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CBM-014


「何者っ!」


 問いかけに答えず、しっかりと地面を踏みしめてさらに加速する。そうして向かう先は、馬車に襲い掛かろうとしている鹿の1頭。足先に行くと蹴られるので、後ろ脚の付け根付近が狙い目だ。一撃で殺す必要はない。多少切り付けてやれば勝手にいつもの動きが出来なくなり、さらに的となる。


 軽い跳躍、そして体をひねりつつ鹿へ切り付ける。予測通りの手ごたえと血しぶき。悲鳴と共に相手の体が揺れる。


(これで……何!)


 俺の持っている知識のとおりであれば、もう抵抗できないはずだった。だというのに傷ついた鹿はあきらめるどころか、甲高い声をあげると全身に力をみなぎらせてきた。傷口もなんだか無理やり塞がれてるような気配さえある。


 この世界に生きている限り、生き物とマナは切っても切れない関係だ。それは人間でも怪物でも同じ。そしてマナは充実するほどその生き物を強く、賢くする。あるいは、覚悟を決めたときにも……。


「速いっ」


 迷わず2本の剣を体の前で組み、防御の姿勢を取る。そこにつっこんでくる鹿……その角が刺さらなかったのは幸運だった。体格の違いから綺麗に吹き飛ばされてしまうが逆にそれを利用してしっかりと距離を取ることに成功する。


 視線の先では、最後の抵抗とばかりに暴れる鹿が人間を1人巻き込み、角に体を突き刺したまま振り回し……人間はそのまま倒れるようにして動かなくなった。自分の力を示すように嘶く鹿。


 そちらに見惚れていると頭上に影。襲い掛かってきたのは別の鹿だ。鹿と言っても既に怪物に足を突っ込んでいるようで、その角は鋭いし、けられただけでも大変なことになる。回避行動をとる直前、その体が草に拘束されるのが見える。


(よく見てるっ!)


 物陰から援護してくれているマスターに感謝しつつ、今度は危険を承知で踏み込み……首筋へと切り付けた。血しぶきが舞い、匂いもひどいことになるが仕方ない。さすがにこうなれば動けない。まずは1頭……次は……。


 いつの間にか馬車の足は止まっていた。いよいよ覚悟を決めたようで、迎え撃つことにしたようだ。その様子を見た俺はマスターに合図。すぐさま乱戦の最中にマスターの放った風の塊が飛び込み、大きな音を立てる。


 人間たちは気が付かなかっただろうが、その時同時にマスターにはある物を打ち上げてもらっている。投げたところで爆発し、色のついた煙を広げる物だ。敵を倒すには使えないが、人を呼ぶのには使える。


 吹き荒れた風により調子を乱された鹿たちは唯一の武器であったその勢いを失う。それからは早かったように思う。人間にも犠牲は出たようだが、鹿の方は全滅だ。


「……主の命により、乱入させてもらった」


「召喚獣?……そう……か」


 こちらを警戒している人間たち、それはそうだ……俺はコボルト、怪物だ。たまたま召喚され、今は契約を得ているからこそこうして話せるが本来は鹿以上に人を襲う存在なのだから。召喚獣の証拠とばかりに首輪、そして揃えられた装備を見せつけてやると、ようやく認識してくれたようで相手の武器が降りた。


「マスター、もういいぞ」


「ええ、助かりましたよ」


 姿を現したマスターにどよめき。どうやら連中には魔法使いはいないようだ。もしいたならば、マスターが何度も使った魔法の気配を感じ取ったはずだからだ。隠しているのかもしれないが、まあそれは今は関係ない。


 マスターに視線が集まるのを感じながら、念のために鹿たちが息絶えているのを確認しておく。死んだふりということも否定できないのが怪物の怖いところだって人のことは言えない。


「このあたりはまだサーミッドの領内のはず。追っていたか、追われたので入ってしまっているということで?」


「あ、ああ。相手の数がわからないからな。安心できるまで狩らせてもらおうと思っていたんだ」


(その割にはわざと親ではなく子供を狙ったっぽいが……まあいい)


 本番は、これからだ。この土地で俺たちが受けている仕事は大きく分けて2つ。1つは周辺の狩りや採取を行い、生活をしていくこと。これによりこの土地で生きることができるということで人が増えやすくなる。そして、もう1つが国境を超えてきているという隣国の兵士と出会った時の連絡と足止めだ。


「あの鹿は多少頂いても?」


「勿論。全部は無理だが……ああ、いや。仲間が心配だからな、君たちさえよければ全部」


 その言葉に、俺もマスターも確信した。わざとだ、間違いなくわざとだと。今も見えている子供の鹿のように、積んでいけばいいのだ。そもそもどうして馬車を同行させているのか。訓練されて、こうして戦いの最中でも興奮してどこかに行ってしまわない馬というのは貴重だというのは俺でもわかる。


 そんな危険を冒してまで動くのは、何かを運びたかったからに違いない。そう、まき散らすためのイケニエとかな。そうでなければ、けが人だっているのにその補填となる鹿を放っておく理由が無い。一刻も早く、この場から離れたいという気持ちがばればれだ。


(俺たちという目撃者がいるから、その作戦は使えなくなったと考えていそうだな。となると後は……)


 相手に見えないところで、尻尾を事前に決めた通りに揺らす。それが伝わったらしく、マスターは、相手と交渉を始めた。とても全部は持っていけないし、互いに処理をして有用な部位だけでもお互い持って帰るのが一番いいだろう、そんな提案を一緒にしながらだ。


 これは普通に考えたらお互いに損のない話だ。普通なら……な。だが、この兵士たちにとってはあまり良くない話なのだろう。少しでも早くこの場を離れたいだろう状況……いや、それこそ鹿の処理をするために手がふさがる俺たちを殺そうとだってするかもしれない。


「本当にいいんだ。今はけが人を治療させたいし……」


「ほー、だったらウチに来いよ。けが人病人は国に関係なく、受け入れてやるよ」


 はじけかけた交渉の場に、別の声が飛び込んでくる。匂いと気配はだいぶ前からあったのだが、思ったより早かったなと思う。それだけこの問題が厄介なのだろうなと思うことになった。


「お前たちは!?」


「なんだよ、ここはサーミッドだぜ? 兵士がいて当たり前だろうが」


 そう、打ち上げた合図の煙を頼りに、陣地から駆けつけて来たサーミッド側の兵士たちである。さあ、どう動き出す?






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