09 魔法使いの才能
扉が激しくノックされる。その音で眼が覚めるロキ。
返事をすると、一度は止まった音が今度は、静かに鳴った。扉を開けるとナナリーがロキに抱きついてきた。
「ロキ様、お早うございますっ」
「ん。お早う、そして離してくれっ」
「あら、ロキ様の一部分はまだ寝ているようですけど……起しましょうか?」
「下品な事も辞めてくれ……」
「別に自然のせつりですのに」
ナナリーはロキの体から離れた。ロキは「何故こんな時間に」と、欠伸をしながら尋ねた。
「それですわ。この屋敷は呪われた屋敷ですのっ! 最初の老夫婦が無くなってから入る人が順番に亡くなってますわ、なので魔法ギルドのほうで封鎖使用かと手続きをしていたんですけど。冒険者ギルドのほうで人を紹介したと聞き、しかもロキ様と聞いて駆け足できましたわ」
「あー……。もうそれは解決した」
「解決とは?」
ロキは、昨夜の事を手短にナナリーへと説明する、「なので、恐らく普通に使って平気だろう」関心したナナリーは「さすがロキ様」と、褒めてきた。
「なるほど、夢でしたか、それじゃいくら調べても解りませんね、該当者は死んでいるんですもの。で、もう一人の英雄さんは、何処でしょうか」
「カレンなら、まだ部屋じゃないかな。さて、朝食でも作るけど、ナナリーも食べていくかい」
ロキの優しい誘いに。ナナリーが首を振る。
「ロキ様。大変申し訳ございませんが、健康ドリングをまだ飲んでおりますの?」
「いや、まぁ。栄養はあるから……」
「ロキ様。前々から言おうと思っていたのですが、栄養が在れば不味くても良いと言うのは、間違ってます」
小さな身長のエルフ。ナナリーに言われ、少し言い訳を始めるロキ。もはや、エルフに合わないという次元の話は、無くなっていた。
「それは、わかっては居るんだ。でも。僕が冒険者をやっていた頃は、食べる物も無いとか、美味しさは二の次で先ずは栄養が基本だったんだ。携帯食料だって、味は美味しくないが最低限の栄養はある。それと同じで――」
「だからと言って、ロキ様が青汁作る言い訳には、ならないかと」
バッサリと切られて、次の言葉が出なくなるロキ。少しした後に「そうだね」と気落ちした声を出していた。
慌てたナナリーが、笑顔を見せる。
「まぁでも。ロキ様は美味しい物は、美味しいと思えるわけですから、厨房をお借りして今朝は私達が作りましょう。ロキ様はその間に、お着替えでも、では失礼しますわ」
ロキを部屋に置いて行くと、廊下を走るナナリー。カレンの部屋をノックし始めた。
朝食は『私達』と言っていた所、寝ているカレンもその中に入っているのだろう。
欠伸をしながらロキは部屋の扉を閉めた。
ロキは、二人が料理を作る来る前に、先に厨房に入った。
もちろん目的があった。実行する為に、小さな鍋と、棚にある調味料を鍋に入れて、野草や木の実などを入れる。最後に火を付けて、様子を見ていた。
紫の色の付いた液体がぐつぐつと煮えてくる。
厨房の入り口から、悲鳴が聞こえる。
「うわ。激臭がするっ。師匠お早うございますって」
「ロキ様……朝食は、私達がすると、あれほど」
「君達の言いたい事はわかるし、行為も受ける。しかし、青汁を飲むのは僕のささやかな日課で……」
結局は、匂いもキツイという事で、追い出されたロキ。まだまだ寒い春の朝、庭で一人健康ドリングを飲む姿があった。
調理が終わったのだろう、ナナリーに呼ばれるロキ。既に小さな鍋の中に入っていた、自称健康ドリングは無くなっており、水洗いされた鍋を片手に持っていた。
食堂に並べられた、数々の料理。
黒パンにハム、野菜と塩漬けされた肉を入れたスープや、生野菜が並べられていた。
カレン曰く、美味しい朝食を食べた三人は、今日の予定を話し合う。
「師匠、これから四年間改めてお願いします」
大きな体の腰を曲げ、ロキにお願いするカレン。ロキも「こちらこそ」と手を出して握手する。
小さいナナリーは、その二人の光景を、温かい目で見守りながら食器を片付けていた。
「じゃぁ、今日はカレンの魔法を見たい」
「あら、それでしたら、わたくしも見たいですわね」
ナナリーも手を上げ、カレンを見ると、カレンが若干引きつっている。
「師匠実は、大きな声では言えないですけど……打てません」
大きな声で言えないと、というが十分大きい声を出す。
「何が」
「魔法がです」
「はい?」
「そもそも、魔法ってどうやって使うんですっ。師匠の使っているのを見たいと思ったんですけど、まだ一回もみれてませんし……。あれ、師匠、頭なんか抑えてどうしたんですかー」
最後の方は、カレンも棒読みながらロキを心配する声を出す。ロキは、その場でしゃがみ頭を抑えていた。
