CBM-018
ウチのマスター、エルサはとてもいい人間だと思う。俺みたいな捨てられた召喚獣と直に契約を試すなんて危ないことを出来る人間だ。召喚士が10人いたとして、何か理由もなく直に召喚契約を行える人間は1人もいないだろう。よほどのことが無い限り直に契約はしない、それは俺の頭に刻まれた知識からもわかる。
失敗は最悪、死。よくて今後のマナの行使に大きな影響が出る危険な方法。その分、召喚獣との結びつきは今、主流の方法とはかなり違うようだが、それまでだ。不要になったら切り替えるぐらいの契約と、最後の瞬間まで共に並び立ち、主従である……そんな違い。
けれど……。
「ルト君、先に逃げてください。ここは私が……マナを少しでも散らします。そうしたら逃げる時間は稼げるはずです」
地揺れは不定期に続いている。これは明らかに目の前にいるドラゴンの骨が動こうとしているからだ。だとしたら本当に目覚めたらここがすぐに崩落するのは間違いない。だとしてもだ。
「馬鹿なことを言ってないで一緒に逃げよう! 今なら」
間に合う、その言葉は口に出来なかった。俺から見てもあまり時間はなさそうに見えた。しかもここから出口までは半日近くかかったのだ。仮に走り続けてもそんなに早くは地上に出られない。間に合えばいいが、そうでなくては先行した人間たちと一緒に山の中、ということだろうか。
「出来るのにしない、それで後悔はしたくないんですよ」
「だからって! ドラゴンだぞ、マスター! たかが人間が吸い取れるマナ量じゃあない! それに、それに!」
この時ほど、人間と喋ることができるようになって感謝したことはないし、恨んだこともない。喋ることができないのであれば、問答無用でマスターを引っ張ってでも連れて行こうとしただろう。喋ることができるばかりに、会話でどうにかしようとしてしまっていた。
(今からでも遅くない。マスターから杖を取り上げて……)
覚悟を決めて見上げた先で、マスターは既に杖をドラゴンの骨に向けて何かを詠唱し始めていた。それは力ある言葉、呪文以前の、つぶやきのような物。既に、始まっているのだ。
「ルト君、早く」
「……いいや、俺はここに残る」
そこで初めてマスターが俺の方を向いた。杖は相手に向けたまま。ゆっくりと。マナの糸らしきものがマスターから伸び、それに応えるようにドラゴンからも何かが伸びてくる。もうすぐそれは接触し、つながることだろう。
「俺はマスターの召喚獣、コボルトだ。そして俺はコボルトナイトとして仲間を守るために生きたい。さあ、俺にも流すんだ」
「危険ですよ」
だからどうした、そう背中で語って見せる。ずいっとマスターの前に出て、マナの供給をしやすくする。後ろでしゃがみこんだマスターが左手で俺を抱き寄せ、そのまま俺を腕の中に収めたままで続きを始める。
もうすぐ……もうすぐ糸がつながる。
「おいおい、お嬢ちゃんたちばっかりかっこつけてもらっちゃ困るな」
背中にかかった声は、先に逃げたはずの人間たちの物だった。慌ててマスター越しに振り返れば、全身を土に汚した男たち。驚くことに、全員いる。
「単純に、ちょっといったところが既に崩落しててね。まだこっちのほうが川があるからマシかなって戻って来たんだよ」
「ちょ、言うなよそれはさ……」
緊迫した状態だというのに、笑いが周囲に広がる。マスターも杖は離さず、笑っている。と、そんな笑いの追加の地揺れで中断。全員でドラゴンを見る。気のせいか、瞳のある部分に光が集まってるように見える。
「ルト君、ルト君は召喚獣です。だとするとこの中の誰よりもマナを飲み込める可能性があります」
「上位種への進化……か」
頷き。同時に分の悪い賭けなんだなということも伝わってくる。普通は他の怪物等を倒し、その経験とマナを取り込むことで起きる可能性があるとされていること。マナを大量に取り込んでということは可能性でしかなく、証明されていないのだ。
かといって、マスターも含めて普通の生き物のマナ貯蔵には限界がある。
「みなさんに適度にマナを流しつつ、残りはルト君に頑張ってもらいます。駄目なら私も一緒ですからね」
「細かいことは良い、やろうぜ」
覚悟の決まってるらしい男たちに、腕を上げることで答える。マスターに抱きかかえられたままというのは格好がつかない気もするが、今さらだ。
そうして……マスターからのマナの糸と、ドラゴンからのそれが接触し……糸が燃えるかのようにマナが流れ込んでくるのを感じた。
「く……あっ……」
「くそっ、もう限界かよ」
すぐさま後ろの人間たちが苦悶の声を上げる。それもそのはずで、一気にマスターから周囲にマナが分散し、吸収され始めているのだ。入りきらないとなるとマナはあたらしい入れ物を探し、そして俺やマスターを選んだ。
抱きしめられたままで、マスターの息が上がっていくのを感じる。俺に出来ることは、ひたすらにマナを吸収することだけだ。
終わりの見えない戦いに思わず顔を上げ、ドラゴンを睨む。大人しく寝ておけと。
「マスター、遠慮するな。俺は、今度は守って見せる」
「……信じてますよ」
既に周囲には見えるようになったマナの光でいっぱいだ。一時的な視界だとは思うけれど、とんでもない状況である。その中でも俺とマスターのつながりは一層濃い光で結ばれている。最初は指先ぐらいだった物が、いつしかちょっとした木の枝ぐらいだ。それもどんどん太くなっていくだろう。
(なんだよ、やっぱり危険なんじゃないか)
マスターは直に契約することがそんなに危なくはないようなことを言っていた。だがこうしてみればその危険度はすぐにわかる。俺とマスターのマナの糸は、心臓と心臓につながっていた。これではどちらかに何かあれば片方も無事では済まない。マスターはきっと、無理を承知でぎりぎりで契約を破棄か何かするつもりだったんだろう。
「もう、何もわからない日々は嫌だ。俺は、マスターを守る!」
いつしか地揺れは感じなくなっていた。それどころではないからかもしれない。
熱を帯びてきた体を心でしかりつけ、しっかりとドラゴンを見る。そうしてマスターからむしろ奪い取るようにしてマナを吸収し始めた。
「来いよドラゴン! 俺に全部よこせ!」
それは幻覚か、本当のことか。ドラゴンの両目が一際光ったかと思うと、俺は白い光に包まれ、どこかに吹き飛ばされるような感覚に襲われた。




