62 初めての模擬
ロキは馬車に乗り込むと、直ぐに馬車内にあるカーテンで窓を塞いだ。
ゆっくりと動き出したのを確認したら、ロキはそのまま椅子の上に倒れこむ。
慌ててカレンが大きなを出し、近くに駆け寄った。
「師匠っ!」
「し、静かに」
「でもっ。顔色が急に悪く……」
「死ぬかと思った」
「はい?」
ロキは椅子に寝そべったまま仰向けになり深呼吸をする。
暫くは天井を見ていたが、心配そうなカレンへ顔を戻すと続きを話した。
「考えてもみなよ、あの対魔法用の結界だよ、城にあった結界よりも凄い力だった、しかも旨く隠してる」
「じゃぁ、ハッタリだったんですか?」
「せめて、僕を師匠と思ってくれるなら戦術といって欲しい」
白い眼のカレンをみてロキは呆れ声を出す。
「じゃあ、戦術だったんですか?」
カレンはロキの言うとおりにシレっと言い直す。
数秒の沈黙の後、ロキは体を起こし始めた。
頭を掻きながら説明する。
「いいかい、魔法使いは接近戦に弱いのが多いんだ。だからこそ後方から打つ……。もっとも君ならあれ位ならしのげそうだけど。フォーゲンから聞いたよ。剣の腕は凄いって」
「『剣の腕は』って所が引っかかりますけど、それにいくら私でもあの人数をどうこうできるとは……」
「僕もその一例に入ってる事、出来る事なら接近戦はやりたくない」
「過去に負けた事があってトラウマとか?」
「……傷口をえぐってくるの旨いよね、カレン」
「えへへ、じゃぁ剣も魔法も私のほうが追い抜いたって事に……」
「才能は確かに君のほうが上だ」
「本当ですかっ!」
褒められたのが嬉しいのか、カレンはロキの手を握ってくる。
ロキは握られた手を見た後に、何か思いついた顔になった。
「よし、弟子の出鼻を挫くのも師の務めと聞いた事がある。この街を抜けたら一つ実戦訓練をしようか」
「ええええっ! 私の魔法を相殺するのに全力だった師匠とですかっ! あっ。ごめんなさいっ」
「宿に着くまで寝る。付いたら教えて」
「あっ、師匠。もしかして不貞腐れました?」
「疲れただけだよ。頼むから休ませて」
嬉しそうに言うカレンに、ロキはぼやき始める。
ロキはそのままカレンに背中を向けると横になると静かな吐息を出し始めた。
カレンは、ロキに助けられた事、その事を実感し、その背中にお辞儀をする。後は、ロキを起こさないように反対側で小さく座った。
カレンの頬に痛みが走る。
叩いているのはロキである。
慌てて涎を拭いて眼をあけるとロキの顔が見えた。
「ふへあえ?」
「ふえあ、じゃないよ。宿に着いたよ」
「あ、師匠。お早うございますって、すみませんっ。寝てしまいましたっ!」
ロキ達は宿に戻って来て部屋を取った。
驚いた店主であったが、宿を救った人であるロキ達を歓迎して泊めてくれる事となった。
やはり部屋は一室しか空いていなく、ロキは床で、カレンはベッドで寝る事に。
カレンは欠伸で眼が覚める。
宿の一室は明るい光が入っていた。
床を見てロキの姿を探すが、既に居ない。もう一度欠伸をして着替えを始める。
部屋をでて宿にある中広間へいくと、ロキは宿屋の主人と何やら話しこんでいた。
「師匠、お早うございますっ!」
「ん。おはよう」
「お、嬢ちゃんお早う。飯は、近くにある飯屋が数件あるから好きな所行ってくれ、いま恩人様に渡した木板もって行けばタダだ」
「普通に名前で呼んで……」
「何を、恩人様が居なかったら俺様の宿が無くなっていた居た所だ」
「師匠、早く行きましょうっ! なぜかお腹減ってます!」
カレンの言葉を聞いて宿屋の主人はロキだけに聞こえるように囁く。
「おい、恩人様だから怒れねえけど、腹が減るほどやったのか!?」
「違うっ!」
ロキは全否定して、宿を後にした。
近くの飯屋に入り注文を取る。言われたとおり木札を出すと笑顔で対応してくれた。
遠慮なしに、どんどん頼んでは食べるカレンに飯屋の主人は少し引いてる。
気にしないか食べながらカレンはロキに話しかけた。
