70 王都魔法ギルドマスターファイブ
馬車から降りた後、ロキは人込みにまぎれて城下町を歩く。
もちろん目的の場所はすでに決まっており、町の外れにある建物だ。
鉄で出来た小さな看板が地面にささっており看板には『フランベル魔法ギルド』と書かれている。
地上四階建て、地下もあるといわれている。国内最大の魔法ギルド。
ロキはその建物へと入った。
魔法で作られた頑丈なガラスの付いた棚がいくつも並んでおり様々な客層がその品物を眺めたり、無造作に詰まれた安目のアイテムを買おうと相談している冒険者などもいた。
建物の奥のほうに大きなカウンターがあり、エルフや人間の店員が何人も笑みを浮かべて待機している。
ロキは比較的暇そうな奥のほうへ歩き、受付の女性へと話はじめようとした。
「いらっしゃいませ。店内に無い商品をご希望でしたら二階にも展示されております。それでも無い場合はご注文や特注なども出来ますが」
「ごめん。買い物じゃなくて、ええっとファイブさんを呼んでほしい」
ロキの注文に、笑みが少し曇る店員。
先ほどとは違う口調でロキに確認し始める。
「ファイブと言うのは、ギルドマスターのファイブの事でしょうか? もし、そうでしたら、ご予約はありますでしょうか?」
「いや。特に約束はしてない」
「申し訳ありません、ギルドマスターでしたら紹介状の無い方には――」
そういうクレームも沢山あるのだろう。慣れた感じで断りを言い出す店員に、ロキは言葉を重ね、さえぎらせる。
「もちろん、それはわかってる。ええと、僕の名はロキ・ヴァンヘルム。一応これが貴族の証。本物がどうか確認してもらって構わないし、一応面会を求めてると伝えてほしい。それでも、会わないだったら僕は普通に構わないから」
「はぁ……。ギルドマスターは貴族であれ紹介状の無い方には面会されませんけど……」
「それでも、構わないからっ」
女性店員は、カウンターの奥へ行き、他の店員と相談し始めた。
ロキの耳元までは聞こえないが、他のエルフの店員が驚いた顔をしていたり、別の店員がロキをチラチラと見ていたりもする。
受け付けていた店員は、上司に何かを言われたのだろう。カウンターから出ると、二階への階段を小走りに走っていった。
大変失礼しました。そう言われたロキはプレートに応室と書かれた部屋へと通された。
部屋は差ほど広くは無く、壁には本棚。テーブル、革張りのふかふかそうなソファー。
壁にあるスイッチを押したのか魔法の光が部屋の中全体に広がる。
窓も無いのに昼間のように明るくなった。
「しばらくお待ちください」
女性店員が部屋から出ようとすると、入れ替わりに銀髪の男性が入ってくる。
白に染まった服に、髪は腰まであり首元で一本に束ねている。
顔は二十代にもみえるが、耳は人間と違うエルフの耳だ。
「おお。まさかと思ったがロキ坊か」
「四十に近い人間に坊もどうかと思うけど、久しぶりだね。ファイブ」
「十数年ぶりだな、しかし老けたな」
「君が。いや君達が変わらなさ過ぎる」
ファイブは、案内した受付に礼を言うと手で部屋から出るように指示する。
受付は深くお辞儀をした後に部屋から出て行った。
「で、わざわざどうした。娘を下さいと挨拶にでも来たか?」
「君達親子はそろって何を言うんだか」
「ふむ、人間はそういう、挨拶が好きと聞いたんだがな」
「用件は別。ナナリーの事ではなくて、僕の元に送り込んだ女の子、いや女性について」
銀髪のファイブは、ロキの言葉を聞いて唇を小さく釣り上げる。
「なるほど、わかった! すぐに手配しよう」
ファイブはソファーから立ち上がると、壁にある本棚からいくつかの本をだしロキが座っている場所に差し出した。
