80 後悔しない生き方
カレンが眼が覚めてからさらに数日たった。
部屋から見える城下町の景色は夜に切り替わったばかりで、ポツポツと魔道具による灯が増え始めた頃。
ベッドの上で晩御飯を終えたカレンが、隣で食事をしているロキへと顔を向けはじめた。
「師匠、ぜんっぜん足りません」
スプーンを片手に空になった皿を差し出す。
ロキは黙って、まだ食べていないスープを差し出した。
「あ。別に師匠のを食べたいのではなくて……」
「いや、僕のほうは食欲がない所だったし、これでよければ」
「では、お言葉に甘えて、動けるようになったらお礼しますので」
カレンは渡されたスープを静かに飲み始めた。
ロキは黙って、薄い毛布で隠れているカレンの足を見る。
目覚めたばかりの時はカレンの足は動いていなかった。今は少しは回復しているが身の回りの世話は、アルマやロキがしている。
最初はアリシア女王が率先してやろうとしたので、カレンは丁重に断った結果である。
「しほーふぁいひん、あせました?」
「飲み込んでから言うといい、今回は伝わったけど、伝わらない場合もある」
師匠、最近やせましたと、言うカレンであったが口に物が詰まっていたので発音がへんになったのだ。
残ったスープを全部飲んでからカレンは続きを喋り始める。
「私が寝ている間に魔力を補充したんですよね、もしかしてそれが原因ですか……」
「半分はそれ、もう半分は心労だ。城を出た身だからね、今回の事が無ければ用事を済ませて普通に出て行くつもりだったし」
「何か、すみません」
「いや、心労のほうは完全に僕の責任がある。それよりも足の調子はどうだい?」
カレンはベッドの中で足を動かす。
薄い毛布が小さな山になり、今度は真っ直ぐに伸びた足が直線になった。
「ご覧の通りです、といっても足首がまだダメですね」
「無理に立とうとしないほうがいい、この調子ならあと十日もすれば回復するだろう」
「治るまで暇ですね。で、治ったら直ぐに出発ですか? 私の故郷に行くんですよね」
「一応、僕の用事は終わった、でも……」
ロキは言葉を区切ると。そのまま押し黙る。
余りにも長いのでカレンは不思議な顔になっていく。
「あの、師匠ー、何か問題でもあるんですか? もしかして女王様と離れたくないとか、痛っー」
ロキは無言でカレンの頭をチョップしたのだ。
叩かれて、カレンは大げさな悲鳴をあげる。
「冗談はほどほどに。問題は山積みなんだよ」
ロキはカレンの中に眠る者の正体を探しに王都へと来た、明らかに何かを知っている魔法ギルドのファイブギルドマスター。女王であるアリシア。国王であるランにも探りをいれた。
そして、カレンの一度目の死と蘇り。結果何が潜んでいるかまである程度ロキは推理したのだ。
ロキはテーブルにある果実酒をコップ二つに分け、片方をカレンに手渡した。そして一口喉に通した所でカレンは喋る。
「ありがとうございますー。問題って私が人間じゃないからですか?」
余りにもさらっと言うので、驚いたロキ。飲んだ果実酒は器官に入りゲホゲホとむせ始める。
「うわ。師匠っ! 飲み物ぐらいゆっくり飲まないと……」
「そ、そりゃどう、どうも。それよりもカレン君は」
「いやだって、見てくださいよ。この大穴。アルマさんなどは『癒しの力で治ったんです』って言いますけど……。あの時の傷、絶対に助かりませんよ、自分の事だからわかるんです」
カレンは上着を脱ぐと裸の上半身をロキに見せ付ける。
その胸の部分には大きな傷痕が残っていた。縫ったわけでもなく溶けてくっついた様なでたらめな傷痕だ。
先ほどまでの軽口で言っていた時の笑顔ではなく、今は真剣な顔でロキを見ている。