「所で師匠って、変な気を使いますよね」
「ん?」
「だって、目の下に若干クマ出来てますし。一流の冒険者なら男女が一緒の部屋に寝るのだってあると思うんですけど、それにナナリーさんとは同じ部屋などあるんですよね」
「一緒に旅をした中では当然そういう時もある。だからと言って君は弟子とは言え預かりの身だし、弟子を手を出してる魔法使いとしては噂されたくない。前回の旅だって、僕とナナリー、カレン達は別部屋だったろ? 僕なりの最低限のけじめみたいなものだ」
「たしかに!」
「納得したかな?」
カレンは思う、一年もロキの場所にいるのだ、周りからは当然そういう眼で見られる事もあるだろうに、今更なのでは? と言葉をのんだ。
「何となく解かりました」
「…………そう。今更だろって顔してるけど、その辺は守りたい」
「べ、別になにもいってませんよっ!」
ロキは短い返事をすると、疲れた顔に戻る。
フラメルの街を出ること半日。
ロキは途中から街道から外れどんどん人気の無い所へ歩く、カレンはその後を重たい荷物を背負って着いて行く。
平坦な街道とは違い、木々が増え道も獣道見たく細くなっていった。
少しの坂をいくつか通り過ぎる。
頑丈な小屋がポツンと立っていた。
余りに場違いな小屋がありカレンが不思議な顔をする。
「師匠、ここは?」
「ギルド公認の練習場。本来は近くの魔法ギルドに許可を得ないといけないんだけど、今は閉鎖中だからね、勝手に使わせてもらおう」
「あの。練習場っていっても小屋ですけど……」
カレンの言うとおり、窓も無ければ煙突も見当たらない。人が二人入ったら寝る場所も無さそうな小さな小屋が森の中にあるだけだ。
無いとはわかっていても、カレンはロキへと突っ込んだ質問をする。
「えーっと、もしかして、その手篭めをする為の場所とか……。練習って」
「ナナリーと一緒過ぎて、頭まで似なくてもいい。まっ、心配するのもわかる、入ればわかる」
ロキは小さく言葉を呟くと、場違いなドアノブを掴んだ。
一瞬青白い光が盛れ直ぐに消えて無くなる。
扉を開くとその先だけが別空間になっていた。
「ええええっ!?」
「これが練習場」
「え、でも。周りが森なのに、中は広い闘技場なんですけどっ!」
「さて、さっさと入ろう。あまり長い時間空けてられない扉だからね」
ロキはカレンを先に入れると、自らも入って扉を閉めた。
二人が居なくなった森は元の静けさに戻る。
「わかってると思うけど、ここも封鎖された場所の一つ。ただ害は無いから秘密の練習場として使ってる。後は災害時の避難所としてかな。カレンは知らないかもしれないが、この辺も昔は物騒でね」
「魔物ですか?」
「魔物もそうだけど、人もね。戦争って奴。さて老人の昔話ほどって奴で、カレンそこに詰んである人形を取ってくれるかい」
カレンはロキに言われた所を見る。木箱の中に金属で出来た人の形のようなものがいくつか入っていた。
カレンは、これですか? と、聞く。
ロキは静かに頷いて一体を受け取った。護身用の短剣を取り出すと手の平を小さく切る、赤い鮮血がにじむ出ると人形掴んだ。
銀色の人形がドス黒く変色していった。
「あのー。どん引きです、魔法具なのはわかるんですけど、説明がないと血を人形に染みこませて見て笑う変質者に……」
「そこまで言わなくても、簡単に言うとこの場所限定の身代わり人形、この人形に血を染みこませると、死ぬような傷を代わりに受けてくれる、死にそうな人が使っても効果はないけどね」
「すごいっ! 一体いくらなんです? 冒険するのに持っていけば」
「この場所限定。外でも使えたらそれだけで、地獄のような世界になるよ」
カレンはロキの言葉に、少し考える。
やがて、小さな声で答えをだした。
「死なない人間。そうですよね……これを持った人たちが居ればどんな国でも落せますよね」
「そう。少しはわかってくれて僕は嬉しい。じゃぁ、はじめようか」




