72 旧知の再会、そして暴走女王
空が夕方から夜へと切り替わる。
しかし、首都フランベルは他の町や村と違って暗くはならなかった。
街中に設置された柱からは魔法道具の光がぼんやりと道を照らしている。上を見上げれば城の中もそうなのだろう、昼間と間違うような光があちらこちらからもれていた。
ロキはメイン通りから外れた路地へと入る。魔法道具の光はそこには無く薄暗くなった場所を静かに歩いた。
長い石階段を降りると、木製の扉が目の前に現れる、そこだけは小さな光が灯っておりぶつかり怪我をしないようになっていた。
ロキは静かにその扉を開けると中へと入る。
中には白髪の老人が立っており、ロキの顔を見ると小さく頷く。
一軒の隠れ酒場となっており、客はカウンターに一人と奥の座席に数人、弦楽器をもった女性が小さなステージで緩やかに歌っている。
ロキはわざわざ、そのカウンター席で飲んでいる客の隣へ座る。
客の姿は、金髪の中年男性で、腹が出ている、短い足を椅子の上でブラブラとさせながら、氷入りのアルコールを静かに飲んでいた。
「ここに来れば会えると思ったよ」
ロキが静かに言うと、ロキの前にも隣の男性と同じ飲み物が出された。
二人は無言でグラスを合わせる、『カチン』と、グラス同士がぶつかる音が店内に響くと、一気にそれを飲んだ。
「くっ……」
「うっ……」
アルコール度数が高いのだろう、二人とも顔が歪んでいる。
白髪のマスターは二人の前に水を差し出すと、二人ともそれを一気に飲み干した。
「どう?」
ロキは短く中年男性へ尋ねる。どうと、一言であるが中年男性は返事をしはじめる。
「難しい、損な役回りだよ。平和になったとたんに不平不満が全部くる、これなら敵がいた頃のほうがまだよかった。敵を倒してる間はひとつに意見はまとまるからな」
「とはいえ、平和なのはいい事だろうに、子供。大きくなったんでしょ」
「ああ。俺に似合わず剣なんか振り回してな……。そこそこ強くはあるし王都では上位に入るだろう、しかし、対戦相手に手加減されてるとも気づいていない馬鹿息子だ、今日はアレの護衛にいった。俺の事よりそっちはどうなんだ」
中年男性の問いにロキは、うんざりした顔をする。
「僕の事、誰かさんのせいで素敵な余生が台無しだ」
「はー。よく言うな、一から十まで全部俺に放り投げた癖に、それに田舎で自給自足で、お前は書物に出てくる仙人かっ」
「やるべき事はやってから城を出た。許可も得た。何が問題でも?」
ロキの文句も、中年男性も文句を言い出す。言った言わないで二人の男性がにらみ合う。
すぐにお互い口から息を吐くと、笑いが出ていた。
「からんな」
「そっちも」
「今日は、子爵家へ泊まるんだろ?」
「そうしたいんだけど、いやな予感がするからここに来た。そしたら予感通りに君がいた。この意味を汲み取ってくれると嬉しいんだけど」
ロキは座っているだけで、追加で出された酒を一口飲むとカウンターへ顔を埋める。
簡単にいえば子爵家には、ロキの苦手な人物が来てる予感がしたので逃げてきた。
すぐにその意味を汲み取る中年男性。
「アレのロキ好きは凄いからな……」
「僕を完全無欠の勇者が何かと勘違いしてるんじゃないかと思う時があるよ」
「アレにとっては、お前は確実に勇者だよ」
「知ってる? お話に出てくる勇者ってのは、冒険が終わればそっと消えていくもの者なんだよ」
「アレに、いやアリシアにそう言えばいい」
「言って聞くなら言ってる。それこそ旦那の君が」
「婿の立場で言えるわけないだろ、ともあれ久々の再会だ。今日ぐらいは羽目を外させてもらおう」
「はぁ……。よし、付き合うよ」
二人は再びグラスを重ねあった。
一方その子爵家では、小さな晩餐会が行われようとしていた。
様々なワインと共に、複数の豚の丸焼きをメインに、王女が作った料理など大小様々な料理が数多く。軽く見ても三十人前以上はある。
エレノアがロキが来るまで待ちましょうと、提案した所、アリシア女王が始めましょうと、いい始まったのだ。
食べる前に座る場所を決める、その時に問題は起こった。
席には上座というのがある。上座のほうが偉く主に主賓や家長が座ったりもする。
