52 カレンの気持ち
「それではお気をつけて、本来なら客人であるカレンさんにそのような事まで、手紙の通りやはり、半分は……」
朝もやの中、教会の前で喋るのはシスターであるメリーである。
応答するのは、冒険者姿で手をパタパタと顔前で振るカレン。
カレンは、前日に仕送りで送ってもらったお金を自身の分を含め全部メリーとルナに渡した。
夕方にメリーに明日は一日出かけますと言った所、何をするのか? と、問われ、ギルドで仕事をするだけ、と言う事となった。
そこで、先ほど渡したお金にカレンの旅費も入ってるのではと気付いたメリーが、カレンの分を返すと言い出したのだ。
もちろんカレンは受け取らず、メリーはメリーで返したいと押し問答が夜遅くまで続いたのだ。
カレンは受け取らない代わりに、仕事中に食べる作って貰ったお弁当を背のリュックに入れると、急いで魔法ギルドへと走っていく。
息を切らして魔法ギルド前に着くと、丁度良く扉が開く。
冒険者ロープを着こなし、背中には大きめのリュックを背負ったパックラインが出てきた。
カレンの姿を確認すると、挨拶もせずに歩き始める。
余りにも自然に歩くので、カレンは呆然とその姿を見送った、直ぐにわれに帰り大きめの声で叫ぶ。
「ちょっ! パックラインさんっ!」
カレンの叫びに立ち止まり、後ろを振り返る。
不機嫌そうな顔で振り返るとカレンを見つめ口を開く。
「なんだ?」
「なんだって事は……。その、お早うございます」
「それだけか?」
「えっ、はい……。じゃないっ! ああ、もうそんなに先に行かなくてもっ!」
カレンの返事を最後まで聞かずにパックラインは再び歩き出した。
その距離は中々縮まらず、追いついたのは街を守る門の場所だった、眠そうな街の番兵に証明書を見せさっさと行くパックラインに、それとは別に門兵にきちんと挨拶をして進むカレン。
カレンは改めて街道を見回した。
道は整備されていて回りも見通しがいい。たとえ魔物が出てもこの門を閉めれば時間も稼げるし、街には各種ギルドもある、前日に地図を見せてもらったが遺跡のような大きな物は何も見えなかった。
前方にいるパックラインが急に立ち止まると、道具袋から何かを取り出した。
カレンが確認する前にパックラインの姿が消えていく。
「えっ!」
カレンが短い悲鳴を上げ、慌ててパックラインが消えた場所に走りだす。
辺りを見回し、その場所を調べる。地面を叩いたり空中に何かを探しながら手を動かし始めた。
「ないっ! 何も無いっ!」
途方にくれていると、突然に背後から肩を叩かれた。
「ひゃっ!」
カレンは突然の事で驚き、変な悲鳴をあげ振り返る。
そこにはパックラインが立っており、勢い良く飛びのいたカレンとの距離は数歩広がっていた。
「パパパ、パックラインさんっ!」
「パックでいい」
「あの、今は呼び方の訂正じゃなくてっ」
「来ないから様子を見に来た」
「来ないって何所にっ!?」
カレンが慌てる中、パックラインは落ち着いた声で喋る。
「遺跡へだ。仕事を手伝いに来たならちゃんと来い」
「来いって、行き方も知らないんですけど……」
「これだから人間は。鍵に魔力を込めろ、来ないなら置いて行く」
言いたい事だけ喋り終わると、再び姿が霧のように消えた。
カレンは慌てて自分の道具袋を確認する。
昨日預かった宝石を確かめた。
「これよね。もう説明不足が多いっ!」
文句を言いつつ、カレンは両手で優しく包み込み意識を集中させる。
体内にある見えざる力を手の中にある宝石へと流し込んだ。
再び目を開けた時には先ほどは見えなかった空間が見える、何時か見た砂漠の街を思い出す。
「すごい……。って感心してる場合じゃないっ、追いかけないと」
一瞬で視界が切り替わる。
先ほどの平凡な道と違い、木が生い茂る巨大な岩山が見える。
その岩山に大きな入り口が開いていた。
