06 師匠の味覚
結局二本目の杖を作り魔法ギルドを後にした二人。
既に日は落ち、夜空には星がみえる。舗装された石煉瓦の道を、ランタンを持ちながら歩く二人。
高級住宅街を抜け、石煉瓦の道がボロボロになっていく。
二人は無言で歩くと、とうとう道が砂利になった。先ほどから家すらも見えない。
心配しはじめたカレンが、背後からロキが持ち歩いている地図を覗き込む。
「師匠、道合ってます?」
「あってるよ。この先らしいんだけど」
「随分、辺ぴな所ですねー……」
「僕が頼んだからね。魔法の練習もある」
「師匠、あれじゃないですがっ」
大きな煙突が薄っすらと、見えて来た。近くに拠ると、真新しい洋館が二人には見えた。
石作りの門があり、雑草が生い茂っている。鉄の門を音を立てて開ける、中庭は広く、井戸が見えた。
両手で開ける大きな扉、ライオンのドアノッカーが付いており、カレンは何気なく複数回鳴らした。
「反応ないですね」
「そりゃ、あるほうが怖い。馬鹿な事は……。あれ、カレン、君は幽霊とか平気なの?」
「ええまぁ、実際に見た事ないですし。居たらみたいなーって。あれ、師匠は怖いんですかっ!」
「害の無いのは怖くない。問題は害のあるほうだ、さて勉強はまた今度」
「はーい」
両手で扉を開けて中の広さに驚きの声を上げた。
直ぐにホールにあるシャンデリアに灯りをつけたロキ。天井に吊るすと、その大広間が映し出された。
まず、大きなシャンデリアがある現在場所。左右には部屋があり、二人で確認する。
食堂、その奥には厨房があり、さらに中庭へと続く裏門。
近くにはトイレの部屋があり、数人は余裕では入れる浴室。
反対側には二段ベッドが二つならんだ部屋があり、元使用人室というのか見て取れた。
二階へ続く階段は踊り場で左右に別れており左右に部屋が四つあった。
調べる部屋調べる部屋、何所を見ても感心の声をあげるカレン。
「大きな作りですね」
「大きすぎる、と言うべきか」
「お得だったんですよ」
カレンが感想をいうと、ロキは首を捻る、「裏が無ければいいけど」と、呟いた。カレンは聞いておらずに笑顔で周りを見ている。
「家というよりは、もう屋敷ですねこれ。貴族の子になった気分です」
「これぐらいの家であれば、魔法使いになれば不可能ではないよ」
「えーっ! 師匠の家はあんなに小さかったのにですかっ!?」
「…………。僕は好きであの大きさの家にしたの、一人でこんな大きな屋敷に住んだって管理が大変だ」
「あー……。そういわれるとそうですね」
中央の階段を登り、踊り場を右に上がる、金属のドアノブが付いた部屋が二つ、鍵穴が付いており解除する為の鍵は丁寧にもノブに掛けられていた。
「じゃ、本格的な事は明日に決めよう。カレンも疲れたでしょ」
「私ですか? 全然ですけど……。やっぱ若いからですかね?」
「ああ、そうだろうね。おじさんである僕はヘトヘトだ」
鍵を開けて室内に入った。
室内は小型の暖炉に細工が施された物が一つ、横には薪もある。
他には木製のベッド、その横には机と椅子。大き目のドレッサーも備えられていた。
「しっかりした作りですねー」
「流石に広いな。元は貴族の別荘か何かだったんだろう、さて君も好きな部屋を」
「はーい。では、師匠」
カレンは部屋の出入り口で立ち止まると、ロキに大きく頭を下げる。今日一日感謝を込めてのお礼であり、カレンが今出来る背いっぱいの仕草。
「今日はありがとうございましたっ!」
「はいはい」
軽くあしらうロキに、カレンは大きく息を吐くと部屋から出て行った。
春だというのに室内は寒く、ロキは積んである薪を適当に暖炉に入れると火をつけはじめる。暫くすると室内の温度も高くなり、今度はお腹が鳴り出した。
「考えてみると、朝から何も食べて無い」
朝方に野菜を摘み、昼食はカレンが食べた。その後にお茶を飲み、冒険者ギルドにいき仕事する。帰り際に盗賊に襲われて、最後は魔法ギルドで杖を作るのに二回も魔力を吹き込んだ。ロキは、自身が疲れているのを納得した。
「そう。決して歳のせいじゃない」
