CBM-013
戦いは慎重に、そして必要な時には大胆に。耳に届く音、鼻に届く匂い、目に見える物、全てを使って敵と自分たちを把握し、行動する。
「これで終わりっ!」
足元に伸びた大きな葉っぱ……マスターであるエルサの使う自然魔法が生み出した大きく育った名も知らぬ葉っぱをわずかな足場に、もう一回飛び上がった俺はそのまま敵である芋虫の上空へと回り込み、後頭部に当たる部分へと刃を沈み込ませた。
そのまま横に引っ張れば、ボトリと音を立て首の部分が分かれていく。物言わぬ躯となったそれを地上に降ろし、中心付近にあるらしいそれ、人間の赤ん坊の拳ほどの塊をほじくり出した。
「マスター、またあったぞ。これで稼ぎは十分か?」
「ですね。珍しいはずのマナ結晶を体内に宿す怪物……このあたりの相手はほとんどがソレだというんだから驚きです」
大事そうに仕舞うマスターを何かから守るように改めて周囲を警戒する。近くに獣はいるようだが、同じような怪物はもういないようだ。とはいえ、そうそういてもらっても困るのだが。
先ほど倒した芋虫に奇襲を受けてしばらく。稼ぎ自体は順調だった。やはり前線とはいえ、開拓面では田舎なのだ。まともな集落も少なく、自然と生活だって自由は少ない。人間の知識を得てから覚えてしまった嗜好品の類も多くはない。もっとも、酒であるといった物は十分補給されてきているようだが。
「生えてる薬草も質が良いというのか、濃いというのか……薬師としては嬉しいんですよねえ」
その表情には少し疲れが見える。その理由は彼女自身の腕の良さにあった。試しに売り出したところ、現物支払いでもいいか?なんて申し出が来るぐらいには人気が出たのだ。売れるのは良いことだが、外に討伐に出る時間が無くなるのもまた困るわけで、現在では数を絞っている。
(気持ちはわかるんだ。軽い怪我でも早く治したいからな)
そう、より良い物をという気持ちは自然なことだが、今までの奴でもいいところにマスターのを使いたいとなってしまっては色々な均衡が崩れていってしまうのだ。すみわけ、という奴だな。
そんなわけで、今日も稼ぐ以外に強くなるためという目的のために陣地の外に出ている。今のところは……隣国の兵士と言った物には出会っていない。それが良い事なのかはわからないが、稼ぎと訓練としては順調だと思う。
「この匂いにも慣れて来た」
「最初は呻いてましたもんね」
視線の先には独特のにおいを発する……線香といったかな? 火をつけると一定時間、独特のにおいと煙を出すのだ。それは虫の怪物対策である。奇襲を受けた芋虫を始め、このあたりにいる奴が気配を隠せなくなるぐらいには動揺する匂いのようだ。その分、コボルトの鼻には少々どころじゃない驚きがあったのだが、ここで狩りをして暮らすなら必須と言われては慣れるほかない。俺たちが使わなくても他の人々が使うのだから。
結果として、効力を十分発揮した。気配が探知出来ればこちらの物だ。有利な状況から今度はこちらから奇襲をかけて仕留める。そんなことを行いながら、時折獣を仕留める。狼、ウサギ、鹿もいた。どいつも怪物になりかかっているのか、他の土地では見ない奴らばかりだ。
「このお香が効かないような奴がどこかにいるのかもしれないな。そうなったら逃げるぞ?」
「ええ、もちろん。命あっての……あら?」
聞こえてくる悲鳴。ただし、人の物ではない……同業者か? 帰り道からそう外れていないから寄ることもできるが……ああ、寄るのか。好奇心はなんとやらと刻まれた知識が教えてくれるが口にすることでもないように思えた。
(この知識もどこから来るのか……明らかに召喚者が知らない話とかもあるんだよなあ。謎過ぎる)
もしかしたら、この世界にいるとかいう神様が刻んで来るのかもしれない。もし、もしそうだとしたら……神様なんてものがいるのなら。
どうして怪物ばかりが召喚され、使役される側にあるのか……問いただして見たかった。ろくでもない答えが返ってくるような漠然とした予感を抱えつつ、悲鳴の聞こえたほうへと出来るだけ道のある場所をたどって進む。
「あまり来たことの無い方向だな……ん、気配は……10を超えてるな。相手は少ない……やはり同業者が追い立ててるのか?」
「でも10人を超えるパーティーは見た覚えがありませんよ?」
言われ、その事実に気が付いて足が鈍る。確かに……5人ぐらいが最高だった。2つ以上が合同で動いてる? なくはないだろうが……まあ、行けばわかるか。念のために気配を隠しながら進むことにする。
そうして見つけたのは、小さな馬車を守るように戦う見知らぬ男たちだった。もちろん、俺たちもすべての人間を覚えてるわけでは無いのだが、それでも見知らぬといいきれる。なぜなら、明らかに味方の兵士の服装ではないからだ。その特徴は、聞いていた隣国の物と同じ。
どうやら追い立ててるのではなく、普通に戦っているようだった。何と戦ってるかと見れば、鹿が怪物となった物だった。どうしてだかわからないが、随分と双方殺気だっている。と言っても戦いとなればそんなものかもしれないが、それにしてもだ。
「この戦力差なら逃げるだろう……どうして」
「ルト君、あれを。捨てる暇もなかったみたいですよ」
物陰に隠れ、様子をうかがっていた俺たち。そうして疑問を口にした俺にマスターが示したのは馬車の中。よく見ると、何かが外に出かかっている。それは……細くて小さめの足のようだった。瞬間、今の状況に説明が付く。
(こいつら、偶然かわざとか、子供を先に仕留めたな?)
普段の間引きであればそれはある意味正しいのだと思う。でも怪物となった彼らにとって、それは興奮するに十分なきっかけだった。家族を取り返す……その感情は人間以外にもあるのだから。
「まー、そのまま放っておいてこっち側に子供を投げ込まれてもたまりませんからね」
「なるほど、それもそうだ」
最初はこのまま決着まで見守るつもりだったが、気が変わった。マスターの言うように、罠として馬車事こちら側の陣地に飛び込むという手を使われては面倒だ。
「支援はよろしく頼む」
「ええ、わかりました」
頼もしさを感じられるぐらいには慣れて来た声を聞きながら、姿勢を一段と低くして俺は駆け出した。




