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CBM-001


 召喚される前のことは、あまり覚えていない。確か同族はそこそこいたと思うが、日々の生活なんてあってないようなものだった。山を走り、獲物を狩り……食べて生きる。同族の子供を守り、いつか死ぬ。それまでの間を守ることが出来ればそれでよかった。


「ルト君、寒くないですか?」


「だから君は……まあいい。伊達に毛皮があるわけじゃない」


 火を調整するふりをして、マスターの方へ少し薪を多くする。ああ、思い出した。確か火は使っていたな。敵から身を守るために使っていたような記憶がある。


 気を取り直すようにたき火を眺めていると考えがぐるぐるしながらもまとまってくるのを感じる。何をするにも状況の把握と、休息からであると。これは召喚の時に刻まれた常識もそう教えてくれる。そんな沈黙に耐えられなかったのはマスターの方だった。


「ここは大陸でも南の方にあるサーミッド国、その北東にある国境近くですね。地方だからか、あまり人の手が入っていないのでいい薬草が多いんです」


「その割には平和そうだが……ああ、街道が近いのか」


 刻まれた知識に頼りっぱなしというのも面白くはないが、今は仕方がない。本来のコボルト戦士の知っていることなど、自身と一族の集落、周辺の狩場ぐらいなものだ。


 大陸の名前はさすがにわからないが、いくつかの人間の大国、そしてたくさんの小国が隙間を埋めるように乱立しているという。それらの国をつなぐ街道、そこには人間たちが生きてきた工夫が仕込まれている。


 それは、一定の距離ごとに埋め込まれた特別な物が怪物を遠ざけるのだ。その結果、俺のような亜人種まで遠ざけることになったのは……意図したものなのかどうか、知りたくはないが厄介なことだ。


「でも不思議と、契約された子は通れるんですよね。ともあれ、私もそこを通って次の町へ向かい、いつものように薬でも売ろうかなあと思ってました」


「ついでに採取でもと思ったら俺がいた、と。顔も知らない神様に祈るべきってやつか」


 コボルトは神様を信じない、正確にはそんな文化もない。だから今のは俺なりの場を和ますためのジョークってやつだがエルサは本気に受け取ったようで、徐にどこかに祈り始めてしまった。俺も何か言える状況ではなく、2人の間にあるたき火の音だけが夜の闇に響く。ちらりと見るエルサは慣れた手つきで過ごしている。一人旅は、長いのだろうか?


 彼女が俺にやってくれたのは召喚魔法による召喚と契約ではなく、直に契約して繋ぐという危険を伴う物だと知識が教えてくれる。かつては直に契約するしかなく、その前に怪物に殺されてしまったり、あるいは直の契約ゆえの問題……どちらかが死ぬまで基本的に解除できないということが問題だったらしい。


 そうして生み出されたのが召喚魔法と契約。自分の力量以上の物は召喚出来ないが、召喚陣がある限りは契約をしやすく、魔法を間に挟むことで任意の解除ができるのが重要だ。その代わり、直に契約した時よりも繋がりが細くなるということで色々な結びつきが弱くなるらしい。


 どちらにしても、マナの融通や意思疎通等、基本的な部分は同じらしいのだが……。


「夜が明けたらまずは町か」


「私はまだ野宿に問題はないですよ?」


 わざとなのかそうでないのかはわからないが、子供がするように首をかしげるエルサ。その動きに従うように揺れる膨らみ。


(本当に大丈夫だろうな? 自分でわかってないだけで騙されて体を売ってるとか無いよな?)


 思わず人間のことだというのにそう心配してしまうほど、自分の体に無頓着に感じる。実力はあるようだから、ある意味そういう視線を集めたり、被害を受けそうになるのはあきらめて撃退でもしてるのかもしれない。うん、そう思うことにしよう。人間の知識が刻まれたからと言って、諸々の好みまで人間らしくなったわけじゃあないのだ、決して。


「コホン。俺がこのままだと討伐されかねない。召喚獣は決まった首輪とかを身に付ける決まりだったはずだ」


 自分で自分のことを獣扱いするのは悔しいところだが、世間の評価は文字通り、獣だ。そのことを示すように何もない首元で指を動かす。今気が付いたとばかりに手を叩くエルサ。最初は買い忘れたとか言っておけば多分いいんじゃないかとは思うが……早い方が良い。