誰も聞いていない一人事を言うと、部屋をでた。中央ホールのシャンデリアにはまだ灯りが残っており屋敷の中を明るく照らしている。
踊り場で立ち止まり、一階へと降りるロキ。中央広間からカレンが消えていった部屋を軽く見ると、食堂、その奥の厨房へと向う。
フォーゲンの手際だろう。裏口部分にパンや粉、保存食の入った袋が置かれている。
三日に一回、宅配されるシステムだ。
空気がひんやりしている厨房。石で出来たカマドに種火をいれていく。その間に裏口から裏庭にでると井戸水を汲み厨房に運んでは直ぐにスープを作り始めた。
鍋は二つあり、一つはおいしそうな野菜中心のスープである。
もう一子鍋が掛けられており、緑色の液体が入っていた。最後に緑色の液体を鉄の入れ物に入れると、ロキは氷の魔法で一気に冷やした。
残ったスープと野菜をトレイに載せるとカレンの部屋へと向かう。
いくら師でも、行き成り女の子の部屋を開けるのは不味い。それぐらいはロキはわかって居るので静かにノックをした。
「カレン。まだ起きてる?」
部屋の中で何か閉まる音、次に何かか転ぶ音、暫くの沈黙の後に、扉越しにカレンの声が聞こえてきた。
「ふぇ。師匠、なんですがっ、こんな夜更けにっ!」
「夜更けって、さっきまで一緒だったでしょうに。食事。適当に僕が作った物だけど、持って来た。パンとスープ」
「本当にそれだけですか……」
「パンとスープで満足出来ないなら、後は自分で作って貰えるかな……」
扉を半開きにして、顔を覗かせるカレン。「そうじゃなくて、ですね……」と、言った後、ロキの持って来たトレイを見て、笑顔になる。
一人で頷いたあと、「師匠、少しまってくださいね」と言うと扉を閉める、部屋の中から再度顔を出しロキを招き込んだ。
「狭い所ですが、どうぞー」
「僕の部屋と同じ作りと思うんだけど……」
ロキは苦笑しつつカレンの部屋へと入った。ロキの言うとおり差ほど代わってなく、大きめ机があるのと、ベッドには天幕が付いているぐらいだった。
「すごいな。貴族夫人部屋かな」
「そうかもですねー。安宿しか使った事がないので、本物の貴族になったみたいです」
カレンが嬉しそうに喋る中、ロキはカレンの分を料理を机に並べた。
「じゃ、僕は部屋に戻るから」
「えっ、師匠も一緒に食べましょうよ」
「と、いうけど。女の子の部屋に何時までも居るわけにも行かないでしょ」
「大丈夫ですよ。師匠はそんな下心なさそうでしたし」
本人を前にしていう言葉ではない。ロキは「子供だな……」と聞こえないように言うと、薦められた椅子へと座った。
テーブルの上には、暖かい野菜スープが一つとパン。あとは緑色の飲み物が一つ。
カレンもパンを手に取る、そして並べてあるスープ、これはカレンのほうに置かれているので自身のとわかった。問題はロキの方に置いてある緑の飲み物である、指を差して聞いてみる事にした。
「師匠、これは何でしょう」
「何って、栄養ドリング」
ロキが飲む前に手に取るカレン。手の平でその臭いを嗅ぐと、咳き込み、涙声になる。
「師匠これ、人間の食べる物じゃないです……」
「臭いは悪いけど栄養はある」
「栄養無くても、美味しい物が食べたいです……師匠だって美味しい物のほうが良いですよね。そもそも、何を入れたらこんな匂いになるんですがっ」
「色々な草かな……。食べれない物は入れてない」
ロキは緑色の飲み物を飲んだ後に頷く、「良い苦さだ」と喋るとコップを置いた。
思わずカレンは「お爺ちゃんみたいですね」と言うと、「そうかな」と考え込むロキであった。
並べられた食事が綺麗になると、カレンは手の平を合わせる。
「ごちそうさまでした。師匠、ありがとうございますっ」
「どういたしまして。足りなかったら厨房にまだパンとかあるから自分で作って」
ロキは大きな欠伸をしながら席を立つ、「さて、そろそろ寝ようか」と喋るとカレンも「そうですね」と欠伸をしだした。
カレンの部屋から出ると、一度階段の踊り場まで降りて反対側の自室へ向かう。シャンデリアも油が切れかかっており先ほどよりも薄暗い。
妙な胸騒ぎを感じたロキは辺りを見回す。特に以上が見受けられないのを確認すると自室へと入っていった。