごし、召喚士と召喚獣としてだけでなく、1人の人間とコボルトという2人で生きているだけだ。


 結局のところ、それだけでいい。俺にとっては、それが何よりも大切だ。一緒に太陽に照らされ、一緒に風に吹かれ、一緒に雨をしのぎ……一緒に、生きる。そのことが何よりも心を温かくする。そう心だ……俺は今、心を持てている。心があることのなんと嬉しく、なんと恐ろしい事か。知らなければこの失うかもしれないという恐怖は無かったのに。


 それもこれも、エルサが俺を助け、危険を承知で直に契約をしてくれたからだ。他の人間からすると、俺を助けたのは彼女の自己満足のためだというかもしれない。実際、そうなのかもしれない。それでも既に俺は彼女にそれだけの恩の様な物を感じている。 


「俺はマスター、エルサを守り、共に生きたい。俺が俺であることを助けてくれた彼女のために、この力、存在全てで最後まで一緒にいたい」


『そうか……羨ましいことだ。我のマスターもそうであれば……』


 最後の方はほとんど聞こえなかった。だがなんとなく、そうなんとなくだがドラゴンの素性が少しだけわかったように感じた。でも俺はそれどころではなくなっていた。


 どんどんとマナが流し込まれてくる。今まで抵抗があったところが全くなしだ。中へ中へ、それでも足りないのなら器よ広がれと念じながら力に耐える。


『どうせなら賭けに出るのも一興か。小さきものよ、汝と汝の欲する未来への灯を』


「ありがとう。名も知らぬ先達よ」


 ふっと、そんな言葉が口から漏れ出た。後のことはあまり覚えていない。確かなのは、光に飲まれながらも最後まで外に力は放り出さなかったということだけだ。







「ルト君っ!」


「マス……ター?」


 次に目覚めた時、俺は寝かされていた。ごつごつした感じを背中に感じるし、目に見えるのも岩肌、となれば外にはまだ出ていないのだろう。と、こちらに呼びかけていたマスターの顔を見れば、俺の顔に滴。何のことはない、エルサが泣き出してしまったのだ。


「マスターを泣かせるなんて、召喚獣失格だな」


「ぐすっ、本当ですよ。帰ったらたっぷり働いてもらいます」


 それは勘弁してほしいなと言おうとして体がほとんど動かないことに気が付いた。首だけを何とか動かして体を見れば、毛布が1枚かぶせられていた。でもちょうど俺の胸元あたりに妙なふくらみがあるような……あ、引っ込んだ?


「? ルト君、ちょっと覚悟を決めてくださいね」


「お、おう……これは」


 マスターはどうやらふくらみの正体を先に見たようだ。ゆっくりと毛布がどけられた先の俺の胸元には、マナ結晶のようにも見える小さな結晶が1つ埋まっていた。それがゆっくりと体に沈み込んでいる。結晶は俺の胸の中央あたりに輝いている。不思議と不快な感じはなく、むしろ温かみすら感じるように思う。俺はそこに、あの光の中で出会った相手の存在を感じた気がした。


「マスター、光の中でドラゴンに出会ったよ。力を貸してくれるって」


「そうですか……まあ、今のうちは何かを羽織って、外だと革鎧でも着こみましょう」


 まったくもってその通りである。見えたままでは目立って仕方がないだろう。そうこうしているうちに、なんとか体が動くようになってくたので体を起こす。周囲にはまだ気絶したままの人間たち。


「動けますか? みんなを起こして、拾う物は拾って帰りましょう」


「ああ、そうしよう。帰るまでが依頼だもんな」


 まだだるさの残る体をどうにかして動かし、人間たちを起こして回る。生きていることに驚くやつらばかりだったが、儲けを持って帰れそうとなれば喜びが湧いてきたようだ。そのまま荷物をまとめ、帰り道を歩く。


 途中、崩落していたという場所は幸いにもみんなで時間があればどうにか出来る物だった。


 重い体をなんとかごまかしつつ進み、ようやく外に出る。今日は近くの安全な場所で野営とし、体力が回復したら陣地に戻ることにした。


 一番疲れてるだろうと言われ、俺とマスターは先に寝るように言われてしまう。小さめの天幕に押し込まれ、起きていたら駄目だと言われてしまっては仕方がない。


「朝、起きれるでしょうか」


「さあな、起こしてもらうつもりでもいいんじゃないか?」


 疲れてはいるが、なんとなく寝られなかった。だからおしゃべりは止まらない。


「骨……ただの骨になってたな」


「きっと魂が抜けたんでしょうね」


 そう、水晶に閉じ込められていたドラゴンの骨からはもう特別な何かは感じなくなっていた。もちろんドラゴンの骨となればそれだけでも後から取りに来るだけの価値はある。特別は、俺の体の中にあるようだった。


「マスター、俺は一緒にいるよ」


「ええ……」


 色々な意味を込めた言葉に、帰ってきた言葉も色々こもっていそうだった。そうして、いつの間にか眠気が俺を襲ってくる。願わくば、これが夢ではありませんように。そう思いながらその眠気に体をゆだねた。





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