64 ポンコツ誕生
カレンが倒れて暫くの時間がたった。
リングから離れた住居スペースに二人はいた。
カレンはあの時から意識が戻らず、今は簡易ベッドに寝かせている。
ロキはその近くの椅子で座りながら仮眠を取っている。
「んん……うん。うん……」
カレンが寝返りを打つ。ロキの眼が開きカレンを見る。
苦しいのか、ロキが掛けた毛布を跳ね除けベッドから落ちそうになった。
ロキは慌ててその体を押さえに行く。
ドサッ!
「とっと、あぶないっ」
膝を立て、体勢が悪い形になるが、カレンをお姫様抱っこした状態となる。
それまで唸っていたカレンの瞳がゆっくりと開く。
「あれ、師匠。おは……」
「ああ、おはよう」
カレンは状況が理解出来なく、周りを確認する。
ロキとカレンの顔は距離にして手の平ぐらいの差、部屋は薄暗く、カレンの背後にはベッドがある。
カレンが困ったような顔でロキへ尋ねる。
「えーっと、師匠。そういう事したいんです?」
ロキは直ぐに意味を理解し、素早く手を放す。
カレンは床へと落とされて、鈍い音が響いた。
ドンッ!
「っいったあああああ。し、師匠なにするんですっ!」
「馬鹿な事いうからだ。君がベッドから落ちそうに成ったので助けただけ。気分は?」
「最悪ですね。お尻が痛いですよっ。あっそうだ、師匠、なんで私寝てたんですか?」
「試合の最後で倒れたんだよ、覚えてる事は?」
カレンはお尻を擦りながらベッドに腰掛けた。
ロキは先ほどまで座っていた席へと戻るとカレンへ向き直る、それを確認したカレンは話し出した。
「ええっと……最後に見たのは師匠が出した剣ですかね、って事は私負けました?」
「そうなるかな」
「うう、折角剣に魔法を乗せてびっくりさせたかったのに」
「いい案とは思うけど、普通の剣に魔法を乗せてもね。剣のほうが耐えれない」
「それよりっ! 師匠の魔法。あれなんですっ蛇!? それと前から気になっていたんですけど師匠の魔法って氷ばっかりですよねっ」
試合の時にみたロキの氷白蛇。
カレンは興味津々で聞いてくる。
「ああ、あれね。話すのが面倒なので却下」
「ひどっ!」
「簡単にいうと強化属性、ただ僕の場合結構特殊な所もあるから、ともあれ、こんな夜中に話す話題でもない。僕は隣の部屋で寝るからまた明日」
「あっ、おやすみなさい」
ロキは片手で返事をすると隣の部屋へと戻る。
魔道具の照明を付け粗末なベッドへと寝転がる。天井を見つめながらロキは呟く。
「にしても、無防備な、そこがカレンの魅力なのかな」
もちろん、部屋にはロキしかいないので誰も返事は無い。
短く苦笑すると、直ぐに寝支度に入った。
カレンの部屋に美味しそうに匂いが充満する。
その匂いでカレンは眼が覚めた、部屋の中は既に明るい。
欠伸をしながら匂いの元をたどる、宿室から出て直ぐの部屋から音が聞こえてきた。
カレンは顔だけ覗きこむと、料理を作っているロキと目が会う。
「あっ。お早うございます」
「おはよう。水場は裏にあるから、終ったら食事にしよう」
「はーい」
身支度を終えたカレンが戻ってくる頃には朝食が出来上がっていた。
料理は厨房の隣にある広い食堂に運ばれている。
二人以外の音がしない場所で取る食事。
「何か、広すぎるのと、音が無いと落ち着きませんね」
「生き物も居ないからね、天気が変わるわけでもない。仮に閉じ込められたら、そのうち気が狂うだろうね」
「怖い事言わないでくださいよ」
「こういう封印された場所って沢山あるんですか?」
「確認されているだけでそこそこ、大体は管理されてるよ。殆どが魔法ギルド管轄かな」
「へぇ」
「ふむ。さて食事が終ったら一応朝の訓練と行こうか。どうする試合にするかい?」
