07 リビングアーマー(前)
全てが静まり返った深夜。何所かで何か破壊される音がロキの耳に届いた。
冒険者だった頃の習慣というのか、その微かな音で眼が覚めたロキは辺りを見回す。先ほどと室内は変ってない。
直ぐに廊下を誰かか走る音が聞こえると、激しいノックの音がロキの部屋に響いた。
「師匠っ! 開けて下さいっ!」
カレンの声である。直ぐに錠を外して扉を開けると、カレンが部屋へと滑り込んでくる。
先ほどと違い、部屋着姿のカレン。出る所は出ていてロキは目のやり場に少し困った。
「師匠っ! 逃げましょう、早くっ!」
ロキの手を引っ張ると強引に移動しようとするカレン。その腕力に耐え切れないロキは大声を上げる。
「カレン落ち着いて、先ずは何っ?」
「何ってアレですよ、アレっ!」
カレンは扉の外を必死に指差す。どうした物かとカレンの手を振りほどき扉の外へ顔をだす。全身フル甲冑が階段を登り、こちらへと向かってくるのだ。
ロキが確認し終わると、首スソを捕まえて強引に部屋へ入れるカレン。あまりの苦しさにロキは咳き込む。
「師匠っ。わかりましたっ? アレですっ! 寝ていたんですけど、扉が破られて、最初は師匠が夜這いにっ! とも考えたんですけど、師匠にそんな腕力もなさそうだし。よく見ると鎧なんですよ。こっちのいう事も耳を貸さないし部屋中壊すし、壊したんだけど元に戻ったし……。あれ。師匠なにしてるんです?」
「君に、首元を引っ張られて苦しいのを、直してるんだっ」
ロキは床に座り深呼吸をして息を整えている、落ち着いたのだろうカレンのほうをみると質問し始めた。
「所で、壊したってあの鎧を?」
「はいっ! 蹴りで一発。なのに中身はないし」
「中身はない。なるほど……。何故ここにいるかは置いておいて、リビングアーマーかも」
「リビングアーマーってアレですか、お話に出てくる」
「そ、中身の無い魔物」
リビングアーマー。
別名、さまよう鎧。リビングデットが動く死体。今回はそれの鎧バージョンである。
死んだ人間の魂が入った鎧。彼らの種類は複数のパターンがあり、一つは怨念となった人間の魂が定着したパターン。もう一つは、合成された魂を鎧に吹き込み、術者の思い通り使うパターンなどがある。どちらも意思の疎通は難しく簡単な事しか出来ない事が多い。
カレンが関心すると、扉に強打の音が聞こえる。
次に斧が扉を打ち砕く。
「師匠っ! 師匠がのん気に説明してるから入ってきたじゃないですかっ!」
「騒がない。魔法使いは冷静にならないと」
その言葉と共に、扉にさらに大きな一撃が加わった。
扉を強引に破壊し、室内を見渡す全身甲冑の白銀の鎧。その顔の部分を凝視するロキは、カレンの手を引っ張り鎧から遠ざける。
全身甲冑の白銀の鎧が、斧を振り上げて二人に狙いを定める。顔の部分は空洞であり、黄色い炎が見えた。
ロキは氷の槍を出し、相手を粉砕しようと考えていた、狙いを定めて右手を前にだす。
カレンから見たロキは、右手を前に差し出した後そのまま固まった。直ぐにロキの脳天に斧が振り下ろされる。ロキの左手を掴むと強引に引っ張った。
白銀鎧の一撃は重く、床に穴を開けた。先ほどまでロキが居た場所には、右手首が転がっていた。
「師匠っ」
カレンがひっぱった拍子にバランスを崩す二人。二人の前でリビングアーマーは。振り下ろした斧を再び持ち上げようとしている。
ロキは、切り落とされた右手首部分を押さえながら、素早くカレンへと命令した。
「カレンっ。こいつに足払いをっ」
「えっえっ!?」
「まずは逃げようっ!」
「はいっ!」
命令通りに動くカレン。鎧の膝裏に向けて鋭い蹴りを入れた。梃子の原理で重心が崩れ、その場に崩れ落ちる鎧。直ぐにロキの体を持つと、お姫様を抱くようにして部屋から逃げる。
階段を駆け下り玄関ホールから外に出ようとする。しかし、扉は鍵がかかってないのに一行に開かなかった。
「開かないっ! 開けってばっ!」
「カレン、ちょっと降ろしてくれるかな」
「何言ってるんですかっ、直ぐに治療しないとっ!」
「もう、いいから……」
カレンは、お姫様抱っこをしているロキの体を力強く抱く。
「離してくれないかな。いくら僕でも、何時までもこの格好は恥ずかしい」
「えっ!」
ロキとカレンの顔の差は僅かにしかない。無精ひげが伸びたロキの顔がカレンを見つめると、カレンもロキを見つめる事となる、直ぐに顔が段々と赤くなった。
「そ、そうですよね」
どこか上の空のカレンは抱いているロキを床に降ろした。自らの体をはたくとカレンの横に立つ。
「扉は恐らく開かないよ」
「何でなんですかっ!」
「叫ばない」
直ぐ近くで叫ぶ物だからロキは耳を塞ぐ。次に「これをみて」とロキは切り落とされた手首を前にだした。
カレンは一度は目を閉じたか、薄っすらとその傷口を見た。驚く事に傷口はなく、手首から上が無いだけで表面の肌が綺麗になってる。
