67 ウイーザ子爵の悩み相談室
カレンはロキの着ているローブを小さく引っ張る。
溜息交じりの小さな声をロキへと呟いた。
「大きいですね」
「同感」
二人の目線の先。
連れらて来た宿は中間地点、宿場街でも一際大きい宿であった
五階建てであり、横にも縦にも大きい建物。宿というよりはホテルと言ったほうがいいだろう。
玄関ホール前には専用のホテルマンと、剣を腰に付けた人間が直立不動で立っている。
「いくらぐらいするんでしょうね……」
「考えたくもないな」
二人より先導しているウイーザ子爵と老執事はドンドンと進んでいく。
後ろで喋るロキ達が立ち止まるので振り返り大きな声を出した。
「どうした、付いて来いっ!」
急いで小走りになるカレンに、ゆっくりと歩くロキに満足し、ホテルへと入っていた。
一階は豪華なロビーになっており、そこでも剣を持った直立不動の人間が立っている。
ウイーザ子爵は黒いタキシード調の服に、内側が赤いマント。その側には何時もの執事が一歩引いて歩いている。
その姿は様になっていた。一方ロキとカレンは、使い込まれたローブに使い古された靴とズボン。ボサボサ頭であり場違いである、それでも、ホテルの人間が飛んでこないのはウイーザ子爵の客人という認識だからだろう。
階段をのぼり、最上階の部屋へと招かれる。
部屋にはすでにメイド姿の女性が三人立っており、その横には今作られたばかりの料理が湯気を立てていた。
老人の執事はウイーザ子爵を大きなテーブルに座らせると、ロキとカレンも座らせられる。
「えーっと……。私も一緒で――」
いいんでしょうか? と、聞く前にウイーザ子爵がアルコールの入ったグラスを一気に飲むと宣言する。
「はなはだしい事であるがっ!」
ウイーザ子爵の大声にカレンの体がビクッとなる。しかし直ぐに声のトーンは普通に戻った。普通といっても地声が大きいのであまり変ったようには聞こえない。
「ロキ男爵を我輩の組織に入れるためなら、苦渋を舐めようではないか」
「さすが、旦那様です」
「うむ、お前もそう思うか」
執事が直ぐにウイーザ子爵を褒める。気分を良くしたのか髭を触っては満足な顔だ。
一方名指しされたロキは不機嫌な顔を隠す事なく不満を言う。
「とりあえず、派閥に入るきはありませんけど、食事にお誘いお礼を申し上げます。ですが、カレンは僕の弟子ですし、僕自身は平民も貴族も意識してないです。さらに僕個人は騒がれるのが嫌いなので、もう少し誘い方というか」
ロキは精一杯言葉を選び、ウイーザ子爵へと話す。
素直に喋るなら。
貴族なんて意識してないし、派閥も面倒。さらにはお節介は辞めて欲しいと言っている。
ロキの言葉を聞いて不思議な顔しはじめる。
「何を言っておる。我輩は貴族である貴様が平民が泊まるような場所に泊まり、下賎な場所で食事を取る。貴族としての誇りを教える、何が悪い」
少しも悪いと思ってないウイーザ子爵の前に料理が並べられていく。
同様にロキとカレンの前にも並べられはじめた。
カレンが小さく手を上げる。
「すいません……。あのーテーブルマナーなど知らないんですけど……」
「なんだとっ! これだから――」
「子爵。僕も詳しくは無いです」
「――男爵とあろう者が、いや男爵クラスならそれもそうか。わかった、好きに食べるといい」
ウイーザ子爵は何本もあるナイフを器用に使い分け、肉や野菜を切り分け口に入れる。
ロキもカレンもそれぞれのナイフやホークを使い食べていく。
ある程度食べてからロキはウイーザ子爵へと質問をする。
「で、ウイーザ子爵。話というのはなんですか?」