 その後もあれこれと話しているうちにエルサはうとうとしだした。野宿に問題はないと言っていたのにな……だが、さっそく役目が来たと思えば嬉しさも沸き立つというもの。この感情が召喚されたからなのか、それとも俺という自我を救ってくれたことへの恩義なのか、それはわからないが今の気持ちはニセモノではないと信じたい。


「度胸があるのか、何も考えてないのか……わからんな」


 そうして、そのまま1人で見張りを続けていくうちに夜明けの時間がやってきた。白く、そして青い世界が。




「……あ、ごめんなさい」


「それが召喚獣の役割だ、問題ない。起きたのならちょうどいい。少し早いが、雨が来ないうちに進むほうがいいかもしれん」


 まだ起きるのには早いからとたき火に枝を追加したことで大きな音が立ったので起きてしまったのだろうか、唐突にエルサが身を起こす。この動きは、旅慣れているのだなと感じる物だった。案外、獣や怪物が近づいてきたら察知して起きれるのかもしれないな。


「ルト君は天気が読めるんですか?」


「風上で雨が降っていればな……後は経験だ」


 起きてきたのを見、簡単にお茶と携帯食料のみで朝食とし、火の始末をする。そのままエルサを先頭に歩き出した。こうして背負っている姿を見るとその荷物の量に驚く。いくら鍛えてると言っても限界がありそうなものだ。見上げるような俺の視線に気が付いたのか、エルサは背負いなおしつつその袋を後ろ手に叩く。


「どちらかというと中身よりこの袋の方が大事ですね。全体も丈夫ですけど底に飛行石、マナを少しずつ吸って浮く石を加工して編み込んであるんです。軍人さんも採用してる逸品なんですよ」


「なるほど……勉強になる」


 さすがの召喚知識もそこまでは教えてくれなかった。というかマナ切れの時に抜けていった知識にあったかもしれないが。


 と、少し遠くにそれを感じた。見える範囲には誰もいない、でも感じる。


「マスター、止まれ」


「はい? 休憩ですか?」


 それには答えず、手にした召喚時から手にしているナイフを……草むらに投げつける。見つかったとは思っていなかったのだろう。草むらにいた何かに突き刺さり、小さな悲鳴を上げて相手は絶命した。仕留めたのは角ウサギ。額に手のひらほどの角を持つ普段は大人しい生き物だ。


「飯か、売るか、どちらにしてもいいだろう」


「よくわかりましたね」


 確かに隠れた状態の角うさぎはなかなか見つけられない。大きさは俺の3分の1程度というとわかるだろうか? 今回は運も助けてくれた。でもそれを言うのは何か気恥ずかしく、耳と鼻は良いからな、なんて強がってしまった。そのまま血抜きなどの処理をする間、背中に向けられた視線が妙に優しかったような気がしたのは気のせいだと思いたい。


 その後は特に何かを見つけることなく、遠くに人間の作った何かが見えてくる。あれが……城壁か。


(思ったより大きく、とんでもないな)


 こうして知識を得て初めて、そのすごさがわかる。油断できない、そういった気持ちも一緒に湧き上がってきた。マスターを、エルサを守らないと、そう思う。


「止まれ! そいつは召喚獣か?」


「はい、そうなんです。でも首輪を買い忘れてしまいまして……」


 門番はちゃんと仕事をするやつだったようだ。目ざとく俺の首に何もないことを見、エルサを問い詰める。だが予定通りの言い訳に頷き、エルサだけ先に首輪を買いに行ってくるように言うのだった。


「マスター、待っている」


「うん。今度は大丈夫だから」


 気になる言葉を残し、エルサは町の中に消えた。俺はそんな彼女の立場が悪くならないようにと、門番の監視の元、大人しくしていた。元々コボルトは森の中で平和に暮らす種族だ。ぼんやりすることは得意であるってそんなことが得意でも自慢にはならないな。


 しばらくして、ちゃんとエルサは戻って来た。その手にある首輪は……問い詰めたくなるほどの物だったが、仕方ない。内心の葛藤を押し殺し、されるがままに首輪を身に付ける。


「似合うよ、ルト君」


「出来れば早く買い換えたい」


 えー?なんて言葉を聞きながら、俺は桃色の首輪をつまむがエルサは気にしていないようだ。在庫はきっとこれしかなかったんだ、そう自分に言い聞かせながら同じように門を通る人間たちを眺める。



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