「え。手はないのに、傷口も無いですね……」
「そう。取り合えず、そこの部屋に行こう。アレはまだ二階で暴れてるっぽいから」
近くの部屋へと入ると、二段ベッドが二つ並んでいた。先ほどまで誰がか居たような部屋、飲みかけの酒に、使い込まれたトランプなどが置いてある。
「あれ。ここって何も無かった部屋ですよね」
「僕らが知っている、いや僕が知っている部屋とはちょっと違うね、元は執事などの使用人室かな」
「なんだが意味深ですね」
残った手首で椅子を引き寄せ座るロキ。近くの酒の臭い嗅ぐと、納得したように頷く。
「師匠何だが顔が怖いです……」
「カレン。悪いが緊急を要する、ちょっとした質問に答えて欲しい」
「そんな事より、ここから逃げないとっ」
「そのためのの質問、なんだったら適当に椅子に座って」
椅子に座るカレンは膝に手を当てロキの質問を待つ。
「君の名前は……、ああダメか、僕が既に喋っている。カレンは僕に何を教わりに来たっけ」
「ちょっと、師匠なんですがっ。まさか、恐怖心からボケてしまって……」
咳払いをするロキに、小さく舌をだすカレン。
「そんなに怒った顔しなくても。勿論魔法使いに成るためですかね」
「次、君の生まれ故郷」
「エルダーですけど……」
エルダーかぁと、呟くロキ。
「何か、特産品はあるかい?」
「此処より小さな町でしたので特に。あっ。でも夏は西瓜が取れますね」
赤い実が美味しい西瓜、ロキも知っているし食べた事もある。「夏は美味しい果物を育てているんですよ」と、そう言うカレンを無視して次の質問に移るロキ。年齢や家族構成を聞いていくロキ。不思議そうな顔をしながらも、その質問に答えていくカレン。いい加減疲れたのがロキを睨むと不満の声を上げ始めた。
「師匠。こんな質問より、鎧を何とかしないと……。あと、その手だって」
「わかった。最後の質問というか。腕を出して」
言われるままに腕をだし、服を捲くるカレン。ロキは行き成りその腕に手の平を叩きつけた。肌が叩かれる音が響くと、座ったまま足をパタパタと前後に動かす。
「痛っ――何するんですがっ」
「本当に痛かったか」
「当たり前じゃないすがっ」
「今度は目を瞑ってっ」
最後だからと、念押しされたカレンは目を閉じる。
「なんなんですが、もう……。あ、変な事したらダメですよ」
「する訳が無い」
即答するロキに、カレンの口がヘの字に曲がる。
ロキはカレンの手を、複数回叩いた。カレンは痛がる様子も無ければ無反応だった。
もういいよ、と声をかけられ瞳を開ける。
「結局、何がしたかったんですが」
「僕らが置かれている状況の分析」
「はぁ。で、結局何がわかったんですが」
「夢。これは、第三者が僕らを巻き込んだ夢」
簡単に説明し始めるロキ。
先ずは魔法、発動するはずの魔法が発動しなかった件。さらに手首、ロキは手首が取れたと認識した後、実際に取れた。しかし、痛みの事まで考えておらず、気付いたら傷は無くなっていた。この時点で夢と考えたロキは、目の前に居るカレン。それは、ロキが作り出した夢なのか、カレン本人なのかと疑いを向けた。
ロキの夢であれば、カレンの過去をロキが知る由も無い。そこでカレンに質問をするとロキの知らない答えが返ってくる。これでカレンは本人と確信した。
そして、痛みである。
目を開き、手を叩いてみせると『痛い』と認識したが、目を閉じると痛みは感じられなかった。その点をカレンへと説明した。「さすが、師匠と褒めるカレン」と、手を叩くとロキを真っ直ぐみる。
「じゃぁ、私と師匠は同じ夢をみているんですね。ロマンチックっ」
「この状況でそれを言える君が凄い」
「褒めてるんですよねそれ?」
「どうだろうね」
叩かれた腕をさすっていたカレンの動きが止まる。
「師匠。説明は大変良くわかりましたけど、最後の痛みは私じゃなくてもよかったんじゃないですか? 私を本物って確認したら嘘付く必要性もないですし……」
「そうなんだけど。別に叩かれたくは無い」
「うわ、ひっどーい」
ロキがはぐらかすと、またもカレンは口先をすぼめて不機嫌な顔になる。
たった一日だけなのに長く付き合っている気分になるロキ。
「君といると、昔の仲間を思い出すよ。なんでも一直線で、人の話は聞かないし、押したらダメってスイッチは真っ先に押すし、自分勝手だし、毎回真上から見下ろしてくるし……」
「師匠の昔の話ですかっ! 聞いてみたいです。あと、なんだが段々と文句になってません? それと、私も背が高くて見下ろす形になるんですけど……」
指摘されたロキは、気まずい顔をして咳払いをする。
「ちょっと私情が挟んだというか。君の場合は先に弟子って認識が来るから別に気にならない。さて続きは、この夢が醒めたらにしよう」
「で、どうやってこの夢から、脱出するんですが?」
カレンの疑問に、「解決策は無い」と、ロキは喋ると、カレンの「どうするんですかっ!」と、悲鳴が小部屋に響いた。