「ええっ! 選んでいいんですかっ!」
カレンはロキの提案に立ち上がり、食べ終わった食器をテーブルから落す。
提案したロキのほうが、カレンの勢いに負けて若干引いてる。
「ちょっとした確認もしたいだけだし、どっちでもいいんだけど」
「試合で! すぐに食器下げて来ますっ!」
カレンは直ぐに食器を集めて厨房へと走ってく。
ロキは食べかけの食事がはいった物まで下げられ、カレンの背中とテーブルを交互に見て溜息をだした。
一休憩終わった後、カレンは魔法の杖をもってリング中央に立っていた。
その顔は先ほどと違って嬉しい顔ではなく、慌てた顔である。
「やっぱ無理です……」
二人が昨日と同じ位置に立ち、カレンが魔法の杖を正眼に構える。
そしてカレンの魔法球が出来上がり、それに属性を足すだけだったのだが、現在カレンはその魔法球すら作るのにも不安定な状態だった。
とても数週間前に火柱を出した人間とは思えない。
「やっぱりか」
「あのーやっぱりとは」
ロキは一人事を言うと、カレンへと近付いた。
カレンが正眼に構えたままの杖を反対側から掴む。
杖の先に小さいが青白い魔法球が綺麗に出来上がる。
「カレン。恐らく君の魔力は今は底を付いてる」
「無いって事です……か?」
「…………」
「あの、無言なのは怖いんですけど……」
カレンの声は段々と消え去りそうな声になる。
「大体の魔法使いの魔力は疲労と同じ、数日立てば回復するのが多いんだよ」
「はぁ。じゃぁ、私のもそうじゃないんですか?」
「流石に魔法球すら作れないとなると、可能性も低い」
「…………」
「…………」
お互いに沈黙が続く。
それに、魔力を吸収してるのを見た。とまでは言わなかった。
「えーっと、師匠。今までお世話になりましたっ!」
カレンは大きな声で挨拶をすると、足早に出口へと行こうとする。
あっけに取られたロキは直ぐにカレンの後を追いかけた。
「待てっ!」
「いえ、待てといわれても、さっきの沈黙ってあれですよね。魔力がない人間を弟子にして扱いが困ったからからですよねっ。なので最後ぐらいは私から出て行ったほうが良いと思いましてっ」
振り返らずに、喋るカレン。そのスピードにロキは追いつけない。
「違うっ!」
「いえ、気を使わなくても大丈夫です。魔法使いに成らなくてもいいですしっ、どうせ私は役に立ちませんしっ、ちょっと寄り道したと思えばっ」
ロキは立ち止まる。カレンは尚も出入り口に向かって歩いている。
振り向きはしないがカレンの声は空元気な声なのはロキにもわかった。
「本気か?」
ロキの短い問いにカレンは一瞬立ち止まる。
そして歩き出そうとして転んだ。
「っ」
カレンの足元に氷が絡みつきカレンを転ばせた。
もちろん、ロキの魔法である。
ロキは無言でカレンの側へと進む、転んでいるカレンの正面に回り仁王立ちで睨む。
「う。あの、顔が怖いですけど……」
「怖くもなるっ。変な気の使い方はしなくていいし、君が諦めても、僕はそう簡単に離さない」
「…………」
「…………」
二人の視線が真っ直ぐにお互いを見ている。
そのうちカレンの頬が少し赤くなった。
「あの、気持ちは嬉しいんですけど、師匠と私は年も離れてますし、教わってる以上一晩、二晩は我慢しますけど、その、あの、ナナリーさんにも悪いですし……」
ロキの無言の手刀がカレンの頭を叩く。
「いったっ」
「僕が言ったのは弟子としての君の立場だ。まだ魔法使いの道はあるし、本当に駄目になっても簡単に捨てはしない。ある程度の口利きだって出来るし、道はあるって事」
「何も行き成り叩かなくても……。師匠しってます? こういうのパワハラっていうんですよ」




