82 最終話 魔法使になるためにっ!
カレンは部屋の中で屈伸運動をし始める。
室内には、カレンの他に、ロキ、アリシア、アルマがそれぞれ座ったり立ったりしていた。
「完全復活!」
そう叫ぶと、指を一本立てて宣言をする。
「元気なってよかったです」
「アルマさん、アリシアさん。お騒がせしました」
「別にいいわよ。結果的に西の馬鹿国に貸し作れましたし。で、ウチのラッツが興奮してましたけど、本当にいいの?」
「はい。五本中一本でも取れれば、その、お付き合いを考えさせて頂きますっ!」
カレンが、ラッツ王子の求婚され、考えた末に出した答えだ。
「ふーん。ロキちゃんもそれでいいのね」
「何故僕に振る。彼女が決めた事だ、ここで役目が終わるなら肩の荷が下りるよ」
「うわ。ひっど」
カレンは眉をひそめ非難しているが、ロキは涼しい顔で受け流す。
「それでは……。場所は前回と同じ地下練習所で、時間は夕方で良いわね、じゃないと見に行けないし。アルマちゃん。手続きお願い」
「はっ! それでは失礼させて頂きます」
アルマが部屋から出て行く。
「見に行くの?」
「当然、ロキちゃんはいかないの?」
「保護者的な位置だしいくけど、女王の任務は?」
「その頃には終わってるから夕方にしたのよ」
ふんぞり返るアリシア女王に、ロキは小さくそうと、だけ言う。
一方ラッツは数日前から訓練に鍛錬がなかった。
一本でも取ったら付き合いを考えても良い、そう返事を受けてから練習にも熱がこもる。
ラッツ本人は馬鹿ではない。
自身の技量とカレンの技量の差が開いているのはわかっている。だからそこの練習がいるのだ。
中庭にある練習場では中年の兵士長との訓練が行われる。
他の兵士はいなく、完全に二人だけの訓練だ。
倒れた兵士長に、剣先を向けるラッツの姿。
「まいりましたな」
兵士長が声をあげると、お互いに元の位置へと戻った。
「殿下、お見事です」
「褒めるのはよしてくれ、剣士の戦いではないし、勝てると思うか?」
「では、確実とはいきませんか意表はつけるかと。そうですな……一戦目で様子見をし前四本の試合は捨てましょう。五戦目にかけるのです」
「わかった」
「しかし、信じられませんな……殿下より強いおなごがいるというのは」
「彼女の剣は一流だ。またとない好条件。悪いけどどんな手を使っても一本とってみせる」
兵士長は燃えるラッツを横目ににこやかに微笑む。
「是非みてみたいものです」
「悪いが……」
「判ってます、関係者以外見れないと。ですから殿下には勝って頂き、その女性を訓練に連れ出してください」
ラッツは短くうなずいたあと、もう一本っと、声を出した。
時刻は夕方になる。
地下訓練場にはカレンとロキが入った。
中に居る人数を見てカレンが小さく喋る。
「あの。師匠……」
「言いたい事はわかる。まぁ我慢しよう」
「はい……」
室内には、アリシア女王、ラン国王にアルマ、魔法ギルドマスター権宮廷魔法使いのファイブに、そのお供だろう小さいエルフ。怪我を治す大僧正ジル爺に、なぜかエレノア・サモンに、その娘のマチルダ・サモンまでもが居た。
二人がリングの近くにいると、直ぐにラッツが入ってくる。
「うお。何この人数は」
「男が細かい事気にしないのっ」
「母さんの仕業か……。それに父までいるし」
「気にするな。それより用意してきたらどうだ?」
「わかったよ……。それじゃカレンさん」
「はいっ!」
ラッツが準備室へと入っていく。
カレンもアルマを連れて準備室へと入っていった。
カレンは訓練用の長剣を一本腰につけて出てくる。
