08 リビングアーマー(後)
階段から音を立てて降りてくる、リビングアーマー。
ロキとカレンは階段の影に隠れてその姿を見ていた。声を出さないようにしているカレンは、自分の部屋を指差す。
ロキは黙って、カレンの差す方を場所を見ると、破壊された扉が元の姿へと戻って行った。夢の中ならではの力だろう。
リビングアーマーは、先ほどまでロキ達が居た、使用人室へと入る。斧を振り回しているのだろう、破壊音が聞こえると、のっそりと出て行き別の部屋に入っていく。
「何を、してるんでしょうかね」
「壊しては戻る、謎だね、まっ、この家が割りと安い理由がわかったって所かな」
「師匠、簡単に倒す事は出来ないんですか?」
「無理だろうね」
いくら夢と解っていても、魔法が出ないロキにとって倒す事は難しい。カレンが隙を付いて倒したとしても元に戻るのは確認している。
「夢と言っても普通の夢じゃない。僕らが夢と解っていても、建物に触る感触や息苦しさなど全て現実に近い」
「ですよね……。師匠ちょっと汗臭いですもん、その臭いもわかりますし」
ロキだって男性だ。他人、それも若い女性から臭いと言われると少しは精神に来る。
「…………。冗談は置いておいて、いくら夢と解っていても、自分は殺されたって認識した時点で、現実でも死ぬだろうね。それに、この夢は僕らの夢であって僕らのじゃない」
「うーん。良くわかりませんっ!」
「建物の記憶というのか、魔物なのか……」
「はいはいっ! 私わかりましたっ!」
カレンは得意げな顔で手を上げる。いやな顔をしつつも答えを聞くことにするロキ。
「夢の中で寝ればもどれるんじゃないですかっ!」
「やってみる価値はあるけど、僕は無理と思う。この状態で寝れる?」
「無理ですかね……」
「一度認識してるし、僕らは寝ていた筈なのに物音で眼が覚めた。何所かで既に呪いがかかっているんだろうね」
魔法が発動しなかったのも、ベースとなるこの世界が、ロキの夢ではない。第三者の夢なので、第三者が知らない魔法は発動しない、と短く説明した。
「じゃぁ。死なない為の解決策は」と聞かれたロキは、黙って首を振る。
「ふええ。じゃぁ、どうする事も出来ないじゃないですかっ」
「あの鎧を観察していくしかない」
カレンは一階部分を物陰から見回すと、小さく言葉を出した。ロキに向き直り両肩を掴む、上下に動かすとロキの首もガクンガクンと動いた。
「師匠。あの扉、私知りませんっ」
「とめ、とめっ」
「あ。ごめんなさい。師匠」
「げっふ……。あの扉、なぜか鎧は気付かない。ほら、二階に戻っていく、この間に行くよ」
物陰から走る出す二人。鍵の付いたドアノブを動かすロキ。開かないのを見て、カレンが、そっとロキの肩に手を置く。
気合の一撃と共にドアノブを破壊した。
「君、魔法使いより、戦士や格闘家のほうが良いよね……」
ロキの呟きを聞いていないカレンは扉を開けた。本棚がある小さな部屋。その本が無造作に床に落ちていた。
「ぶっ。夢なのに埃臭い……」
「部屋に窓が無いからね、脳が、そう認識し思わせるって所かな。しかし、鎧が入ってこないと言うと……」
ロキは落ちている本を拾う。粗悪な羊皮紙で出来ており、ページを開くとびっしり文字が書かれている。
精霊の説明が載っている。サラマンダー、イフリート、ジン、それ以外にも、名も無き精霊まで詳しく書かれていた。
カレンも本をぱらぱらとめくると、突然大きな声を上げた。
「な、何が書いてあったっ」
「師匠。凄いです」
ロキが駆け寄ると、本の隙間から金貨を取り出す。「へそくりですっ」興奮するカレンを、ロキは素早く叩く。
「痛いです」
「冗談を言ってる場合じゃないんだけど。他の本は?」
「読んでみますっ」
カレンは慌てて違う本のページを開き始める。余りにも早くページを開いている事から、恐らく読んでないな。とロキは思ったが口にはしない。
二冊目の本を取り出し読み始める、リビングアーマーの作り方などが記載されていた。ページを開き読み続けている。
別の本を取り出し中身を確認する。日記になっていた。ロキはパラパラと読み中身の文字を読み出す。
――娘は帰ってこない。妻に聞いたが知らないという。アレは前々から娘の事を嫌っていたのだ。
――妻と口論になった。妻は娘を閉じ込めたと言った。なんとう事だ。助け出さねばならない。
――体が弱ってきた。妻がワシに毒を持って来たのだ。目的はわかっている遺産だ。妻は眠っている。ワシが仲直りに料理を作ったら旨そうに食べた。今夜決行しよう。
――骨は床下に埋めた。ああ、愛しの娘よ、いま探し出してやるからな……。
――体が痛くなってくる。痛み止めも効かなくなって来た。
――ワシの手は、皺だらけだ。娘も寂しい思いをしているに違いない……。ワシの命が尽きる前に探し出す。
――白銀の甲冑を手に入れた。遠くの町で買ったので近所は知られていない。なに、ばれたら骨董が趣味だと言っておけばいい。
