CBM-011
「先に行く」
「お、おう」
来客を告げた俺はやや大股に走り始める。後方の馬車に乗ったままのマスターとのマナのつながりを感じながら……。
(体が軽い……調子がいい時がずっと続いているようだ)
2人の特訓の成果の1つがこれだ。マスターのマナの供給で俺は召喚獣としての自我を維持している。彼女からのマナ供給が途絶えるとそのうち元のコボルトに戻ってしまう。召喚獣にはそんな問題点以外にマナに関する技がある。それがマスターからの追加のマナ供給である。
魔法使いか、同じ召喚獣からすると俺の足元にほのかに光が集まっているのが見えるだろう。ほんのわずかな供給だが、その効力は確実にいつもと違う俺を産み出す。少しだけ早い脚、少しだけ力強い踏み込み。
「まずは1匹っ!」
思い描く理想に近い動きで俺の手足は隊商を襲いに来た相手……多数のゴブリンの1匹へと死をお見舞いする。俺よりもやや小柄な姿はまるで人間の子供が異形になったような姿をしているゴブリンの首がわずかに遅れて地面に転がった。
周囲にいる他のゴブリンの注目が集まるのを感じる。一斉に襲われたら俺もまだただのコボルトだ。つらい戦いになるだろう……が、今の俺は1人ではない。
獣のような声を上げ、威勢よく人間の戦士たちがゴブリンに襲い掛かる。遠くからは矢が後方を射抜くようにして降り始めると、ゴブリンたちも慌てだすがもう遅い。俺からするとでかく感じる人間たちの隙間を縫うように走り回り、ゴブリンたちの手足を傷つけていく。
(最初の1匹は俺へと注目を集めるための作戦。本命はこっちだ!)
どうやっても結局のところ、俺はコボルトであり人間の大人の戦士とは正面から戦うべきではない。体格差と体重が物を言うのだ。これは人間が怪物や大きな獣と戦う時も同じ。ただの体当たりも、相応の差があれば必殺の一撃となるのだから。
「マスター! あいつらの後ろに浅い溝を!」
「さっすがルト君! 春の芽吹きを軽やかに! ええーい!」
とても戦いに向きそうにない呪文だが、実際には何でもいいらしい。マスターの使う自然魔法は、周囲にあるマナと自然の力を増幅したり、再現する魔法と言われている。それは使い手によって強弱が激しいために得手として使う人間は少ないと酒場で話の種に聞いた。
(ということはエルサはこれをしっかりと頭に浮かべているということだ)
今回マスターが生み出したのは、まるで春の畑のように掘り起こされてふかふかな感じの土の溝。一歩踏み入れれば如何に身軽なゴブリンと言っても足元が沈み込む。そして戦いの最中、逃げようとしてさらにそんな風になってしまえば……良い的である。
片足や、ひどい物だと腰に近いところまで埋まったゴブリンたちが全滅したのはそれからしばらくしてからだった。
「おい、犬っコロ。やるじゃねえか」
「そうだろう? そちらもただでかいだけじゃないようだな」
「ルト君!?」
挑発し合うかのような言い方に慌てたのか、エルサが俺を抱きかかえようとするがひょいっとそれを避け、人間の戦士に手を伸ばす。相手もそれを見るやニヤリと笑い、俺の手を掴んだ。友情、とは違うだろうが共に戦うことを認めてくれた証だ。
「あら?」
「お嬢ちゃんには男同士のあれこれはわからんみたいだな」
「得難いマスターだよ。さて、使える場所はあるのか?」
半分からかわれたと気が付いたマスターに怒られつつ、ゴブリンたちの後処理をする。爪を矢じりに使うぐらいだというのだから、稼ぎにはならないがいいきっかけにはなったんじゃないだろうか?
予定外、もしくはある程度想定していたかもしれないゴブリンの襲撃を跳ね除け、俺たちは進む。
そうして、小高い丘を越えた俺たちの前に、大き目の湖とその横に作られた陣地が現れる。湖からふいてくるだろう風が爽やかな気分にさせてくれるが、この土地が最前線であり、怪物と、時には人と戦うかもしれない場所と考えると風で匂うのはそのうち血となるのだろうという予感があった。
「あの場所が仕事場所だ。お前さんたちは駐留予定なんだろう?」
「ええ、一稼ぎしたいなと。腕に多少は覚えがありますから」
妙に自信ありげなマスターに少しばかり心配になる俺。そんな俺を、仲良くなった戦士の1人が抱えるようにして離れた場所へと連れて行った。何事かと思ったが、真剣な表情なので大人しく運ばれる。そしてマスターからは離れた場所で、ようやく降ろしてもらえた。
「……で?」
「別に俺たちは他人だ、それにお前はコボルトで人間じゃねえ。だから言う必要もないんだが……まあいい。嬢ちゃんを大事にしな。他と比べりゃかなりマシな場所だとは思うが、こんな僻地であの嬢ちゃんは毒かもしれん」
(ああー……なるほどぉ……)
彼の心配はもっともすぎる物、むしろありがたい物だった。確かにうちのマスター、エルサはいわゆる女性的な肉体の持ち主であると言える。旅が多いからか引き締まってはいるが、胸は人間の男を惹きつけるのに十分だろう。それに性格的にはつけ入るスキがありそうに感じるわけだ。
「感謝する。一層の注意を払おう。代金という訳じゃないが……これを。コボルトが好む木の実だ。罠に使うなり交渉に使うなりしてくれ」
「ほう、こんなのをコボルトは好むのか……ありがとよ。また仕事したいもんだ」
こちらこそ、なんて言いあってみんなの場所へと戻る。マスターは少し不満げだが、俺を男として認めてくれたという話だったというと、何故だか知らないが嬉しそうな態度に戻った。俺はコボルトで人間じゃないということが本当にわかっているのか気になるほどの態度である。
そうこうしているうちに陣地の柵が見えてくる。もう完全に防壁の類だろうと感じるその入り口から中に入ると、運んできた荷物は大いに歓迎された。一部、俺とマスターにも視線が来たが、俺の首にある召喚獣を示す首輪を見ると大体は興味を失ったように去っていく。
「まずは指導者に話を通さないといけませんね」
「軍の人間だろうが……どんな奴だろうな」
不安と、新しい事への楽しみを両方抱えながらこの場所の指導者がいるという建物へと向かうのだった。