「確かに君は人間と言われると違うかもしれない。でも、そうなると僕も人間ではないな」
「はい?」
カレンは生返事をする。
ロキは自らの手に氷の槍を作り出した。カレンからみると以前の槍よりも薄く見え、ロキもその槍を直ぐに消す。
「まずは。服を着るように、このように魔法を使う事が出来るのは人間というのかな?」
「そりゃ人間でしょう。魔法なんて魔法使いなんですから出せるの決まってますし」
「所が、世間はそうは思わない人も出てくる、普通人間には仕えない力があるから魔物だってね」
「ええ。酷くありませんっ!?」
「そんなものだよ」
ロキが説明し終わるとカレンは両手を叩く。
部屋の中に気持ち良い音が響いた。
ロキは突然の事で驚き尋ねる。
「な、なにっ」
「もしかして、慰めてくれてました?」
「……。もしかしなくてもそうだよ。それが解ったなら口に出さないように」
「す、すみませんっ、でもなんだから話をすり替えられたような……」
「そこまで解っているなら、もう一つすり替えよう」
「ちょっひどっ」
カレンは文句を言い出すが、ロキは構わず喋り続ける。
「君が人並みの生活を望むなら、魔法使いをやめる選択しがある」
「代えるにしても突然過ぎるんですけど」
「ラッツ王子に求婚されてるんだろ?」
「あ、ええっ! いや、そのなんで師匠がそのことをっ!」
「そりゃ城にいるからね。一部の人間は知ってるよ、ラッツ王子は自分よりも強い人間が好きらしく、君が見せた剣技に惚れたらしいよ」
「これでも一応魔法使いですしっ!」
慌ててはじめるカレンにロキは冷静に返す。
部屋の中は外から入ってくる風が気持ちよく、二人をリラックスさせている。
「魔法使えないでしょ。それに君が望むような生活は出来る、多少の決まりはあるだろうけど彼ならカレンが行きたい場所を連れて行ってくれるだろうし、尚且つ安全だ」
カレンの人生設計では、魔法使いになって旅をしたり困っている人を助けたりして生きたい、だ。
ロキの言うとおりに現在なれていない魔法使いを目指すよりも簡単で尚且つ安全。さらには地位まで付いてくる。
「そりゃそうですけど……」
「顔だって悪くない、いやイケメンといわれる部類になるだろうし、嫌いではないんだろ?」
「嫌いというか、雲の上の人ですし。あっもしかして、返事を断ったのって不味かったですかっ!」
病み上がりに、いきなりプロポーズされた時はカレンは断っている。しかしラッツ王子は諦め切れなく後日また返事を聞きたいと、カレンもそれは承諾した形になっている。
「正式の場なら大問題だろうね。相手が望むなら一般市民の君に選択権は無い」
もっとも回りが反対するだろうけどと、は言わなかった。
「じゃ、本気じゃないって事でも……ないですよね」
「そうだね、本気だからこそ、君の気持ちを優先したんだろう」
まったく親子そろってと、ロキは呟いているがカレンの耳には届いていない。
「私が魔法使いを辞めたら師匠はどうなるんでしょうーか」
「元の生活に戻るだけ。君を育てるのも王の命令があったからだし」
「そこは嘘でも『寂しいけど』など付けて欲しいんですけど……」
「ま、なんにせよ時間はまだある。選択肢は多いほうがいいし、気持ちを優先してくれる以上君が後悔しない返事をする事だ」
ロキは立ち上がると、二人分の食器を集めていく。
カレンはロキの背中へと声をかけた。
「師匠。最後にっ! 師匠はこういう時の決断で後悔はなかったんですか」
「はぁ……。君ね、人生に後悔がなかった人間が居たら、その人は馬鹿じゃないかと思うよ。この言葉でいいかな?」
ロキはその後そのまま部屋から出て行った。
部屋に残されたカレンは、ため息混じりに窓の外をぼーっと眺め、最後には部屋の照明を消し眠りに入った。