――ああ。ワシが今救い出すからな……。ワシの夢は娘と一緒に暮らすこと、この館には、もう二度と誰も住まわせない……。
カレンを呼び寄せ。日記を見せる。読み終えた所でカレンは眉を潜め始めた。
「師匠これって……」
「あのリビングアーマーの日記って所だろう。娘を隠され、その怒りで妻を殺し、自らも魔物となる。そしてこの家に住む人間を夢の中で殺していく、って所かな」
「って事は、娘っていう子は、今もこの館に閉じ込められている……って事ですかね」
「たぶんね。それを見つければ、この悪夢から開放されるんじゃないかな」
カレンの声が大きくなる。
「事故物件じゃないですかっ。娘ってもこれ絶対死んでますよっ、世話をする奥さんが殺されてる訳ですから、娘が何処にいようか手遅れですよっ」
「それでも、探して上げないと僕らは何れ殺されてしまう可能性が高い」
ロキとカレンは部屋から広間を覗き込む。リビングアーマーは今は二階の部屋を探し回っていた。
「で。何処探すんですか……」
「秘密の部屋が他にもあるかもしれない。あと、アレが来る前と来た後も、探し回ろう」
再生され壊れされる前のカレン部屋へと来た。現実世界と違い、調度品が沢山置いて
ある。棚も綺麗にされており、化粧道具の引き出しなどをロキが調べ、衣服が入っているドレッサーはカレンが調べていた。
ロキは一冊の日記を見つける。ロキはカレンを呼び寄せ、二人で日記を読んでいく。
――最近旦那がおかしい、娘を手に入れてから気が狂ったようだ。いくら私が子供を埋めないからといって当てつけだ。
――旦那が何処に行くにも娘と一緒というので隠してやった。ふっふ、娘はもう出てこない。泣いて謝ってきたら許してやろう。
――珍しく旦那から手料理をご馳走になった。旦那は直ぐに遺産、遺産と騒ぐが、私は遺産など要らないから、こうして旦那と二人で暮らしていけるのが夢だ。
――折角の手料理なのに気分が悪くなってしまった、旦那は懸命に看病してくれた。明日になったら旦那に謝り、娘を暗い場所から出してあげるとしよう。
廊下に鎧の金属音が聞こえてきた。
カレンは素早くドア越しに耳を立てるとカレンの部屋の隣へ入っていくのがわかった。
「師匠、アレが登ってきましたよっ」
「わかった。隙を見て一階に下りよう」
その後も、食堂、厨房、浴室、使用人室、広間、トイレまで調べたが隠し部屋は見つからなかった。一先ず休憩と、秘密の部屋へ避難する二人。
疲労の色が出始めてきた。
「師匠……何もないですね」
「僕らが調べる前にも、リビングアーマーが調べているんだ……そう簡単に見つかるわけが無いとは思っていたけど」
「アレじゃないですかっ。娘さんは出て行ったとか……」
「それだったら、室内を探しているのがおかしい」
「後調べてないのはこの部屋だけですし……」
カレンは棚によりそると無造作に本を引き抜く。突然悲鳴を上げるカレン。
「師匠。この本棚の裏、何かありますっ」
カレンの言うとおり本棚の裏に不自然な色の壁が合った。近くの本を全て取り出すと、直ぐにそれがわかり。カレンはおそるおそる色違いの壁を外していく。
ぽっかりと空いた空間が現れ、子供が入れるぐらいの皮袋が見えた。
「師匠……」
「そうだろうね」
ロキは重たい皮袋を引っ張り出すと、その縛ってある紐を解いた。
カレンは見ないほうがいい。そう言うと無言で中身を確認する。
「これって……」
「無理して見る事ないのに」
カレンが肩越しに、中身を確認して来たのを注意するロキ。
「師匠ばっかり、負担をかけるわけには、行かないと思って……。それに、魔法使いに成るのに現実から目を背けても、行かないと思いまして」
「なるほどね」
「でもコレって娘なんですかね……」
「朽ち果ててるとはいえ娘で間違いないだろう。納得が言ったよ」
娘を持って広間へと出たロキ達。二階から降りてくるリビングアーマーが二人の姿を見て歩くのを止めた。
「ヴォォォオオオオォォォ」
雄たけびを上げ、一歩二歩とロキ達に向って歩いて来た。
ロキは娘を高くリビングアーマーへ放り投げる。
両腕で受け取り愛おしそうに抱くリビングアーマーは、膝を付くと、鎧の顔の部分で頬ずりし始めた。
そして、足元から崩れていくリビングアーマー。
残されたのは、白銀の甲冑と、朽ちた少女の人形だった。
「師匠……これで良かったんですかね。それにこの夢って」
「この夢は、死んだ,いや殺された奥さんの夢に、旦那の夢が混ざった夢。旦那を縛りたい奥さんに、旦那は娘を探したい。旦那が居なくなった事で、この悪夢も終わるでしょ」
ロキの予想通りに建物が崩れて行く。カレンが、「師匠っ。この後はどうすればいいんですかっ」と叫んでいる。それもそのはず。崩れた行った後は闇しかないからだ。
「目を閉じる事」
「こんな状況で、そんなに冷静になれませんっ」
「まー、もう死ぬ事はないだろうし、それなら、ちょっとの痛みで済むよ」
瞳を閉じた横で、カレンの叫び声が何時までも聞こえた気がした。