本のタイトルは結婚式のマナーや、男女がきるタキシードやドレスの本、教会の選び方、宗教の違いなど、書かれている。
ロキはため息を出しながら軽く睨む。
「本気で怒るよ」
「違うのかっ!」
「違うっ!」
「…………。そうか、ロキ坊も人並みにそういう感情があったのかと喜んで居たんだけどな」
「別にそういう感情は無いわけじゃないし、僕が別な女性と結婚すると、ナナリーとは結婚しない事になるけど、それはどうするんだよ、まったく」
ロキは珍しくソファーに座りながら足を組み始める。
立ったままのファイブは、本を本棚に戻しながらしゃべり始めた。
「ふむ、疑問に答えよう。別に構わない、結婚したからといって生殖行為は別な女性でも出来るだろうし、側室として迎えるか第二婦人でもいい。なんだったら体だけでもいいだろう。それに、娘とは行為はした事あるんだろ?」
ファイブは別に怒る事もなく、明日は晴れだなと、いう何でも無い感じで話す。
行為とは、もちろん生殖行為の事で、ロキとナナリーは体を重ねた事があるんだろ? と尋ねているのだ。
「普通の人間はそう言う事は、他人に、特に相手の父親には伝えないもんだよ」
「ふむ。うまく返すようになったな。そもそもだ、人間の歴史は結婚していたとしても子孫を残すのに男女とも別な相手と行為をするぞ? ロキ坊もその辺は知っているだろう」
「いや、まぁ、それは――」
現実を淡々と説明され、言葉が少なくなる。
貴族の間でも、結婚をしたからといって一人の女性だけを愛する人と複数の女性を側室に入れる人間がいるし。
結婚したからといって一人の伴侶しか愛せなかったら、死別した時だって困る。
教会へ書類提出はともかく、式を挙げると行為は一般人には少なく、おもに貴族や王族ぐらいしかしない。
「じゃぁ、なんだ?」
ファイブは本気で不思議な顔をする。
ロキは素直に頭を下げた。
ロキがここにきた理由は、カレンの事で魔法ギルドも絡んでいると睨んだからだ。
カレンが過去に黒い魔法を使ったとすれば、魔法ギルドが知らないわけがないし、カレンを送り込む時にだって調べているはずだからだ。
「いや。僕の思い過ごしだった。所で未加工の魔力結晶石はあるかな?」
「ああ、あるぞ。失った魔力を補充できない人間が、魔力を吸収するにはアレが一番いいから…………な……」
ファイブはロキの顔を見る。
半目になったロキの目がまっすぐにファイブを見ていた。
「僕は、あるか。を聞いてるだけで、用途に関しては一言も言ってないよ」
「ふむ」
ロキはカマをかけ、ファイブはそれに乗ってしまった。
魔力結晶石は、加工され様々な場所に使われる中核みたいな物である、普通の使い方をするなら加工してアイテムにするだけで、魔力を吸収する用途に使うと言う事は出てこない。
二人の微妙な沈黙の間にノックの音が聞こえる。
扉を開けたのは、先ほどロキを案内してきた受付であり、一礼してファイブのほうへ向き直る。
「ギルドマスター、来客中申し訳ありません。会議のお時間で……」
「おおっ! そうであったな。ロキ、俺はこれから重要な、そう、とても重要な会議がある。ユリナ君、彼に未使用の結晶石を彼が望むまで分けて与えてくれたまえ。代金は取らなくて結構だ。じゃロキ坊、久しぶりに会えてうれしかったぞ」
「なっ! まてっ。ファイブっ!」
ロキがソファーから立ち上がると、ファイブはすでに廊下を走っておりロキの肉眼からは消えていた。
ロキはもう一度ソファーへ力いっぱい座り込む。
残されたユリナは、ロキと、ファイブが走っていった廊下を見てから声をかける。
「あの、結晶はお幾ついりますでしょうか?」




