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CBM-009


 先手は、周囲を取り囲む怪物たちだった。わざわざ風下からやってきて、近くになったら散開、周囲を囲むなど頭もいい。群れの中でも序列が低いだろう2頭が飛び掛かってくる。


 そう、こういう場合は最初から仕留めるべく強い奴が出てくるか、群れの中でも弱く、序列が低い奴がやってくる。感じる圧迫からすると後者なのだろう。


「匂いと気配を感じ取れなかったとは……」


 ぎりりと歯を噛んだ音がした気がした。何が鼻も耳も良いだ。こんな近くまで気が付かないとは……そんな八つ当たり気味の気持ちも籠った反撃が哀れな2頭を沈黙させる。さすがに手入れされた刃だ。飛び掛かってきた2頭が地面に降り立った時には既に死んでおり、そのまま倒れ伏す。


「緑の戒めを!」


 背中の毛が、マスターの放つ魔法によるマナを感じて立つのがわかる。今のところは危ない状態ではないようだ。となれば俺はとにかく数を減らそう。


 コボルトな俺からすると相手は自身と同程度の背丈にも感じる巨大な相手だ。だがそれでも、獣の状態と召喚されて状況の変わった俺とでは……明確な力の差がある。


 襲って来た奴らが全滅するのにそう時間は必要なかった。どちらかというと後始末の方が大変だったと言えるだろう。マスターに穴を作ってもらい、そこに放り込んでいく。牙は装飾品に使えそうだが、毛皮や肉は価値が低い奴らだと聞いている。下手に放置して他の獣や嫌な奴らを招いてしまうわけにもいかないのだ。


「お疲れ様ですよ。でもこの子達どうして……」


 もちろん外であるからには危険と隣り合わせなのは言うまでもない。ただ、この遭遇はかなり不思議だ。まるで何かに追い出されたような? もしそうなら、森の奥に新しい親玉がいることになる。討伐は俺たちの領分ではない。一度戻るべき……そう思った時だ。


 遠くに、大きな音と悲鳴。ちらりとマスターを見上げるが考え込んでるばかりで気が付いていないようだ。今なら何もなかったことにして帰ることもできる……が、うちのマスターはそうすると怒りそうな気がした。


「マスター、あちらで誰か戦っているようだ。その……少しばかり苦戦していそうな気がする」


「おせっかいなのはわかってるんですけどね。行きましょう、必要そうなら薬も売りつけないといけませんから」


 頷きを返し、2人で走り出す先は森の奥。獣道よりもやや広く感じる場所を警戒しつつ走っていくと、確かに気配を複数感じる。途端、そのうちの1つが消えた。つまり、死だ。


(くそっ、間に合わなかったか? あれはっ)


 森と森の間、自然の街道とでもいうべき開けた場所で恐らく人間たちと何かが戦っている。相手は……大きいな、熊だろうか? にしては腕が四本あるから俺側、つまりは怪物だということだろう。


 近くには倒れている人間が1人。気配が消えた1人なのだろうか。まだこちらは森の中なのでお互いに気が付いていないようだ。対する人間側は男が4名と、そんな人間たちの前に少し小柄な何か。その正体は、犬型の怪物……ただし、かなり大きい。


「ルト君、あれですか?」


「みたいだ。今のところはなんとかというところだろうか」


 何かを討伐し、それを生活の糧とする討伐者、探索者なのだろう。となると下手に乱入すると取り分が減ったと騒がれることもあり得るため、念のために様子をうかがうことにする。


 苦戦が続くようなら……そう考えた時、状態は動き出す。


「おいっ、ソイツを囮にして逃げるぞっ」


「何!? 金かかってんだぞコイツ! ……しょうがねえか……おい、犬コロ。とにかくあれと戦え! 出来るだけ長く生き伸びて時間を稼げ!」


 悲しいかな、死んで来いと言われたわけではないので従わざるを得ない。なぜなら、大きな犬……魔犬とでも呼ぼうか、それは召喚獣となっていたからだ。


 召喚獣とその契約には大まかに2種類ある。1つは俺のようにどうにかしてどこからか召喚されて契約する物、もう1つは現地で相手を負かせたりして結ぶ物だ。正確に言えば後者は召喚ではないのだと思うのだが、人間はそこを余り区別していないようだ。というのも、結局は道具扱いだからなのだろう。