ラッツは体半分は隠せる大きいシールドに金属製の小手。腰には二本の剣が挿されていた。
「それじゃ。審判はオレが受けよう」
「なっ。国王様がっ!」
「ふむ。カレンと言ったな大丈夫だ身内びいきはしない。それに今のオレは公務を追え一人の男性、ランとでも呼んでもらおう」
「は、はぁ……。そのお願いします」
二人がリング中央に並ぶ、ラン国王が試合の合図を言う。
「では。両者とも持てる力の限り戦う事を誓うか」
「誓います」
「はいっ!」
二人が短く答える。
「では。オレがストップといったら止める事、はじめっ」
訓練試合が開始された。
ラッツは距離を取ろうと後退した瞬間、カレンが突進していく。
その剣裁きは力強く、ラッツ王子が盾で防御したのを、剣の柄で強引に弾く。
バランスを崩したラッツ王子に剣先を向けた。
「それまでっ!」
ラン国王の声が高らかに響くと、周りは静かになった。
マチルダだけが、おねーちゃんつよーいと、喜んでいる。
「まいったな……。鬼神といえば良いのか、こないだ見た時よりも早い、そして力強い」
「あはは。最近調子が良くて、えっと、諦めます?」
「当然、答えは『いいえ』だ。一本でも取ったら妃になる、その約束は守ってもらう」
「え、えっと。前提として付き合うまでしか言ってないんですけど……」
かしこまるカレンに、ラッツ王子ははにかみ笑い、腰を上げた。
リングの外にいるロキに、アリシア女王が近寄っていく。
にへらーとした笑顔でロキを見ていた。
「何っ?」
「何でもー。でも、カレンちゃんは魔力を吸い取って強くなるのよね。ロキちゃんは最近魔力の調子が悪い。なんでかなぁー」
「からかわれるのも面倒だから言っておくけど、カレンの体力を回復させるのに僕の魔力を分けた。体に障害が残っても困るだろう」
「ふーん。そういう事にしておきますかっ。あ、またカレンちゃんが勝った」
二人の会話を横に試合は進んでいく。
結局五戦中四戦は終わり。カレンは四連勝していた。
訓練場は既にカレンの圧勝のモードである。
それでも、ラッツは諦めていなく、リング中央に立つ。
試合開始の掛け声と同時にラッツ王子が動く。大きい盾を無造作にカレンへと投げつける。
びっくりしたカレンが後ろに飛び込んだ瞬間、ラッツは二当流で襲い掛かった。
カレンはその攻撃を長剣一本で受け止める。力のバランスが均等になった。
「くっ。力隠してたんですねっ!」
「悪いけど、全部は五戦目にかけていた。降参は……」
「しませんっ!」
「だろうね。じゃ、追加だ」
ラッツ王子の小手から突如出る煙。カレンはラッツ王子に蹴りを入れると直ぐに距離を取る。小手からでた魔弾がカレンの居た場所を穴を開けた。
ラッツ王子の仕込んだ奥の手だ。
魔法ギルド特性の仕込み銃。弾は魔弾であり現在開発中の物である。ファイブがこの場にいるのもそのせいでもある。
「ちょっと、ファイブ!」
「ふむ。怒るな、サンプルが欲しくてな、それに試合は中断されてないぞ」
外野で騒ぐアリシア女王であるが、ファイブの言うとおり試合は続行されている。
二つの隠し銃はカレンの足元を打ち抜いていく、カレンは機動力を生かしてリングをぐるぐると回りだす。時折接近するが、ラッツ王子の二刀の剣でそれもままならない。
今までの四戦と違い。長い勝負になっている。
カレンはリング状をぐるぐると回る。
ラッツはリング中心にいてカレンの動きを見ながら魔弾を発射していく。
「さて。カレンさん、弾切れを狙っているかもしれないけど。これは僕の魔力を吸い取って居るらしく弾切れはない。降参してくれないかな」
