56 vs死者の王
「で、僕の所に来たわけか……」
そう喋るのはロキである。
場所はロキが住む屋敷の客間、時間は既に夜更けになっており、対面する二人はマクインとメルクライン。
ロキは突然の訪問者にも顔色を変えず屋敷内へと通した、そこでカレンとパックラインが行方不明なのを聞かされたのだ。
「はい。遺跡中央に大きな穴、直ぐに確認したのですが魔物が多く、でもっ! 二人のその」
「遺体はなかったと」
「はい……」
「勝手と思いますが、大魔法使いであるロキ・ヴァンヘルムさんと、エルフ里長であるナナリーさんの手を借りたいと思い夜分に」
ロキの質問に答えるのはメルクライン。
普段のおちゃらけな言葉ではなく神妙な顔のまま謝る。
「本当にすまない」
マクインの言葉が終ると、客間の扉が音を立てて開かれる。
外装を着込むナナリーがマクインとメルクラインを睨むと口を開く。
「すまないじゃないですわよっ! あそこは危険だから封印したってのがわかりませんの事っ!」
「ナナリー! 何時からっ……」
「今ですわっ。ロキ様の寝顔を拝見しようと屋敷に潜みに来たら、どこかで聞いた事のあるような声が聞こえるじゃありませんかっ。まさかロキ様が男に目覚めたのかと思って潜んで見れば、隣街のマクインじゃないです事」
「君ね……、夜中に、いやもしかして割と頻繁にそれやってる?」
「そ、そんな事より一大事ですわっ!」
ナナリーはロキの突っ込みを受け流し熱弁し始める。
「と、とにかくっロキ様、あの場所は時間の流れが違います、向こうでの時間の流れはこっちの数倍です! 半日前って、中ではどれぐらいの時間がっ! いいえ、時間だけじゃありません何層にもよるダンジョン。数多くの冒険者達が戻って来なかった場所」
「それでも地表部分は安全だったんだ」
「安全? 現に大穴が開いていますのに安全とはなんなんですかっ!? 誰かか管理しないといけないって事で貴方達が手を上げたのは数十年前ですわよっ! それを……」
「ナナリーっ!」
ロキが大声で制し、興奮するナナリーの声が止まる。
客間はロキの一言で静かになり、誰も喋らない。
場の空気がピリピリとなり、ロキが申し訳無さそうに喋り始める。
「ああ、いや怒ったわけじゃ……。ともかく、カレンだって子供じゃない、冒険者だ。最悪の事だって想定しなければならない。ましてや、それに本人の意思で依頼を受けたんだから僕らが怒る事ではないし責任は依頼を受けた二人にある。むしろ報告してくれた二人に感謝すべきと思う。それに、二人だって兄弟の事が心配の中こっちに来てくれたんだし、その大穴だってカレンが居ようが居まいが自然に起きた事だ」
ロキの静かな喋りにナナリーの顔は不満げになる。
「それは……そうですけど、じゃぁ放置しろと言うのですかっ!?」
「場所が場所、二次被害の可能性を考えると……」
ロキの言葉にカレンはテーブルを叩く。
その迫力にマクインとメルクラインはさらに押し黙った。
「わかりました。ロキ様は椅子にでも座って引き篭もってください、わたくしがミナトと共に向かいますからっ」
出て行こうとするナナリーの手をロキは掴む。
「別に助けに行かないとは言っていない。ナナリー急いで馬の支度を頼む。君達二人は遺跡の詳細を」
「さすが、ロキ様っ!」
「申し訳ありません、遺跡のほうでしたら里長であるナナリーさんのほうが」
「あら、わたくしは、元里長です。里が無くなった今その呼ばれ方は好きじゃありませんわ」
小さく拒絶するナナリーに、すみませんと、謝るメルクライン。
結局、メルクラインが馬の手配をしに街へ行き、残った三人は直ぐに支度に取り掛かった。三人が出発する頃には、カレン達が事故に巻き込まれてから一日半が過ぎていた。
ロキ達四人は馬に乗り山道を走る。
冷静を装っているロキではあるが馬の速度は一番速かった。
空は既に空けはじめ朱色に染め始めている。
ナナリー達の話を総合すると、遺跡内部では既に五日から七日は立っている計算になる。
しかも、地下遺跡では今もなお強力な魔物がいる。無限とも言われる魔力の補充で尽きる事も無く、張るか昔にエルフと人間が共同して封印した場所。
さらに問題がある。
封印されている魔物だ。
いくら封印しているからといって封印が破かれないわけじゃない。
マクイン達がみた大穴から魔物が這い出てるような事があると、再封印しないといけない。たとえカレンやパックラインが見つからなくてもだ。
外の話など知らない二人が遺跡内部で話している。
もちろん、カレンとパックラインの二人で、他に喋る者は居ない。
「お腹……へりましたね」
「…………」
