66 馬車の中
さほど広くない馬車内に三人の男女が座っている。
髭面の中年男性ウイーザ子爵。対面するようにロキと、自分は空気だ!と存在を消そうとしているカレンが居た。
「おい。我輩と同席を許可したんだ、そこの平民も楽にしろ」
「っ。はい」
「ウイーザ子爵。色々と思う所はありますが、次の町まで乗せて貰う事になりありがとうございます」
ロキは真面目な口調でお礼をいうと、ウイーザは髭を撫で満足そうな顔になる。
ポケットから葉巻を取り出すと、自ら火を付け吸いだす。
旨そうに吸うと、馬車内に煙を吐き出した。
「げほっ。げっふ」
「どうした平民」
「いえ、あのっ。煙が……」
ロキが助け舟をだす。
「ウイーザ子爵。狭い馬車内なので煙が充満してるんですよ」
「ふむ。男爵よ。貴様は吸わんのか?」
「吸いませんね」
ロキの言葉を聞いた後、葉巻の火を消し、ケースに仕舞う。
貴族といえと二人に気を使った子爵。
「ふむ……。先日貴様は、エルフとねんごろではないと言ったな」
「そのエルフがカーメルの町の魔法ギルドマスターのエルフであれば、彼女とは親しい友人であり、それ以上ではありません」
「おい。平民っ!」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
カレンは突然名前を呼ばれて驚く。
ウイーザ子爵が、カレンへ向くと髭を撫でながら話しかける。
「お前に聞く。お前は男爵一緒に暮らしているらしいが、毎晩男爵の夜伽をしてるのか?」
「はい? …………。ん? いえいえいえいえ!」
驚くカレンの横ではロキが蒸せている。
「子爵、うちの弟子に何を聞くんですっ!」
「おかしいではないが、煙草もしない、酒が好きとも聞かない、女も抱かない、金を集めるわけでもない、男爵よ。貴様は男として……。いや男が好きなのか?」
「ええ……師匠やっぱり」
「簡便してください……。カレンも『やっぱりって』どういう意味だ、どういう。ウイーザ子爵、僕のプライベートな事は話す積もりもないですけど、酒は飲みますし別に好色家などでは無いですので」
「安心しろロキ男爵。秘密は誰にでもあるものだ」
決め付けるウイーザ子爵はロキの話を聞いていない。
慌てるロキをみていたカレン笑いを堪えている。
「狭い馬車内だ、平民よ発言する事を許可しよう」
「ぷっ、あっはははっ。あっごめんなさい、静かにしますので……」
「ほらみろ、平民でさえ」
「もう。どうでもいいです。子爵とは次の町までの付き合いだけですので。所で良く僕達を馬車に乗せましたね」
ロキは溜息交じりに話す。
先日のウイーザ子爵の強引なロキの勧誘。集団で刃を向けたこと、さらにはロキがその状況を脱出し、逆に子爵を脅した事が含まれる。
普通の人間ならば、脅し、それを逆に脅されたのであれば手助けは無しない。
「ふむ、先日は手荒な事をしてしまったな」
「僕としては、アレがあったからこそ素通りすると思ったんですけどね」
「我輩は、考えた。富を得ようと先走り失敗してしまったと。ならば、挽回すればいい、聞けばロキ男爵は平民の弟子と共に首都を目指すというではないかっ」
「通り道なだけです」
「ならば、恩を売り我輩の派閥に入れるまで」
ウイーザ子爵は素直に喋る。
「僕は入る気はありません」
「貴様の意思に関わらず回りは動いているがな」
「はぁ、これだから貴族って奴は……、でウイーザ子爵はなんで王都へ」
「お主に負けた私兵を解雇しようとしたら、執事に止められてな。観光ついでに首都にいる姪に会いに……。ふむ、ロキ男爵よ。我輩の姪と結婚せよ。素晴らしい考えだ」
「何も素晴らしくはないですね」
ウイーザ子爵はロキに断れて本気で解からない顔をしてる。
カレンが小さく手を上げていた。
ロキは、カレンの発言を促す。
「師匠と、ウイーザ子爵の姪さ……。姪様って、やっぱり会ったことないんですよね」
「もちろん、ないよ」
「ふむ、庶民よ。会ってどうする」
「えっ、いやだって結婚ってなるとお互い好きな人ととかでする物だし……」
「カレン。その辺は面倒な仕組みなんだよ」
「何が面倒なのだっ! ロキ男爵よ。この際はっきりと言おう――」
ウイーザ子爵が熱弁を開始する。
貴族が貴族と結婚するのは血の為であり、結束を高める為、さらには貴族と平民が結婚するとでる、摩擦などを熱弁し始める。
中間地点の簡易宿泊所に付くころにはロキもカレンもぐったりしていた。
大小の宿屋が数件。馬を休める場所に、雑貨などを売っている商店。
さらには小さな酒場に、飯所と、冒険者ギルド管轄の詰め所など小さい町のようになっていた。
「じゃぁ。僕らは荷物を送ったりするのでこの辺で」
「あの、ありがとうございました」
小さく鼻を鳴らしただけで挨拶をするウイーザ子爵に、ロキは苦笑すると馬車を降りた。
子爵を乗せた馬車は一番大きな宿へと向かっていく。
「疲れましたね……」
「同感。肉体的な疲れを取るか精神的な疲れを取るかだった」
重たい荷物を直ぐに宅配を頼んだ後、二人は中級の宿を取った。
なぜ中級というと安い宿は狭く相部屋しかないからである。
カレンは安いほうが経済的ですと、文句を言っていたがロキは譲らず場所を変えた。
直ぐに宿を出て、カレンと合流する。
当りは既に暗くなっておりいくつかの酒場から美味しい匂いが漂っている。
近くの店に入り、日替わりを食べながら今日の事を話す。
「にしても、貴族って大変なんですね、顔も知らない人と突然結婚しないといけないとか」
「それでも、今の先代の王辺りからからは自由恋愛を唱えているよ。もちろん反発も多い」
「ナディ君もあんな人間になると思うと……」
「どうかな。あそこは貴族といっても代々変わり者が多いって所だからね。古い習慣はあまり気にしてないのさ。とはいえ、貴族の誇りはあったけど」
酒場の外が騒がしくなる。
二人は食事をしながら外を眺めていると、ついさっきまで乗っていた馬車が酒場の前に止まった。
ロキとカレンは顔を見合わせる。
直ぐに酒場に入ってくるウイーザ子爵、ロキを見つけると直ぐに大声を上げた。
「ここに居たか、ロキ男爵よ。貴族たるもの貴族らしく振舞うのも道理と思わないか」
ロキが困っていると続けて喋る。
「ふむ、その平民が心配か。ならばよし、平民も連れて来い。貴族の食事を招待してやる」
「断ります」
「何故だ!? こんな小さい店で残飯のような――」
いかにこの場所が貴族にとって不要であるが熱弁し始めるウイーザ子爵。
会話が止まりそうにないのでロキはカレンへ小さく尋ねる。
「カレン、ここで僕が、あの子爵を追い出した所で食事の続行と、宿に泊まれると思うかい?」
「まったく思いません。あの、師匠。厨房と周りのお客さんからも迷惑そうな眼で見られているんですけど……」
「だよね」
ロキはカレンと会話を追え、溜息を付く。
「子爵。わかりました。そのお誘いありがたくお受けします」
ロキは会計をしようとするが、貴族様からはお受け取りできませんと、いう眼の笑ってない店主に見送られ、二人はウイーザ子爵の馬車へと乗り込んだ。




