57 後始末
カレンが眼を覚ます。
石作りの天井に、照明のためのランプをつけるための燭台。
顔を横に向けると、本を閉じたまま寝ているルナが座っている。
「どこ、あれ。教会?」
カレンの言葉に、ルナの目が開き、カレンを見つめる。
余りにも真剣に見るのでカレンは照れくさそうに、おはようと言うと、ルナが慌てて立ち上がり転ぶ。
「痛っ」
「ちょ、ルナっ! 大丈夫!?」
「は、はいっ。あっカレンさん大丈夫、大丈夫ですから、そのままベッドの上に居て下さい」
「いやでも、怪我は? お尻凄い打ったみたいだけど。えーっと、ここ教会よね? 直ぐに薬を……」
「いいですからっ! 直ぐに、えっと魔法ギルドの人呼んで来ますのでっ!」
ルナは打った場所をさすりながら廊下に出て行った。
カレンは改めて周りを確認する、やはり数日間お世話になっている教会だった。
自らの指を折り曲げて確認しようとすると、直ぐに扉が開く。
思わず体をびくっとさせるとナナリーが部屋の中を見渡し、カレンの顔で視線が止まる。
「カレンさん……」
「はい?」
「良かったですわ。目が覚めて」
「はぁ」
カレンは状況がいまいち解かっていないので生返事だ。
ナナリーは、説明しましょうと、先ほどまでルナが座っていた椅子へ座るとカレンは意識が無くなりここまで運んだ事を伝えた。
「そうだったんですかっ!」
「あれから十日って所ですわ。体に痛い所などはありません?」
「十日って。しいて言えば、今から走りたいぐらいに元気です」
「辞めてくださいまし、病み上がりなんですから」
「はい……。そうだっ! パックさんにお礼を言わないとっ」
カレンの質問に、一瞬だけナナリーが固まる。カレンに悟られないように表情を戻し咳払いをした。
「お礼ですか。それより、カレンさんは何所まで記憶があります?」
「記憶って。確か、お肉の匂いがして師匠達が助けに来てくれて、変な巨大な骸骨が出たと思ったら……」
「思ったら……?」
「そう。師匠の魔法で一撃でしたねっ!」
「はい?」
「え、だって師匠の氷の魔法でバリバリバリって倒しませんでしたっけ? で倒した後、なんだが安心したら眠くなって、そう、そこでパックさんが背負ってくれるって」
「――――、そう、でしたわね」
ナナリーは、カレンの話に合わせる。
色々迷惑かけたなーっと元気よく話すカレンの話を黙って聞くナナリー。
話が落ち着いた所でカレンへと向き合う。
「カレンさんには残念ですが、あの兄妹は緊急な用事で里に帰る事に。今回の後始末見たいな物を報告しなくてはなりませんし、里が遠いので店も閉める事になったのです」
「そっ。そうなんですか?」
「ええ。ですから、逆にカレンさんの事を心配していきましたわよ」
「私てきには、十日も寝ていたのが嘘みたいなんですけどね。さて色々と疲れる話は元気になってからにしましょう」
「私は元気なんですけど……」
「皆そういうんです。ロキ様はこの町の魔法ギルドに居ますので、知らせて行きますわ。ルナさんを監視として部屋に置いて置きますので、決して暴れないようにお願いしますわ」
「子供じゃないですから……」
ナナリーはカレンの文句を受け流し、それではと部屋から出る。
教会の食堂でルナを見かけた、手にはトレイを持っており二人分の食事が盛られている。
どうやら、カレンに食事を持っていくらしい、後はお願いしますと頼み、小走りに教会を後にした。
ナナリーは 閉店中と書かれた看板の立つ魔法ギルドの前に戻ってくる。
扉を空けると、ロキの声だけが聞こえてきた。
「張り紙に書いてる通り。魔法ギルドは改装中。前の店主は里に帰った」
「わたくしですわ」
ロキはナナリーの声で奥から顔をだす。
「ああ、おかえり。前の店主は何所いったって熱心なファンが多くてね」
「すみません。ロキ様にこんな仕事をお頼み申して」
「いや、別に文句を言ったわけじゃ。ミナトなら事務所で売り上げの計算中」
「ロキ様。カレンさんが起きました、少し事務所に行きましょう」
ロキを連れて事務所へと行くナナリー。
事務所の中では眼鏡を掛けたミナトが貴金属を手早く別けていた。
二人の姿を見ると、張り紙の張りなおしとお茶でも入れてきますと、そっと席を外した。二人のために気を利かせて出て行ったのだ。
「ロキ様が思っていた通りですわ」
「そっか、カレンの記憶が違っていたか……」
「ええ、あの兄妹にお礼をしたいと」
「真実を知っているのは僕らしか居ない」