「師匠達遅いですねー」
「…………」
「暇ですね」
「…………」
「…………」
「…………」
「あのっ! もうすこし会話のキャッチボールというか」
「まだ遺跡内部は十日ぐらいだ、外では二日ぐらいだろう」
地下遺跡にある中広間、カレン達はそこに篭城する事を決めた。
手持ちの食料は既に無く、遺跡内部にはネズミも見当たらない、二人でさらに奥を進んだ所、地下へと下がる道とオークゾンビやゴブリンゾンビなどの不死系の魔物しか見当たらなかった。
幸い、中広間には一通りの冒険車の道具と水、そして謎の乾し肉や草があり数週間ならなんとかなりそうだった。
「うう……。お腹減った」
再度同じ呟きを聞いたパックラインは黙って自分の食べている草を千切って目の前に差し出す。
「いや、謎の草はもういいです」
「じゃぁ、なんだ」
「なんだと言われても、別なのが食べたいなぁーって」
「助けが来たら食うんだな」
会話を打ち切り、謎の乾し肉を黙々と食べるパックライン。
カレンは一息ついた後に焚火に薪を足し始める。
砂時計の砂が底に溜まったのを見て逆さにすると、逆さにした回数を床に刻んでいく。
膝を抱えて顔を埋めるカレン。
その顔が唐突に横を向く、パックラインが驚き、思わず中腰になる。
「な、なんだ! 魔物かっ!?」
「肉っ!」
「肉?」
「肉です、肉!」
「た、食べるのか?」
「その肉じゃありませんっ! 向こうから肉の匂いがするんですっ!」
カレンが出入り口を指差すと、ロキ達の心配そうな顔がそこにはあった。
「第一声が『肉』か……。僕の存在は肉以下なのかな」
「あ、師匠っ!」
「心配しましたわよ」
「ナナリーさんもっ」
ロキとナナリーの後ろには、マクインとメルクラインも疲れた顔をして手を振っている。
再開を喜び、早く脱出しよう! そう話し合った時に壁が崩れた。
「カレンっ!」
「し、師匠っ!」
全員、一斉に崩れた壁を見た、人の身長以上にある骨の手、隙間からは赤い光。
死者の王、スケルトンキング、常世の隣人。
様々な呼び名がある伝説上の魔物。その目は生者を見つめ咆哮を上げた。
ロキ、ナナリーは既に動く。ロキは何重にもよる氷の壁を張り続け、ナナリーは火の鳥を召喚し、死者の王へと攻撃する。
死者の王はその火の鳥を無造作に捕まえると握力で粉砕する。
ロキの作る障壁すら、黒炎に溶かされいくらも持ちそうに無い。
「ロ、ロキ様っ」
「マクイン。メルクラインっ皆を連れて出口へっ!」
「わかりましたっ。ほらパック行くよっ……?」
メルクラインがパックラインの腕を取り一歩前に歩き出す。
その腕の軽さに不思議に思い振り返ると、パックラインは腕しかなかった。
動のあった部分は何もなく、足元にパックラインだったものが足首しか残っていない。
死者の王の攻撃を受け溶けていた。
「いやああああああああああああああああっ」
メルクラインの悲鳴が辺りに響く。
ロキは死者の王を振り返る。
ロキが作った氷の障壁が一部溶かされていた。
「ナナリー時間を頼むっ!」
「無茶言わないでくださいましっ! でも、善処はしますわっ」
ロキは叫ぶとナナリーへ指示を飛ばした。氷の障壁を解き、小さな呪文を詠唱し始めた。
ナナリーは、先ほどよりも小さな火の鳥を絶え間なく召喚し続ける。
小さな火の鳥達は死者の王の視界を遮ろうとしていた。
ロキの詠唱が完成する前に死者の王が動く。
巨大な骨の指が黒く光、ロキ達を捉えた。
火炎系の魔法、先ほどロキの作った魔法を溶かしパックラインを消滅させた攻撃だ。指先が黒く光と、第二波が飛んで来た。
「ロ、ロキ様っ!」
「ロキさんっ!」
黒炎は真っ直ぐにロキ達を襲う。
ロキは直ぐに防御陣を張ろうとするか間に合わない。
先ほどから何も言わないカレンへと黒炎が襲い掛かった。
「カレンっ!」
ロキが叫ぶ。
目の焦点が合っていないカレンがゆっくりと黒炎へ向けて手を前に出す。
カレンの手の平から黒い魔力があふれ出す、迫ってくる黒炎を黒い魔力で多い尽くした。
そのまま魔力は勢いを代えず真っ直ぐに死者の王へと向かって行った。
死者の王は裂け目の中暴れだし、そして骨となり崩れ落ちる、同時にカレンも意識を失った。
結界内で守られた中広場も今は魔力が感じられない。
誰も何も言わずに時が進む。聞こえるのはメルクラインのすすり泣く声だけである。
今までの戦闘でさらに壁が崩れてきた。
「崩れそうだ。生き埋めに成る前に出るよっ!ナナリーっ! マクインはメルクラインを……。彼はもうどうしようもない。ナナリーっ」
「は、はいっ」
「カレンは僕一人じゃ運べないから一緒に頼む」
「わ、わかりましたわ」