ラッツ王子は勝利宣言に等しい言葉を放つ。
カレンは落ちている盾を走りながら拾い上げると、防御をしながら笑顔で答える。
「それもそうですね。多分、ラッツ王子が五戦目に何か仕掛けてくる予感はあったんです」
「そう、それならよかった。卑怯者と言われたらどうしようかと思ってさ」
「なるほど、私も言われそうですね」
「カレンさんの剣は真っ直ぐだ。何を卑怯な事があるだろうか」
「ありがとうございます。じゃぁ私も奥の手を使いますね、実はぶっつけ本番なので旨く行くかわかりませんけど」
この間にも金属製の盾がボコボコになり穴が開いていく。
走るのをやめ、盾が盾としての機能がなくなり倒れた瞬間。カレンは右手を前にして立っていた。
魔弾はカレンの服や髪、顔の横などをすり抜けていく。体のあちこちに傷は付けるが致命傷には至っていない
手の中心に黒い魔力がたまると一瞬にして広る。
そして、その姿を変えた。
カレンの背には翼のような魔力が広がり、右手からは小さい黒いドラゴンが現れた。
辺りを見回しパタパタと飛んでいる。
思わずラッツの攻撃が止まった。
「知ってます? これでも私――」
カレンは一度言葉を区切った、清清しいほどの笑顔でラッツは思わず見とれ攻撃の手を止める。
「――、一応魔法使いなんですよ。じゃ、いきますっ」
「なっ!」
ミニブラックドラゴンが口を開くと、カレンの魔力を放出する。
凝縮した魔力はラッツの足元から地面をえぐり壁までも破壊した。
試合が終わった翌日、カレンとロキは旅馬車に乗る場所に居た。
あの時、カレンはわざと外した。それを見抜けないラッツ王子ではない、仕込み銃もラッツが降参したとたん煙を吐いて壊れた。結局試合は五戦ともカレンが勝って終わった。
カレンの放った一撃は訓練場だけではなく城をつき抜けあちこちを壊した。現在城はその改修工事に大変な事になっている。
修理費はカレンが受け取る権利のあった見舞金で賄う事になった。
逃げるように城を後にした、いや実際面倒な事に首を突っ込む前に城から出た二人。
「あぶく銭って残らないって本当ですねぇ」
「そんなもんだろう、むしろ賄えたのが凄い。城の二割は壊したらしいじゃないか……」
「あっはっは……」
「にしても、王妃にでもなったら贅沢三昧できるだろうに」
カレンは質問に、笑顔で答える。
「知りませんでした? 私、魔法使いになって師匠みたいにだらだらする日常のほうがいいって思い始めたんですよ。お姫様もいいですけど、覚える事が多そうで」
「君ねぇ。僕は別にだらだら……。いや、まぁいいか。だったら早く大魔法使いにでもなってだらだら出来るように。昨日の魔法は僕から見たら危なっかしい」
「あれ実はですね、師匠のように何か召喚できたらいいなって。ベッドの中でイメージしていたんです。いやーあそこまで綺麗に決まるとは。おかけで魔力がまたスッカラカンになりましたっ!」
カレンは謝るも、悪びれた様子は無い。
ロキはあきれ顔で話すが、次の問題点を考え始める。
幌付きの旅馬車が指定の場所へと近づいてい来た。
「魔力がない魔法使いは、もう魔法使いと呼ばない。今後は定期的に魔力を採取する方法を考えよう、魔法石だけじゃ不安が残る。それにバランスよく魔力を使う事を覚えないと……、さて問題は山積みだけど、僕は疲れた。幸い旅馬車は僕らだけみたいだし乗ったら寝る」
二人は馬車に乗り込み、ロキは直ぐに寝付いた。
カレンも暫くはロキの寝顔を見てから横になる。
ロキはまだ知らない、これからいくカレンの育った街。そしてカレンの母親が初恋の相手だと言うことを……。