ナナリーは小さく笑いながら「魔法を知らない魔法使い、これは見ものですわね」と呟いていた。
ロキ達は、休憩を取り終えると。荒れた庭に出た。
貸し出された杖は、今はロキが持っていて、カレンはロキの横に立つ。ナナリーは少し離れた所に椅子を置き、頬杖をしながら、その光景を見ていた。
「まず。確認したい、ワイバーンを倒したって聞いたけど」
「えーっと。それなんですけど、自分じゃわからないというか、なんというか」
カレンは事情を説明する。
ワイバーンに襲われた事は事実である、そこでカレンの記憶は一度なくなり、気付くと、そこに旅の魔法使いが来て助けてくれた。
お礼を言うとワイバーンを倒したのはカレンだと教えてくれた。
「じゃぁ、君は解らないと……」
「すみません。騙す積もりは無かったというか、昨日言いそびれたと言うか、あの怒ってます?」
「ここで僕が怒鳴った所で事態は変らない。旅の魔法使いが確かにカレンが魔法を使ったというのなら信じよう。魔力の流れを調べる」
怒っていないといいつつ不機嫌なロキはカレンを立たせると、背後に回る。
背中からカレンの手を取り杖を持たせようとするが、体格差があり過ぎて、カレンの背中にロキの顔がくっ付いている。当然、手もカレンに持たせた杖まで届かない。
「ちょっと、師匠っ。恥ずかしいのと、くすぐったいですっ」
カレンが、赤い顔をしながら笑いだす。お腹を抱えて笑う者だから、自然にお尻でロキの体が少し浮く。
慌てるロキに、椅子に座っているナナリーが「そりゃ、そうなりますわよね」と呟く。大きな声で二人にアドバイスを叫んだ。
「ロキ様。反対のほうが良いかと思います」
「それはそれで、また問題があって……」
「カレンなら大丈夫でしょう。ねぇカレンさん」
「良くわからないけど私が師匠の背中に回ればいいの?」
「そうですわね」
わかった。と返事したカレンは、ロキの制止も聞かずに背中に回った。ナナリーは、その光景を見ていた。
「あの子は、まだ恥ずかしさとか解ってないのかしら……、でもロキ様の困っている顔が見ていて飽きないですわ」
ロキが杖を両手で持ち、背後からカレンがその両腕を重ねて同じ杖を掴む。やっと、ロキが断る理由が解ったのだろう、カレンの顔も赤い。
それは、カレンの大きな胸がロキの後頭部を押しているからだ。
少し、声が上ずったロキが、カレンに命令をする。
「肩の力を抜いて」
「師匠のほうこそ、き、緊張してません?」
「してないっ。馬鹿な事を言わないで、何がわかったら声を上げて」
ロキは静かに、魔法を唱える。と言っても、無言であり、尚且つファイヤーボール等有名な魔法ではなく半透明な球を杖の先に出した。
一緒に杖を握っているカレンが、思わず「綺麗」と呟く。
「魔力、マナとも呼ばれている基礎となる魔法。これだけじゃ空気のような物だし役に立たない、これを応用して火球を作ったり、氷にしたりと色々なんだけど。カレンはこの球を大きくするイメージを持って欲しい」
「大きく……ですか」
「そう。出来るだけ大きくと杖の先に意識を向けるんだ」
カレンは瞳を閉じると、小さい声で「大きくする、大きくする」と呟いている。耳の良いナナリーは、その言葉を聞いては「なんだか、危ない会話にも聞こえますわね」と喋るが、二人には聞こえていない。その後に「でも……。とても綺麗」と付け足した。
二人が握る杖には、薄く白球した光の球が浮いている、その大きさは段々と大きくなり、手の平サイズだったのが、頭より大きくなって来ていた。
ロキは眉間に皺を寄せながらもマナの球が暴走しないように形を作り出す。
球体は既に、ナナリーがスッポリ入るぐらいの大きさになっていた。これがファイヤーボールなどだったら、とロキは考えるとごくりと唾を飲む。
その音が聞こえたのか、カレンが目を開いた。その球体の大きさに驚くと、思わず杖を離した。
バランスが崩れたマナの球は、空気中に四散する、ロキは垂れてくる汗を拭きながらカレンへと向き直った。
カレンも汗を掻いたのが、服が濡れていて、下着の形が強調されている。気付いたカレンは、力の限り叫び、ロキを吹き飛ばした。もはや受身も取れないほど疲労しているロキは、そのまま数十歩先まで飛んでいった。
行儀よく座っているナナリーがカレンを見て「乙女です事。わたくしなら、喜んで見せますのに……」と呟くが、やはり二人には聞こえていない。
カレンは、水平にした腕を下ろし目を開け、ロキを探してた。
「師匠、ちょっと向こう向いていて下さいっ。その服が濡れてっ。あれ、師匠? 何処行きました」
遠くから手だけで、自分の位置を知らせるロキ。荒い息を出しながら辛うじて喋る。
「君やっぱ……戦士系よね……」
草むらの中に、手が沈んでいった。