出入り口の部分にはパックラインがちらりとカレンを振り返り先に進む所だった。
「パックさん、まってってばっ!」
パックラインはカレンの到着を待った所で無言で遺跡内へ入っていく。
二人が歩くにつれて、数歩先が足元から光って行く。
「うわー凄いですね……。照明いらず」
「…………」
「あ、後ろは暗くなってる。これも遺跡の力なんです?」
「…………」
「魔法草って、見分け方あるんですか?」
「…………」
何を聞いても反応しないパックラインにカレンは小さく呟く。
「このハゲ」
「ハゲじゃない」
「うわ、聞いてたんですかっ!」
「全部聞こえている。ここを抜けると魔法草が生えている。見分け方は魔力が入っているのがそうだ」
「ちょっとっ」
言葉どおり少し拾い場所へでる。
天井が無く、空から光が差し込んでいた。
地面には色鮮やかな花が咲いており、二人に気付いた小さな妖精が侵入者を見て辺りを飛び回る。
「可愛いいいいい」
「……」
カレンの周りにも飛び回る小さな妖精。
体長はカレンの手の平ほどしかなく、興味があるのか小さな声を出して飛び回っていた。
パックラインはその一匹を素手で掴むと遠くへ投げつける。妖精は壁に辺ると潰れて姿が消えていく。
驚きの余りカレンは口をパクパクとさせ指をさす。
「悪戯好きのピクシーだ。花がある限り無限に沸く」
パックラインの言うとおり、先ほど潰れたピクシーだろうか花の先から一匹生まれると、他のピクシーと笑いだす。
笑いに飽きたのか再びカレンとパックラインの周りをクルクルと飛び回り始めた。
「何言ってるかは、解からないんですね」
「精霊語だからな、他のエルフは解るだろう」
その言葉を聞いてカレンは、パックラインはエルフであるのに精霊を呼べないのを聞いたのを思い出した。
視線に気づいたパックラインは振り返り眉を潜める。
「なんだ? 俺がエルフなのに精霊を呼べない事か?」
「いえ、別にそういうわけじゃ……」
「これだから人間は、別に俺は困っては居ない」
二人の間に沈黙がはいり、カレンが慌てて何かを喋ろうと口を開いた。
「ご、ごめんなさい。そうだっ! ワイバーンを倒したって聞いたんですけど……。べ、別に無理に聞こうとかじゃなくてですね、その話を何かしようと思いまして」
「あの馬鹿兄か……」
「えっと、その。話したく無かったら、そう。そうだっ! エルフって好きな食べ物ってあるんですか」
個人では無く、エルフと人括りとして好きな食べ物を聞く質問も失礼であるが、カレンは気付いていない。
溜息を付いたあとに無言でカレンを見つめた。
カレンからみてパックラインの姿が一瞬だけ二重に見えた、パックラインの右腕から黒い紐が現れると、ムチのように花畑の花を散らしていく。
散った花を手で集めると無造作に籠に入れて見せた。
「この呪われた力だ」
「かっこいいっ……」
カレンはキラキラと光る目を見せて褒めると、パックラインは気の抜けた顔になった。
「本気でそう思ってるのか?」
「うん。かっこいいじゃないですかっ。こう黒いムチをヒュンヒュンって、それって魔法ですよね? 実は私も黒い魔法出せるんですよっ! そうだ。やり方のコツとかありますかっ!?」
カレンは背中から杖を取り出して魔法球を作り出す、その色が段々と黒く染まっていく。
信じられない物を見る眼つきでパックララインは驚くと声をだす。
「信じられん……」
「何がです?」
口数少なく説明し始める。
魔法には系統ある、それはカレンもロキから教わった。
さらに、黒い魔法は全てを飲み込む魔法として忌み嫌われているのを説明する。
「闇は全てを包み込む。怖くないのか?」
「怖い事は……、どの魔法系統でも扱いを間違えれば怖いですし、それに闇が無かったら光も輝きませんし」
「なるほどな……、カレンお前は面白い奴だ」
パックラインはこの日、初めてカレンの名前を呼んだ。