 俺たちが止める間もなく、男たちは魔犬を囮にして逃げ出した。1人、死んでしまったであろう仲間も置いて。


 残された魔犬は熊と向き合い、唸り声をあげている。どこまで魔犬が強いかはわからないが、最低でも苦戦はするだろう。であればやることは1つ……ここに俺たちがまた採集などに来ないとも限らないのだから。


「マスター、目と鼻を」


「なるほど、まずはということですね。ええ、そうしましょう」


 察しの良いマスターが主人だとこういう時は話が早い。俺が召喚獣として出来ること、出来ないこと。マスターが出来ること、出来ないこと。しっかりと役割分担をすることが出来れば難しく考えることは無いのだ。


 わざと遠吠えのように声を出し、森から飛び出す。すると予想通り、熊はこちらに気が付き大きく威嚇する姿勢をとった。そこに近づけば、4本の腕がほぼ同時に振り下ろされる!


(だろうなっと!)


 それを誘った俺は手にした剣を棒代わりにして熊の体に叩きこむ。硬い表皮は当然のようにこちらの攻撃をはじくが飛び上がるにはちょうどいい。そのまま驚きが顔に出ら熊の横を通り過ぎるようにして硬めに攻撃を加える。


 手ごたえは浅い……が、攻撃を受ければそこをかばうのが生き物というもの。熊も例に漏れず、腕を顔に持って行った、しかも4本ともだ。


「ならこれで……!」


 熊の悲鳴でよく聞こえなかったが、砂とか言ってたような気がする。地面から渇いているときの風が吹いたようにして砂煙が舞ったからだ。熊は顔を自分で隠すようになったためそれに気が付かない。腕を降ろしかけたところに、砂が襲った。出来れば俺も食らいたくはない見事な一撃である。


 目と鼻を奪った形になり、後は振り回される腕に気を付けながら2人で攻撃を加えるのだ。その戦いは順調に進み、ついに熊が地面に倒れる。油断せずとどめをと思った時、ずっと乱入してこなかった魔犬が飛び出してしまった。


「おいっ!」


 本当は捕まえててでも止めたかったが間に合わない。まだ絶命していない熊に一撃をと思ったのだろう。そしてその気持ちは無駄になってしまう。まだ力尽きていなかった熊の腕が1本、俊敏に動き……魔犬を振り払うようにして叩いた。


 悲鳴を上げて吹き飛ぶ魔犬。その悲鳴に熊も大きく反応したように見えた。だから俺も前に出る。


「縛ります!」


「おうっ!」


 地面から伸びる緑の紐……マスターの自然魔法で生み出された草が熊を縛っているのだ。けれども相手の力を考えるとわずかな時間だ。


(少しでも止まれば十分っ!)


 熊に駆け寄り、背中に飛び乗る。そして頭の耳を掴み露わになったそこへ剣を突き入れた。毛皮越しでは急所には届かないと判断したためだ。


 しばらくは暴れたが、ついには熊の体から力が抜け、完全に気配も消えるのがわかる。ちゃんと仕留めたのだ。それを確認し、魔犬の元へと駆け寄る。


「しっかりしろ……駄目か」


 魔犬は倒れたまま、二度と起き上がってこなかった。その体から、何かが抜けていくのがわかる。恐らくは召喚獣としての契約の繋がり。これで魔犬は野生の魔犬に戻ったのだ。その命と引き換えに。


 無言で、俺は彼の生きた証として牙を貰うことにした。加工してもらい、身に付けることにしよう。


「さあマスター。そこの人間を埋めつつ熊ももらえる物はもらって……」


「大丈夫ですよ……私は、大丈夫」


 いつの間にか近くに来ていたマスターに後ろから抱きしめられた。日常ならば俺の心を乱すマスターのぬくもりと感触も、今はどこか違う物を感じた。


 召喚獣の末路、行きつく先。その1つを知識としては知っていた俺だが、実際に遭遇したのはこれが初めてだ。マスターに抱き付かれて初めて、俺は自分の体が震えていることに気が付いた。


「マスター、俺は俺として生きていきたい」


「私もです。2人で頑張りましょうね」


 彼女の優しさが、体と心、両方から感じられたような気持ちの中、時間は過ぎていった。







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