「え?」
「カレン。ウイーザ子爵は用があって僕、もしくは僕等を呼んだ。たんに食事する為だけに呼んだんじゃないと僕は思ってる」
「あー、なるほど……。えーっと、やっぱり私席外しましょうか?」
口元にあるソースをナプキンで拭うと、ニヤリと笑う。
手を二回叩くと、執事が一礼する。
食事を運んできたメイドと共に部屋から出て行った。
カレンも席を立とうとした所で呼び止められる。
「平民の女よ、貴様はそこでいい」
「は、はぁ」
「そのなんだ、我輩には姪がいる。連絡を入れてあるのだが、ホテルに手紙が届いていた」
「姪ですか、そう言ってましたね」
ウイーザ伯爵は手紙を取り出すと、黙ってロキに手紙を渡す。
中を開き確認すると、だまってカレンへと手渡した。
「ええっと、読んでいいんです?」
「かまわん」
「でわでわ。『しいあいなるおじ様。あそびに来ると、きいて。とても楽しみです』子供の字ですね」
「下も読めっ」
「はい。『ウイーザお兄様。娘、お兄様にとっては姪のマチルダが九才になります、例年プレゼントはありがたいのですが、去年のような物は辞めてくださいね』読みました」
「そこだ。我輩は姪が三才の頃からプレゼントを渡している、何を渡せばいい」
「はぁ……。ええっと、普通なプレゼントを渡せばいいのでは?」
カレンの疑問に、苦虫を潰したような顔がさらにムっとなる。
ウイーザ貴族を怒らせた、そう思ったカレンが、あわてて直ぐに謝る。
「す、すみませんっ!」
「かまわん。発言を許可する、頼みと言うのはそういうのだ。平民に精通しているロキ男爵と、平民そのものである貴様ええっと……カバンいや、カマンと言ったな」
「…………、カレンです」
「ふむ。で、何があるか?」
「女の子でしたら、ぬいぐるみとかはどうでしょうか」
定番の案を言う。小さな女の子にはぬいぐるみが良く似合う。
「ぬいぐるみは三年前に百ほど送った。もう入らないと言われた」
「…………。可愛いポーチなどは」
「五十ほど送った所で、四十九個とぬいぐるみ九十八個と共に送り返された」
「で、ではっ。料理、料理ですよっ! 今みたいな美味しい料理っ!」
「三大珍味といわれる。トリュフ。フォアグラ。キャビアを食べ放題に連れて行ったら泣かれたし、妹に怒鳴られた」
因みにトリュフは地中にあるキノコであり、フォアグラは鴨鳥の肝臓、キャビアはサメの卵である。小さな子供が食べるような物ではない。
カレンは次の言葉が出なく、腕を組んで知恵を出そうとしている。
溜息交じりのロキがカレンに助け舟をだす。
「カレン。君は小さい頃何を貰ったの? 嬉しかった物とか」
「え、私ですかっ、木剣と盾ですかね。嬉しくて嬉しくて毎日振り回してました」
ウイーザ子爵の目が見開く。
「それだっ! 最高級の木剣。いや、貴族たる物本物の剣をっ。いやここは伝を使って最高級の素材からっ!」
「ウイーザ子爵っ。それは辞めたほうが、この子のは特殊過ぎでした」
「てへへ」
「駄目なのかっ」
「女の子に真剣は無いと思います」
カレンはポリポリと頭を掻く。
木剣など、男の子は喜ぶかもしれないが、普通の女の子は喜ばない。
「ではロキ男爵よ。貴様はエルフの娘に何を送っているんだ?」
「…………特には」
「なんとっ! 貴様は、世話になっていると噂なのに何も送らないのかっ!」
「そういえば、師匠からナナリーさんに何か渡してるの見たことないかも……」
「ウイーザ子爵っ! とりあえず僕の話は置いておいて」
ロキが慌てて話を変えはじめた。
結局その日は夜遅くまで何も決まらなかった。