パックラインは死んだ。
死者の王の一撃で体を持っていかれたパックライン。その手を握っていたメルクラインは余りの事に呆然とし、心のバランスが壊れた。
兄であるマクインの心こそ壊れなかった者の、顔に疲れが見え、これ以上魔法ギルドで仕事をするのは厳しい状況となっていた。
そこで、ナナリーは二人に紹介状を書き。別け在りが住む隠れ里へと向かわせる事にしたのだ。マクインは一晩考えた後、うつろな眼をしたメルクラインを馬車に乗せ町をひっそりと出た。
そうなると、この町の魔法ギルドは、閉めなくてはいけない。今後、別のエルフが経営したいと来るだろうが、防犯の為にも魔法の道具は全て空にする。
ナナリーはミナトを呼び出すと、ロキと一緒に残された処理をしていたのだ。
「はい。覚えてないというよりは、記憶が変わってましたわ」
「それ事態は別に良くある事なんだ。僕が懸念してるのは、その回数と、あの力」
ロキは続けて心配事を話した。
周囲の話と食い違いが多くなると、それを封印するように違う記憶が生まれる。
真実と違うのだから矛盾が出てくる、矛盾を埋めようと偽の記憶が生まれる。
「偽の記憶が多くなると、どうなると思う?」
「最終的には矛盾が生じて心が壊れますわね」
「だよねぇ。壊れるだけならなぁ、壊れた先で魔法が暴走する危険性。そうなった時に、どうなるか僕にもわからない。報告事例が少ないんだ。黒い魔力は忌み嫌われてる、それは僕も知ってるし、探した本でもそうだった」
「結局封印するんですか?」
「本人次第、とは言え、本当にあの場の魔力を吸い取ったなら封印は出来ないと思うよ。僕としては、前にも言ったけど魔法使いを目指すなら目指してもらいたい」
ロキは所で、と言うとナナリーを見つめる。
「やですわ、ロキ様。熱い視線を……。せめて夜になってから、でもロキ様が望むなら昼からでも」
「君の魔力は戻った?」
「…………、やですわ。こうもスルーされるとボケたほうは、ごほん。全然ですわ、良くてサラマンダーの子供程度ですわね」
ナナリーは手の平に小さなサラマンダーを召喚する。
サラマンダーは辺りを見回し小さな炎を吐くと丸くなり始める。
「ロキ様はどうですの?」
「僕のほうも小さな氷を作れる程度。あの時カレンは周りの魔力を吸い取った」
「ロキ様。全てはロキ様の考え通りだった場合はどうするのですか?」
「吸い取った魔力をそのまま攻撃魔法にされたら。町が、いや国が吹き飛ぶだろうね。――カレンが本気を出したら僕ではもう抑えきれない。抑えきれないようなら、その時はその前に罪は背負う積もりだよ、といってもギリギリまでは見極めたいし……」
「あら、ロキ様にしては優柔不断ですわね」
「僕は何時でも優柔不断だよ。それでも今の僕に出来る責任って奴かなぁ」
その時にはロキはカレンを殺すと言っている。そう話して居るのだ。
事務所の扉がノックされる。
ミナトが冷たい飲み物を持って入ってきた。自然と話題も終りこれからの事に話が移りかわり魔法ギルドを畳む作業へと進んだ。
休憩が終りミナトが、では先に行きますと、出て言った。
ロキもその後を出ようと扉に手を掛けた時に背後にいるナナリーが優しい声を出した。
「では、わたくしは、ロキ様が最悪の責任をされた時に、心が潰されないように全てを焼きましょう、ロキ様も……、そして、ひっそりと隠居しますわ」
「参ったな。そこまで心が弱い訳でもないんだけど、人の死は何人も見てきてるし、この手を汚した事もある」
「さぁどうでしょうね。失恋の余り泣くんじゃないでしょうか」
「失恋って、ナナリー君ね……。僕がカレンに恋をしてるとかおもってるわけ?」
「恋まではいかなくても、ロキ様が好きそうな体系、特に胸ですわよね、知ってますわよ、わたくしみたいな美乳ではなく、ミナトやカレンさんみたいな、大きなお胸が好きって事は」
「なっ」
唐突な話にロキが固まる。
確かにロキはナナリーみたいな幼い体系より、胸が大きいほうが好きだからである。
だからと言ってカレンに手を出そうとは思わない。思わないが、たまに視線が動く時だってある。
「ミナトも『視線を感じる時がありますけど、どうしましょうか?』って」
「違うっ! 断じて違うっ! あっ、ナナリー。僕の話をだね」
「はいはい。そこに詰んである。使わないアイテムをまとめてくださると助かりますわ」
ナナリーは、ロキを残して先に部屋から出て行った。
残されたロキの虚しい弁解だけが、取り残されていった。