現在、サモン邸にいるのは。主人が城勤めで本日帰宅出来ないので主人代理のエレノア、娘のマチルダ。エレノアの兄であるサモン家の当主ウイーザ、国を治める一人の女王アリシアにその息子ラッツ。そして今回の主賓であるロキ。しかし、ロキが居ないので代理のカレンである。
エレノアは多いに困った。
貴族とはやっかいな生き物である、席一つでも一歩間違えれば追求され非難される場合がある。
主賓を下に座らせると、主賓を下に見ると思わせる。
しかし、身分としては、カレンより、いやこの場の全員のトップはアリシア女王にその息子ラッツである。
女王を上座に座らせるべきか、しかし晩餐会のメインはカレンもしくは、次点で兄であるウイーザだ。
ちなみに、ウイーザ子爵がロキ達を屋敷に招いた時に上座に居たのは、ロキ達を下に見ていたからである。
「はいはいはーい」
アリシアが大きな声で手を上げる。
ラッツが顔を手で覆い、母親の声を止めた。
「なんだ、母さん。やっぱり帰るのか?」
「誰がよっ! こんなに料理があるんだもん、立食にしましょうよ。それに、とてもじゃないけど食べきれないし、どうせ残ると使用人さんが食べるんでしょ? いま屋敷に残っている人も全員参加にしましょうっ!」
アリシア女王の提案に、ウイーザ子爵が大きく叫ぶ。
「なんとっ! 平み――もがもががも!!」
しかし、その口はエレノアの手で塞がれた。ウイーザ子爵的に、平民、それも使用人と一緒に食事など野生児と一緒に食事する感じだろう。
アリシア女王の提案はすばらしい物だった。それであれば上座もなにも関係ない。
しかも使用人も招き入れる事で
「いい考えです! 女……。いえっ! アリシアさん。すぐに使用人達を呼んできますっ!」
近くにある使用人を呼ぶベルを鳴らすと一人の女性が入ってくる。
エレノアはすぐに命令を飛ばすと、その女性の顔が青ざめた。しかし、主人の命令であれば聞かなければならないのは当然であるし、元々エレノアは白を黒と言うような婦人でもないのは皆が知っていた。
今日の晩餐だって、兄とゲストに手料理を食べさせたいからといって専属の料理人に暇を出したぐらいである。
暫くすると、食堂にはメイド服を着た女性数名と、黒の服をまとった男性二名、それとウイーザ子爵と一緒にきた老執事が部屋に入ってきた。
どの顔も青ざめて緊張している。
アリシア女王が、手を複数回叩く。
「はいはい。ちゅうもーく、本日は無礼講、まず飲みなさいっ!」
近くにいたラッツが、むちゃくちゃなと、呟いている。
「そこ、小言はいいからっ!」
ラッツは、小さくお手上げのポーズをしている。
「何はともあれ、無礼講よ。ね、エレノアっ」
「え。ええ。そうです、皆さん大いに楽しんでもらえれば……」
女王と一緒に立食で楽しむもないもないとは言わないのがエレノアの優しさである。
とうのアリシア女王は、満足そうに頷く。
「もう、表情が暗いわね。わかったわっ。打ち解けなければ後日お城へ呼び出すからっ! ああ、あと。わかっていると思うけど無礼講といっても陰口はだめよ、各自好きな趣味とか、食べ物とか、化粧とか恋話とか……、皆だってエレノアが、今の旦那と結婚する時の話など聞きたいわよねー」
アリシア女王の話に数人のメイドが小刻みに頷く。
「それによく考えてみなさい。この堅物、じゃない。ラッツに認められれば未来のお妃。ううん、そこまで夢見なくても良い人紹介してもらえるチャンスは広がるわよっ。男性諸君だって……。そうね、数は少ないし、良い男だったら、それなりの報酬はだすわよ」
ここまで来るとアリシア女王の独壇場だ。ほとんどのメイドがラッツの事を肉食獣のような目で見ている。その光景にラッツが一歩引くほどだ。
男性のほうも報酬と聞けば、なんだろうと仲間内でささやいている。
「さて。では主賓である、カレンちゃんに乾杯をっ。私達は押しかけただけだからね」
「えっわた。わたしっ!?」
「そう。乾杯の掛け声はやっぱいるでしょ」
使用人とメイド達があわててグラスにワインを注いていく。
カレンもグラスの三分目まで注がれ、ワインを片手に大声を上げた。
「えーっと、その。よくわかりませんが乾杯ー」
 




